18-07. 角の魔神
先ほど刀――緋雨――を持ってきた従者がヴィレオリアに襲い掛かった。その手には大型のナイフが握られていた。
それを弾いたのはヤミの新しい刀だった。目にも止まらぬ速さで抜かれたそれは、赤い残像を引きながらナイフを弾き飛ばしていた。そして返す刀で左肩から右腰までを一閃する。
半ば切断されたその従者は、この世のものとは思えぬ絶叫を上げて、倒れ伏した。
「相変わらず見事な手並みだなぁ、ヤミ」
「まだ終わってないよ、おじ様」
ヤミは油断なく周囲を見渡す。俺たちには武器がない。
と思ったその瞬間、俺の前に抜かれたゲミトルードが姿を現した。持っているのは、ペルミナだった。
「使、え」
「あ、ありがとう」
ペルミナは同時にラグリスも手にしていた。それをベスに渡すと、ふわりと空中に浮きあがった。十分に天井の高い部屋だからこそできる芸当だ。
ヴァレスやマリアもそれぞれの武器を出現させて戦闘態勢に入っていた。
「ガティアス、お主は女王陛下を守れ」
「承知致しました」
ガティアスは無表情に応じ、すぐにジェミニアのそばに移動した。
誰も彼もが瞬間移動で動くから、何が起こっているのかわかりにくい。必然的に俺とヤミとベスは部屋の中央で固まることになる。ジェミニアにもヴィレオリアにも傷一つつけさせるわけにはいかない。三年前のようなことを起こしてはいけない。
俺は隣に立つベスに、思わず尋ねた。
「何が起こる……?」
「ジルフィムが仕掛けてきているってこと?」
「見て、さっきの人」
斬られて倒れ伏した従者が、ゆっくりと起き上がってきていた。その眼球は赤く輝き、口からは乱杭歯が覗いて見えた。そしてこめかみからはねじくれた太い角が生えていた。斬られた傷は見る間に塞がり、筋肉が増した。背中には蝙蝠を思わせる翼が生えてくる。
「これが人工魔神、か」
ヴィレオリアが落ち着いた様子で呟いた。この人、何でこんなに冷静でいられるんだ。思わず心の中で突っ込んでしまう俺。ヴィレオリアは武器も持たず、ただゆっくりとその人工魔神から離れた。その位置取りも、ヴァレスとガティアスから死角なく守られるもので、実に見事だとしか言いようがない。大貴族は戦術訓練も受けているのか?
角の魔神が吼えた。そして――一直線に俺に向かって飛んできた。
「!?」
想定以上のスピードに、俺の反応が遅れる。
「レア!」
真正面から組み合ったのはベスだ。すかさずそこに大戦斧が落ちてくる――ペルミナだ。たまらず距離を取った角の魔神は今度はその手に火球を浮かび上がらせる。
ヤミが指を鳴らす。火球が消える。
そこにマリアが大鎌で斬撃を浴びせる。左腕を落とす。しかしすぐに再生してしまう。
「私たちが揃う時、ジルフィムが仕掛けてくる可能性が高い――ヴァレスがそう試算したのです」
ジェミニアが長剣を下段に構えながら言った。それは付け焼刃の構えではない。俺なんかよりもはるかに訓練を積んできたことが一目で分かる。
「ということは」
俺も角の魔神への攻撃に加わりながら呟く。
「この人工魔神は、必殺の兵器ということになりますね」
「ええ」
ジェミニアの肯定。
ということは、これだけじゃ済まされないわけだ。
「とはいえ、まずはこいつを撃破しないと」
ゲミトルードを構え直し、俺は角の魔神に斬りかかる。いくら頑強な魔神でも、魔力の流れを断ち切るゲミトルードの攻撃をそう何発も耐えられるとは思えない。とにかく攻撃を当てることが重要だ。
ヤミの緋雨による斬撃もかなりの打撃を与えているように見えた。当初、傷はすぐに再生してしまっていたが、やがて、ゲミトルードがその回復ルートを遮断していくことに気が付いたのだ。
ベスのラグリスはもっと直接的なダメージソースになっていた。聖槍というのは伊達ではなく、一撃一撃が重たいダメージを与えることができるようだった。
それに加えてペルミナとマリアの攻撃である。耐えられるはずがなかった。
だが――。
爆炎の向こうでヴァレスが怒鳴る。
「形状が変わった! 注意しろ!」
立ち上る蒸気の奥から姿を現したのは六本腕となった角の魔神だった。しかもそれぞれの手に剣を持っている。
「ヴァレス、ジェミニアに怪我なんかさせるんじゃないよ! あんたはそれだけやってりゃいい!」
「わかってますよ、ヤミ。命に代えても陛下をお守りします。ご安心を」
角の魔神が咆哮する。ペルミナが俺たちの前に立って魔法の障壁を展開する。守護範囲外にあったテーブルや燭台が吹き飛ばされて壁に激突して砕け散る。危なかった。
振り返ると、ジェミニアとヴィレオリアはヴァレスとガティアスによって完全に守られていた。あっちはこのままでいい。
こっちは五人がかり。しかしチームワークなんてものはない。個々の能力と、瞬間の判断で攻撃を繋げていくしかない。
マリアが大鎌で斬り込む。それと同時に光の槍をぶつける。角の魔神がそれらを全て弾き返す。恐るべき反応速度だ。そして純粋に手数が多い。
ヤミの居合すら弾かれる。俺とベスは完全にお荷物だった。
ペルミナの大戦斧が連続的に命中するが、腕を飛ばそうが首を飛ばそうがすぐに再生してしまう。ゲミトルードを当てられない限り、その再生速度は緩まない。いや、それどころか――。
「こいつ、食らうほどに強くなってる!」
俺は気が付いた。再生した腕の筋肉は増し、首が再生した後はこちらの同時攻撃への処理能力が格段に上がっている。
「そんなの、ど、どうやって倒せって?」
ベスの声がひっくり返る。その間にも六本腕からの攻撃は続いているのだ。一瞬の油断もできない。ペルミナやマリアがいなければ、俺とベスはとっくに肉片になっていただろう。
「ゲミトルードで魔力の流れを断つしかない」
どうやって近寄れというのか。角の魔神は常に俺を見ている――。




