第195話「8つの砲口、8つの未完」
ガルヴァドの右下腕が再生を始める一方で、白環塔は失った4方向目を補おうとしていた。中央環の内側へ、小型の砲口が新たに4つ開き、大きな塔砲3つと、小さな補助砲4つ。そこへガルヴァド本人の砲杖を失った断面から、再生途中の魔力が1本の不安定な射線として漏れている。
合計8つ。ニアの視界表示が戦場を埋めた。
【塔主砲A:守護線】
【塔主砲B:封鎖柱】
【塔主砲C:牙冠王軍】
【補助砲1:治療班】
【補助砲2:避難車】
【補助砲3:灰環技師】
【補助砲4:ユノ】
【再生漏出:不定】
『8射線、同時形成! 着弾差、最大0.6秒!』
封鎖進行は79%。あと約2分。アルドの盾は既に3か所割れ、ガズルの王域も広げすぎて薄くなっている。
クラリスの【定型】は壊れた物を戻せても、8発の攻撃そのものを消す術ではない。レイルは左手を握った。6層発射後の痺れが残り、環刃短杖は戦場中央にある。
4件保持は安定。6件は仲間の補助下で2度成立した。だが8件となれば、形成訓練すら途中だった。
「8件で8つをずらす」
口にすると、リィナが即座に振り返った。
「今から8件やるつもり?」
「八発を1つへ重ねるんじゃない。小さい風弾を1件ずつ、8射線へ割り当てる。必要な出力自体は低いし、完成させる順番も固定できる」
「だからって、数が増えただけの話じゃないでしょ。6件目で腕を傷めたの、まだ昨日みたいに覚えてるんだから」
リィナの声には怒りより先に恐怖が混じっており、レイルはそこで初めて、説明の順番を変える。
「分かってる。だから『8件持てたら成功』にはしない。識別が1つでも曖昧になったら、7件目へ行く前に返す。俺も、持てたという記録のために身体を壊す気はない」
ノアが走ってくる。
「その顔、まだ『6件の続きを2件増やす』くらいに考えていますね。違います。7件目からは身体位置だけでは識別が足りない。右、左、杖頭、足裏で分けても、同時に崩れた時に戻す順番を失います」
「ニアの表示環を2つ追加して、視覚側へ7番と8番を置く」
「白環塔の光で視界が乱れています。視覚だけに寄せたら、眩惑1回で両方失います」
「ならフィアの音声番号を重ねる。視覚と聴覚の二系統なら――」
「塔の砲音と混ざる可能性があります。だから三系統目です。環刃短杖の盾環と排圧翼を、それぞれ触覚位置として使えば識別を分散できます」
ノアの指が、戦場中央へ落ちたままの武器を指した。
「問題は、その識別具が敵の足元にあることです。理論は通っても、回収で誰かが死ねば却下です」
リィナが剣を握り直した。
「じゃあ私が取ってくる。あの距離なら脚部噴射を一度使えば届く」
「単独では行かせない。ガルヴァドの槍腕がまだ中央を見ている」
「だからレイルは来ないで。今の腕で近接へ入ったら、武器を拾う前に私が怒る。カイン、付き合ってくれる?」
カインは迷わず石板を上げた。そのまま、石板を上げる。
【同行】
「30秒で戻る。持てなかったら、別の防御へ切り替えて」
「約束する。8件を持った事実のために続けない」
「さっきも守ったから、今回は信じる」
リィナとカインが中央へ走る。ガルヴァドは2人を止めようと槍を向けるが、ラガンの鉤縄とアルドの盾が同時に柄へ掛かった。
「今度は武器を拾うために前へ出るか」
ガルヴァドが言う。
「使えるなら廃棄しない。お前と同じだ」
ラガンが返す。
