18-08. ジルフィムの影
角の魔神は巨大化していっている。最初は人間と同じ程度だったのに、今や倍にも迫ろうかというスケールだ。食らった攻撃や魔力量に比例して、全身の筋肉が増えていっていると見るべきだろう。
「血路を開いてくれ!」
俺はベスを伴って走る。十歩分詰められれば一撃浴びせることは可能だ。だが、その十歩が遠い。ヤミがフェイクの一撃を浴びせ、ペルミナが両手に持った戦斧と魔力で操っている二つの戦斧を用いて四本の腕からの攻撃を受け止めている。そこにマリアが大鎌で斬り込み、角の魔神の手にした剣を強かに打つ。
この一瞬で六本の腕が動きを止めていた。床に転がるリンゴの欠片を踏み潰し、俺は魔神に飛び掛かった。
瞬間、ヤミの攻撃を弾き返した腕が、俺にめがけて剣を振るう。
「私もいるのよ!」
ベスの手にした聖槍ラグリスが角の魔神の剣を止めていた。
俺はゲミトルードを逆手に持ち替え、魔神の鳩尾に突き立てた。ゲミトルードの切っ先がずぶりと音を立てて突き刺さる。魔力が噴き出したのを感じる。
いいぞ、このままいけ。
飛び掛かった勢いを利用して、ゲミトルードを刺しこんでいく。
「ベス! 頭を狙って!」
「わかった!」
俺は左手をゲミトルードから離し、ベスに向かって手を差し伸べる。ベスは躊躇せずに俺に左手を伸ばして跳ぶ。自由になった角の魔神の腕が、俺に向かって剣を突いてくる。
ベスを投げ上げる。ベスはさらに俺の肩を踏み台にして跳ぶ。
ゲミトルードから右手も離す。自由落下する俺の頭の上を、角の魔神の剣が通り過ぎていく。風を切る音で、一瞬耳が聞こえなくなったが、その程度だ。
ベスは目論見通り、角の魔神の口に聖槍ラグリスを突き立てていた。それは後頭部まで貫けているようだ。
がぁぁぁぁ……!
角の魔神が喘ぐ。ベスは角の魔神に足をかけて槍を引き抜くと、そのまま宙返りして俺の隣に戻ってきた。角の魔神が悶えた時にゲミトルードが落下してくる。それと同時に、甚大な量の魔力が噴出してきた。
「目を閉じて、耳を塞げ!」
ペルミナが鋭く警告した。
俺たちは一も二もなくそれに従う。俺は耳を塞ぎながら、ベスの頭を胸で守った。
空間が激震し、俺たちは例外なく床を転がった。部屋全体を包んでいる結界がなければ、城自体が破壊されて、俺たちは地上に放り出されていたかもしれなかった。耳を塞いでいてもなお流れ込んでくる爆音と、目を閉じていてもなお入り込んでくる閃光に、俺たちはしばらく動けなくなった。意識と筋肉が強張ってしまっている。
『哀れだな、偽物のヒューケイア』
俺の足元に立つ男の気配。間違いない、ジルフィムの声だ。しかし、俺は立ち上がれない。
『ゲミトルードは貰っていくぞ』
ジルフィムは俺のそばに落ちていたゲミトルードを拾い上げた。
「させる、かよ……」
『死ね』
俺の頭を狙って打ち下ろされるゲミトルード。だが、苦痛はやって来なかった。俺の頭上で甲高い金属音が響いた。
「女王陛下、危険です!」
ヴァレスの狼狽した声が聞こえる。そうか、ジェミニアが俺を助けてくれたというわけか。
……それはまずい!
俺は全身の筋肉と、視力と、聴力を叱咤して、何とか起き上がることに成功する。
「女王陛下! 下がって!」
「ゲミトルードを奪われるわけにはいきません」
「それ以前に」
ヤミが立ち上がる。
「あんたがケガする方が問題さ。姉ちゃんの言うこと聞いて下がりな」
「私だって戦いたいのに」
「あんたが怪我をしたらそれだけで大損失だ。ヴァレス、ちゃんと守りな!」
ヤミがジェミニアの代わりに斬り合いに突入する。ジェミニアは不満顔で戻ってくる。
「援護、する」
ペルミナが動いた。マリアも首を振りながら立ち上がり、大鎌を構える。
「ベス、大丈夫?」
「掠り傷はいっぱいあるけど、大したことはないわ」
「よかった」
ジルフィムはおそらく実体ではない。だが、剣を奪おうとしていることから、確実にジルフィム本体と繋がっている。今ならゲミトルードがあれば、ジルフィムに一撃は浴びせられるはずだ。だが、肝心のゲミトルードは、今やジルフィムの影の手中にある。一瞬でも攻撃の手を緩めれば逃げられ、ゲミトルードは奪われてしまうだろう。
ベスも攻撃に加わり、武器のない俺だけが取り残される。
そこにジェミニアがやってきた。
「この剣を貸します、オルレアス。王家に伝わる魔剣、ガルダレルダ」
「魔剣……?」
「魔導大戦にて、私たちの先祖が魔界より齎した剣です」
俺は頷いてそれを受け取り、ジルフィムの影へと斬りかかる。
小さな傷は一瞬で塞がり、力が恐ろしく漲ってくるが、逆に心臓の音に合わせるようにズキンズキンと全身が痛んだ。長くは持ち続けられないと判断できるほどに。
ジルフィムの影は、ゲミトルードの力を使いこなしているようだった。ペルミナの攻撃が途絶えがちだったし、マリアは小さな傷を負わされてから明らかに精彩を欠いた。
「アタシたちでやるしかないってことさ」
ヤミもその状況を見抜いたらしい。刹那後の、凄まじい踏み込みと抜刀。赤い残像を引いたその軌道がジルフィムの影の左肘に命中する。
『ッ!』
ベスのラグリスがジルフィムの影の足を思い切り払う。
仰向けに転倒したその姿に、俺は飛び掛かった。ゲミトルードが振るわれてくるが、貸与された魔剣ガルダレルダで弾き返す。青い火花が散る。ガルダレルダの刃をジルフィムの影の首に両手で押し付けていく。ゲミトルードでの一撃は怖かったが、それもベスが放った一撃で霧消する。ベスは身動きの取れなくなったジルフィムの右手首を、正確に貫いていた。
取り落とされたゲミトルードを、ヤミが遠くへと蹴飛ばした。
ガルダレルダがジルフィムの影の首を完全に断ち切った。
『ククククク……』
その頭は笑っていた。
『いいことを教えてやろう、偽物の勇者の末裔。俺が死んだらどうなると思う?』
「世界が一つ綺麗になるさ」
俺の代わりに、ヤミが答えた。
『ところが、そうじゃないんだなぁ』
首は笑う。
『人工魔神たちが世界に解き放たれる。世界に、だ!』
「なんだと……」
俺はその不敵な表情を見せる頭部を、可能な限りの怒りを動員して睨みつけた。




