18-09. 円の中心
恐るべき預言を遺して、ジルフィムの影は姿を消した。その言葉の真偽はわかりようもない。だが、ジルフィムの背後にはジムレグがいる。虚偽である、と断定するのは危険だった。
それから秋の半ばに至るまでの二週間ばかりを俺たちは王都で過ごした。遊んでいたわけではない。ジルフィムの痕跡から、その居場所を特定するために、総力を挙げて調査を進めていたのだ。
ヴィレオリアの霊話石を使った情報網は王国西部から南部に至る広大な領域をカバーしていて、どこで何の異常が起きても瞬時に伝わるようになっていた。もちろん、南の覇者ベルヌード大帝国の動きもつぶさに見て取れるようになっていた。俺とベスは特別に王宮に設置されている霊話石を見せてもらったのだが、霊話石の周囲に半透明に浮かび上がる文字や地図などは、この世のものではないように見えた。音声だけ……のみならず、顔を見せあっての会話すらできるらしい。
「でも、これじゃ国土の半分しか見えないですよね」
「半分も、だよ、レア君」
ヴィレオリアはその小太りの身体を揺らした。部屋は暗くて、その広さが良くわからない。霊話石の光だけが光源のため、ほとんど真っ暗だったからだ。
「少なくとも国土の西、そして南側には、大きな魔力の流れは探知されていない。これをこうして、こうすると……ほらね」
霊話石を何やら操作すると、国土の全体に小くて丸い赤い円がいくつも現れた。だがどれも小さく、場合によっては点みたいなものだ。それが複数個所に密集している。
「これはこの一か月間の呪を検知して表示している。町や村のある場所に集中しているのがわかるかい?」
「ええ、その集中している場所に繋がる道にも赤い線があります。これが街道でしょうか?」
「その通りだ。人には、多かれ少なかれ呪や願がある。だからそれを追えば人間の動きなんて一目瞭然なのさ。ベルヌード大帝国の動きも手に取るようにわかるというものさ。ハレンブレットの大要塞にある霊話石でなら、対岸の様子まで見えるからね」
ハレンブレット海は内海ではあるが、今目の前に広がっている地図から見るに恐ろしく広い。そのくらいの射程があるなら、ジェイルムド山脈の山々すら探知できるのでは。
「あの、ヴィレオリア公」
ベスがうっとりとした顔で輝く映像を眺めつつ、声をかける。
「ジェスガルディア要塞、ガラーティア要塞の霊話石は破壊されてしまいました。となると、ジェイルムド山脈の北側はほとんど監視できないってことになりますよね」
「そうなるな」
「逆に、それ以外の場所は監視できる……」
「お嬢ちゃんは賢いな」
ヴィレオリアは破顔する。
「そう、見つけられなければそれが正解だし、見つけられればそれも正解だ。とりあえずの所、西と南には、ジルフィムもジムレグもいない、ということだ。ヴィレオリア家がここまで大きくなったのは、つまりはこういうものをうまく使ったからなんだよ、少年たち」
そこで部屋の扉が開く。入ってきたのはジェミニアだった。
「ヴィレオリア、やっとこちらの評議会を説き伏せました。今から情報の統合を行います」
「やはり王家も同じシステムを持っていたのだな」
「はい。勇者オベリアナの遺した書物を研究していた者がおりまして。三年かけて組み上げたものです。そしてその完成を見たのは一昨日です」
「ほう」
ヴィレオリアは関心したような声を出した。
「あのシステムをたったの三年で? 三十年かかったと、当家の記録にはある」
「魔法術も進化しておりますから」
そこで別の人物が入ってくる。ペルミナだ。ジェミニアは頷いて場所を開けた。
「ペルミナ、お願いします」
「承知、した」
真っ黒な顔はこの部屋の闇に溶け込んでしまっている。その手もまた影になっている。
「再統合、を、開始、する」
ぼそぼそと言いながら、ペルミナは何かを操作している。
「再統合?」
「千年前、勇者たち、は、ゲドルタ監視用にと、王国全土、に、霊話石を、置いた。その時にこの、システム、は、出来上がっていた」
「それが年月を経て分断されたりしたとかそういうこと?」
「そう、その通り。誰も、覚えて、ない、けれど」
空中に文字のようなものが浮かび、ペルミナはそれに触れている感じだ。ただし、超高速で。
「何やってんのかな?」
「わかんないね……」
俺たちはすっかり蚊帳の外だ。ヴィレオリアは興味深そうにペルミナの黒い指先を見つめている。
「王室魔法術師も数を減らしたとはいえ、ずいぶんな人材が揃っておるようだな」
「そうですね。ヴァレスといいペルミナやマリアといい、絶対に敵に回したくありませんね」
「だがな、少年」
ヴィレオリアは声を潜めた。
「ゲドルタが絡むと、立場も変わる。昨日の味方が今日も味方である保証などないぞ」
「それでも信じなかったら前に進めません」
俺が言う。ベスも頷く。
ヴィレオリアは額に手をやって「うーん」とわざとらしい声を発した。
「儂は少し心配だ」
「何がですか、ヴィレオリア」
ジェミニアが歩いてくる。俺とベスは姿勢を正す。いちいちそんなことはしなくてよいとは言われたが、そういうわけにもいかない。
「この子たちはゲドルタの鍵と、それを破壊する力だ。儂を含めて、利害関係者が多すぎると思うのだ。儂とてゲドルタを破壊などされては困る。しかし、ヤミはそれを計画しているし、実際にそれをする手段がここに揃っておる。ファイヴァルレドを除き、な」
「確かに王国の平穏はゲドルタによって作られていると言ってもいいでしょう」
ジェミニアが目を伏せる。
「しかし、今は利便性よりも危険性が上回っています。あきらかに。なればその破棄もやむを得ないことだとは――」
「しかしな、女王陛下。我が国の防衛はゲドルタによって為されてきたと言っても良いのだ。もし今、ゲドルタを失えば、霊話石も機能を止め、国土防衛もままならなくなるだろう」
「ゲドルタは破棄し、新たな防衛手段の構築を行います。多少の文明の逆行は致し方ない事態だと私と評議会は判断しました」
毅然とした態度のジェミニアに、しかし、ヴィレオリアは気圧されていない。さすが老獪な大貴族だと思った。
「魔法術師たちも力を失うが、それでよいのか?」
「大、魔導、たちが、滅ぶほうが、大事」
ジェミニアより先に、ペルミナがはっきりと答えた。
「ゲドルタ、が、ある、限り、三人の大魔、導は、何度でも蘇、るから」
ペルミナは空中の文字を叩いてから、霊話石に触れ、何事かを唱えた。
「統合、完、了……」
「ペルミナ、全土統合の呪の探査地図を」
「了、解」
ジェミニアの指示に従って、すぐに王国全土の巨大な地図が表示された。
「ちょっと待って」
ベスが口に手を当てた。
「あそこって」
俺は言葉が出ない。何度見ても、巨大な赤い円が描かれているそこには「ヒューケイア領」の文字があった。
ジェミニアが一呼吸置いてから指示を出す。
「ペルミナ、拡大を」
言われるがままに地図が拡大される。その地図の中心にあるのは、その赤い円の中心にあるのは――。
「俺の家……」
あの日の夜の出来事が頭の中で渦を巻く。
母さんが死んで。
父さんが死んで。
屋敷が燃え尽きて。
――ぶつん、と、音を立てて意識が途切れた。