「違う。壊れた武器へ2人を使うのは損失だ」
「戻すために使う。捨てるかは持ち主が決める」
リィナは鎖へ絡んだ環刃短杖へ到達し、借り物の剣で鎖の節を広げる。カインが長剣を逆方向へ押し、短杖を外し、盾環は開き、右側破断板は失われている。短刃と砲身、左排圧翼は残る。
リィナは武器をレイルへ投げず、抱えて戻った。投げれば接続部がさらに壊れる可能性がある。約28秒。
「持ち帰った!」
ロッテが受け取り、状態を見る。
「砲身は生きてる。でも右盾環は戻らないし、今これで撃ったら腕ごと持っていかれる。左排圧翼を7番、短刃の根元を8番の触覚位置にする。今日は武器じゃなく、識別具としてだけ使う」
「それで充分だ。撃つ必要はない」
「10分じゃない。8件保持そのものが初めてなんだから、成功した気にならないで。1.5秒を越えたら、私が何を言っても順番に返す。『あと少し』は禁止」
ロッテが念を押すと、レイルはフィアへ顔を向けた。
「時間を頼む。俺が数え始めると、保持側へ意識が寄る」
「0.1秒単位で読みます。中止条件に達したら、返答を待たずに宣告します」
セレネが封鎖術式を維持したまま、風弾の形成図を8枚複製する。
「今回は他者形成を受け取る方式ではありません。8件ともレイルが自作してください。私とノアは、形成条件を同じ値へ固定します」
「8回形成する時間がない」
「【双路形成】で左右2件ずつ。杖頭と足裏へ2件。残り2件をオムニア表示に置く」
「右腕は使えない」
「右掌ではなく、右足裏を2つに分けます」
ミレアが険しい顔をする。
「歩行と制動へ使う経路です」
「形成後は動かない。アルドの守護線内で撃つ」
「8件保持後、意識が落ちたら?」
「順次返還をニアとフィアへ宣言してから始める。俺が言葉を失っても、指を開けば1番から返す」
「言葉を失う可能性を前提にしないでください」
「前提ではなく中止条件だ」
ミレアは数秒だけレイルの瞳と呼吸を見る。
「許可ではありません。ただ、何も決めず始めるよりましです。終了後は聖級も保持訓練も禁止。必ず診断を受けてください」
「受ける」
アルドがひび割れた盾を石床へ置き、レイルの前へ立った。
「レイル、ここから動くな。8つ目まで俺が前の線を持つ。お前は保持にだけ集中しろ」
「その盾は次の直撃を受けたら持たない。俺が動けない前提で、お前まで固定するのは危険だ」
「盾が壊れたら身体で立つ。でも、身体が倒れた時はセレネが俺を下げる。そこまで含めて条件を決めた。前みたいに『俺だけ残ればいい』とは言わない」
アルドの言葉に、レイルは一瞬だけ黙った。ノアとフィアに怒鳴られたことを、彼はもう戦い方へ入れている。
「帰還条件に自分を入れてるんだな」
「4人で戻る約束だった。今はお前を足して5人だ。誰も未帰還欄へ置いていかない」
「記録しました。アルド本人を含む5名帰還を終了条件とします」
フィアが答え、レイルは七環導杖を左前へ置き、壊れた環刃短杖を柄へ仮接続した。完成した武器ではない。左右非対称に開いた盾環、欠けた短刃、1枚だけ残る排圧翼。
それぞれの損傷が、保持位置の違いを分かりやすくしている。
「形成を始める」
左掌へ1番。杖頭内側へ2番。左足裏の前半へ3番、踵側へ4番。
右足裏の外側へ5番、内側へ6番。環刃短杖の残った排圧翼へ7番。短刃根元の欠けへ8番。
8つとも同じ【風弾】。出力は基礎から初級の境目。壊すのではなく、射線を数度ずらすためだけの小さな風圧。
