19-01. ヴァレスとペルミナ
――お前は我らの尖兵。我々の復活の日ために、お前は作られた。
どこだここは。周囲は暗く、中心部にある淡く青く光る――霊話石だけが光源だ。
――憎き、オベリアナ。我らが兄弟を殺し、我ら大魔導を封じた憎き者。
――その遺骨を見つけるのは手間だったが。
この場には黒髪の男が一人。痩せた中年で、顔立ち自体には特徴はない。ただし、その目は異様だった。白目が暗黒色で、そこに金色の小さな虹彩が浮かんでいた。
そして、その男の背後に、拳大の炎の球が二つ、浮かんでいた。しかしその炎たちは何を照らすこともない。
――お前は一刻も早く我々を復活させるのだ。そしてゲドルタの破壊を食い止めるのだ。
男の目の前には小さな棺があった。その開いた蓋の内側にいたのは、褐色の肌の少女だった。長い黒髪は緩やかに波打ち、つるりとした顔立ちは、まだ幼いと言ってもいい。
どこかで見たな、この顔……。
そこで気が付く。そうだ、勇者の一人、オベリアナ・モルフェアス! 現代魔法術の祖とも呼ばれる伝説の存在だ。彼女が幼ければ、きっとこんな顔だろう。そのくらいよく似ていた。
――憎き、オベリアナの遺骨より再構築されたこの肉体。我々のために存分に利用されてくれよ。
――目覚めよ、我らが戦闘端末。目覚めよ、ペルミナ。
ペルミナ!?
俺は耳を疑った。この夢が真実だというのなら、ペルミナは大魔導たちの部下ということになる。そういえば、三年前の王宮襲撃事件でも、ゲドルタ・ブラウの攻撃だと明言していた。
ということは、ここは……。
確か、千年前、勇者たちは三人の大魔導を封印した――千年持つ封印を施して。
ん?
違和感に思考を一度引き戻す。
その封印の場はゲドルタへ至る道。つまり、ファイヴァルレドとティラール家の血、そしてゲドルタの小鍵が必要な扉の向こう。そこにあるのは俺が破壊するべきゲドルタ本体だったはずだ。
だが、そこに大魔導がいる。オベリアナの遺骨から創られたと思しき、ペルミナと呼ばれた少女がいる。
そしてさっきペルミナは言った。
ゲドルタがある限り、三人の大魔導は何度でも蘇る――と。
どういうことなんだ?
疑問を口にするまでもなく、舞台が黒から白に転じた。
――今度はどこかの雪山を見下ろしていた。
あちこちで激しい爆発が起きている。
ヴァレス……?
後ろ姿だったが、あの赤毛の軍服姿はヴァレスだ。ヴァレスはめまぐるしく動き回り、その後を追うように爆発が続く。だが、ヴァレスもまた、地上、空中を問わず例の剣を降らせる魔法術を打ち込んでいた。その先にいるのは、黒いローブとマントを身に着けた少女だった。もうこの時点で顔は暗黒色になっていて、表情は全く見えない。
お互いに殺すつもりで魔法術をぶっ放しているのは間違いなかった。一発でも当たればバラバラになってしまう威力だ。
「話の通じない相手ですね」
ヴァレスは呟くと、一気にペルミナとの距離を縮める。ペルミナは超高速で距離を離そうとするが、ヴァレスはそれ以上の速度で詰める。
ペルミナが巨大な剣を生じさせ、ヴァレスを叩き落そうとする。ヴァレスは長剣と力場でそれを弾き返す。ヴァレスの魔法が至近距離で炸裂し、ペルミナが大きく吹き飛ばされる。魔法術で相殺したというのが、俺にもなぜかわかった。
雪原に雪煙を噴き上げて着地したペルミナは再度空を目指す。ヴァレスの神撃の乱殺を全て弾き返し、そのままヴァレスを横薙ぎにする。
「あぶない」