形成工程を結着直前まで進める。1番、2番を【未完】へ取る。3番、4番。
足裏へ別々の圧力が溜まり、立っている地面の傾きが分からなくなる。
「4件。呼吸正常」
フィアの声。5番。右足の外側が熱くなる。
6番を取った瞬間、昨日とは違う混線が来た。右足へ2件置いたため、どちらが地面へ触れているのか感覚が重なる。
「6件。右足荷重、偏り」
「アルド、肩を貸せ」
アルドが盾越しに背を支え、レイルは足の感覚を捨て、身体の位置をアルドの肩と杖で決めた。7番。残った排圧翼へ風の震え。
右目の虹彩に、閉じ切らない輪が2重に浮かぶ。8番を取る。短刃根元の欠けが、視界の中で白く光った。
世界が8つの方向へ引かれた。塔主砲3つ、補助砲4つ、再生漏出1つ。敵の射線と保持した風弾が、同じ数で重なる。
「8件保持!」
フィアの声が遠のいた。
同時に、レイルの身体へ散らしていた8つの【未完】が、それぞれ別の場所から存在を主張する。左掌、杖頭、両足裏、壊れた環刃短杖。白銀の輪が一つずつ浮かび、右目の虹彩に現れた閉じ切らない環まで細かく震え始めた。
「時間開始、0.0秒!」
返事をしようとして、声が出ない。舌は動く。息も吸える。それなのに、言葉へ回すはずの意識まで8本の射線へ引き裂かれていた。
「発話喪失を確認! レイル、返事は不要です。解放順だけ守ってください!」
フィアが即座に切り替え、ニアはレイルの視界へ8本の射線番号を重ねた。
『1、守護線! 2、封鎖柱! 3、牙冠王軍! 4、治療班! 5、避難車! 6、灰環技師! 7、ユノ! 8――再生漏出!』
塔の3門の主砲と4門の補助砲が一斉に白熱し、ガルヴァドの再生腕からも赤黒い魔力が噴き出した。
8本。
逃げ道を潰すように、戦場の全方位から光が収束する。
レイルは左手を握り込んだ。8つ全部を同時に追うのをやめ、ただ解放順だけを頭の中へ刻む。
(1――完成)
左掌の輪が弾けた。
ドンッ!
圧縮された【風弾】が主砲Aの光条へ横殴りに食らいつき、アルドの盾へ落ちるはずだった射線を4度上へ跳ね上げる。砲流は盾の縁を削り、割れた金属片を散らしながら空へ抜けた。
(2)
杖頭の白環が砕ける。
ズドンッ!
ほとんど間を置かず2発目が走り、封鎖柱へ突き刺さろうとしていた主砲Bを右へ叩き折る。白い奔流が柱の外縁を抉ったものの、術式核までは届かない。
(3、4――)
そこから先は、音を一発ずつ聞き分けられなかった。
ドッ、ドドドドドドッ――!
左足裏、踵、右足外側、内側。身体の各所へ縫いつけていた【未完】が、解放のたびに白銀の輪を砕きながら剥がれ落ちていく。
3発目が牙冠王軍への主砲を地面へ叩き落とし、石床を大きく爆ぜさせる。4発目は治療班の頭上を裂き、補助砲をクラリスの復元環から外して無人の搬送車へ押し流した。
ズガンッ!
車体が白光へ呑まれ、木片と鉄片が宙を舞う。その向こうで5発目が炸裂し、避難車へ伸びた光線は前輪のわずか30センチメートル外へ突き刺さった。
『5、完成! 6――!』
ズドドンッ!
灰環技師を狙っていた6本目の射線が頭上へ跳ね上がり、白熱した光が空を焼く。遅れて熱風が地面へ叩きつけられた瞬間、足裏の保持が一つ消え、ようやく地面の傾きが感覚へ戻ってくる。
それでも止めない。残り2件。
『7!』
環刃短杖に1枚だけ残った排圧翼が、悲鳴のような金属音を上げた。
ギィン――ズドォッ!
7発目。
ユノへ一直線に走った補助砲へ風弾が斜めから食らいつき、白光そのものを上へ持ち上げる。光線はユノの光帯を巻き込みながら螺旋を描き、夜空へ巨大な白い傷を刻んだ。
「残り1件! 0.9秒!」
フィアの声だけが、耳鳴りの奥でもはっきり聞こえた。
最後の8番。
ガルヴァドの切断された右下腕では、再生途中の筋肉と魔力経路がまだ完全につながっていない。その断面から漏れていた赤黒い光が蛇のように暴れ、再生角度を変えた腕とともに、レイル本人へ向きを変える。
「止める術者。最後の1件を、自分へ使うか」
答える声は残っていない。
レイルは壊れた環刃短杖の短刃を、ほんの少し持ち上げた。
(違う)
8つとも、最初から守るために持った。
最後だけ使い方を変える気もない。
ただ――敵自身が8本目の射線になった。
短刃根元に残った最後の白環が開く。
その瞬間、ニアの声が戦場へ響いた。
『8件同期、全解放条件成立! 新規戦術、仮登録――【未完記録・八層射撃】!』
パァンッ――!
最後の一発だけ、音は妙に軽かった。
だが次の瞬間、先行した7発の風圧と白環砲の残流が戦場中央で一つの渦を作り、砂塵、石片、白い残光まで巻き込みながらガルヴァドへ殺到した。その中心を8発目の【風弾】が一直線に貫く。
狙ったのは、漏出する魔力そのものではない。
再生途中の導出路だ。
外へ逃げようとしていた赤黒い魔力を、8発目の風圧が切断面の奥へ強引に押し返す。先ほどまで外へ散っていた再生魔力が行き場を失い、未完成の経路内部で一気に膨れ上がった。
ガルヴァドの暗赤色の目が見開かれる。
「――何?」
ズッ――ドォォォォォンッ!!
右下腕の内部で、再生魔力が爆発した。
赤黒い閃光が肩から背中へ突き抜け、再生途中だった腕の輪郭を内側から吹き飛ばす。3メートル近い巨体が半歩後退し、その足元を中心に石床へ蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
遅れて、8発分の轟音が重なり合う。
ドドドドドドドドォォォ――ン……!
岩丘そのものが震え、爆煙が塔の中央環まで巻き上がった。耳鳴りの向こうで、8つあった保持感覚が一気に消えていく。左手が軽い。足裏も、杖も、短刃も、さっきまで別々の方向へ引かれていた感覚がない。
何かを失ったのではない。
8件すべて、自分で終わらせた。
「8件――全件完成! 保持ゼロ!」
フィアの宣言と同時に、レイルの膝から力が抜けた。崩れ落ちる寸前、アルドの腕が背中へ回る。
「レイル!」
息を吸う。肺が焼けるように痛い。声を出そうとしても喉から出たのは掠れた息だけだった。
それでもレイルが最初に見たのは、ガルヴァドではない。アルド、封鎖班、牙冠王軍、治療班、避難車、灰環技師、そして上空のユノ。
全員いる。
「……ぜん、いん……」
「全射線、致命圏外です」
フィアが続きを引き取る。
「死亡者0。重傷3名、全員治療中。封鎖進行、94%」
爆煙の向こうで、ガルヴァドはまだ立っていた。右下腕は再び肩口近くまで失われ、切断面から赤黒い魔力が煙のように漏れている。
「第3極、再生失敗。再構築、追加90秒」
淡々とした声とは裏腹に、巨体の足元には先ほどまでなかった深い亀裂が残っていた。
【未完記録・八層射撃】は、8件を一つの巨大魔法へ束ねた技ではない。7発で7つの致命射線を叩き曲げ、最後の1発で敵自身の漏出線を撃ち返した。8つの危険へ、8つの未完を割り当てた結果だった。
ガルヴァドは3本腕のまま封鎖班へ進もうとする。その前へ、リィナが立った。借り物の片刃剣は熱と鎖で傷み、刃こぼれも増えている。それでも切っ先は下げず、レイルと封鎖班を背へ庇うように構えた。
「次は、私が止める」
カインが右、ラガンが左、アルドが中央。封鎖完了まで、残り約20秒。ガルヴァドは4人の前衛と、その後ろで声を失ったレイルを見た。
「8つを重ねず、8つへ分けたか」
暗赤色の目に、初めて明確な興味が浮かぶ。
「効率は悪い。だが、戦力が残った」
封鎖環が最後の柱へ届き始めた。