ヴァレスは回避に成功こそしたが、その声に余裕がない。
「君からは特別な力を感じる。僕と共に来い!」
「お前に何がわかる!」
「これから知ればいい!」
「世迷言を!」
ペルミナが流暢に喋っている。
「私はお前を殺せと命じられている! 大人しく剣の錆となれ!」
「それが誰であれ、君の能力は王国に必要だ。僕に負けたら大人しく僕の下に来い!」
超大剣と長剣が交錯する。魔法も含めてほとんど互角の戦いだ。
「君を殺したくはない!」
「私はお前を殺す!」
交わらない二人。ぶつかり合うたびに、晴れた冬空に魔力が溢れる。
ペルミナが戦斧を二振り出現させた。それは空中を変幻自在に飛び交い、ヴァレスを追い詰めていく。
「仕方ないですね」
ヴァレスは自身の背後に無数の剣を出現させ、戦斧を迎撃する。そして手にした剣の刃を一撫でした。緑色に輝くその刃を見て、ペルミナの動きが止まる。
「私を侮っているのか、ヴァレス・カリーニリス!」
「本気でやったら君は真っ二つですからね」
「舐めた真似を!」
激昂したペルミナが空を駆ける。ペルミナの周囲に四つの光の球が浮く。
光の球から光線が放たれる。ヴァレスは避けずにそれらを力場で相殺する。そしてペルミナに向かって突進した。
空中でぶつかり合う二人。互いの武器を弾きあい、再度激突する。
「僕のところに来てくれたら、僕は君を縛る連中をどうにかすることに協力しますよ」
「うっ、うるさい! 私は縛られてなんかいない!」
ペルミナはそう叫ぶと剣を取り落として頭を抱えた。そのまままっすぐに雪原に落下し、小さな雪煙を上げた。
ヴァレスはペルミナのそばに降り立つと、ペルミナに右手を差し出した。
「大丈夫。僕は君を守るよ」
「……私が今、攻撃魔法術を使えば、お前は……死ぬ」
「その程度の魔法術師が君を口説こうだなんて思わないと思うよ」
ヴァレスはペルミナを助け起こす。
「さぁ、約束だ。負けたんだから僕の下に来てもらおう」
「その約束、私は同意していない」
「じゃぁ、訊くけど」
ヴァレスは膝を屈めて、ペルミナと視線の高さを合わせた。
「僕は君を今すぐ殺せる」
「……な、何をした」
「やっぱりそこが目だ。顔が見えないから一瞬不安だったけど」
「だから、何を……」
「魅了の魔法術」
ヴァレスは目を逸らさずに言う。
「僕が命じれば、君は今すぐ死ぬことができるよ」
「そ、それは……」
ペルミナが押されていた。
「しかし、私は……」
「死ぬ? それとも、死にたくない?」
ニッコリと悪意満面の笑みを見せるヴァレス。
「死……死にたく、ない」
「よくできました」
ヴァレスはようやくペルミナから目を逸らした。ペルミナは脱力したように雪原に尻もちをついた。
「それで、私は、何をすればいい。誰を殺せばいい」
その問いかけに苦笑するヴァレス。そして不意に真面目な表情に戻る。
「大魔導」
「……!」
ペルミナの肩が強張った。
「僕の悲願は、千年前に倒し切れなかった諸悪の根源、ゲドルタの名を冠した大魔導たちの殲滅なんだよ」
「大魔導を倒すなんて、無理だ。だって奴らは」
「千年前に二人倒せている。それならそれよりも魔法術の進んだ今なら、残りの三人だって倒せるだろう?」
「それは……しかし」
「いずれゲドルタは滅ばなければならない。そう思わないかい?」
ヴァレスは静かな口調でそう言った。
ペルミナもまた、ゲドルタへと至るための重要なピース……それも勇者オベリアナそのものなのだと、俺は強く理解した。




