19-02. 夢の話
目を覚ますとすぐにベスが俺の手を握ってくれた。
「どのくらい経った?」
「また夢を見てたのね。ええと、あれからそんなに経ってない。今ちょうど日が落ちた所」
ということは五時間そこそこくらいということか。でも夢のおかげで眠れた気がしなかった。
「ヤミは?」
「いるよ」
少し離れた所から声が聞こえる。衝立の向こう側だ。着替えでもしていたのだろう。そういえば部屋が寒い。窓から秋風が吹きこんできている。ここは俺たちがしばらく滞在させてもらっている部屋で間違いなかった。暖炉に火は見えない。熱源といえば、室内数か所にある燭台の炎だけだ。
「で? どんな夢を見たんだい?」
ヤミはモコモコの毛皮の外套を肩にかけて、自分の肩を抱いていた。相当に寒そうだ。
「ヴァレスとペルミナの夢でした」
「ヴァレスとペルミナ?」
そして俺は、ペルミナの正体とヴァレスとの関係性について、慎重に言葉を選びながら二人に伝えた。
ややしばらく沈黙していた二人だが、やがてヤミが「ふーん」と鼻を鳴らした。
「ペルミナはそういうことだったのか。いろいろ合点がいったよ」
「まさか、勇者オベリアナ本人から創られていたなんて。しかも、当の大魔導たちによって」
ベッドの上で、俺は何度か頷いた。
「振り返ってみれば、ペルミナの言動にたくさんヒントはあった。問題は」
「信用できるかどうか、か」
ヤミは俺のベッドの端に腰を下ろすと背中を丸めて俺を見る。
「それはありますけど、俺はペルミナと目的は一緒だと思っています。ヴァレスとも」
「面白くないねぇ」
ヤミは溜息を吐く。
「だけど、あんたの言いたいことは分かった。ジルフィムもジムレグもアタシたちの共通の敵だ。ゲドルタをどうするかはともかく、そこまでの旅路は共にできるだろうよ」
「それなんですが」
俺はベスの手を握った。
「ヴィレオリア公爵の動向が気になります」
「ゲドルタ壊したくないって言ってたよね」
「うん」
ベスの言葉に頷く。利害関係者が多すぎるとも言っていた。ベスは俺に水を勧めてくる。
「私、公爵の言うことも一理あるとは思うんだけど、でもジェミニア女王陛下の言葉も正しいと思――」
「ゲドルタはない方が良い」
ヤミがはっきりとした口調で言った。
「あれがあるから、どれだけの人間が不幸になるか。あれは願いや呪いを力に変えてしまう装置だ。そして大魔導たちの力の源だっていうことだよね」
「大魔導たちが作り上げたものですからね」
「ああ」
ヤミの氷の視線が俺を射抜く。
「ん?」
ヤミがドアの方を見て数秒後、ドアがノックされた。
「どちらさん」
「ペルミナ。マリア、も、いる」
ベスがドアに駆け寄って、重たい閂を開けた。そこには軍服姿の二人が立っていた。
「こんばんは、みなさん」
マリアが優雅に一礼する。ペルミナは何も言わずにずかずかと入ってきて、俺の前までやってきて止まった。
「あの時、感じた、視線は、お前のもの、だったか」
「……あの時?」
「私と、ヴァレスが、戦った時」
「なぜ今?」
「思い、出した、から、だ。思えば、三年、前の、襲撃の、時、もだ」
俺が見た夢――それは過去において観測されていたということか。
「お前は、私の、正体を、知っている」
「ゲドルタが見せた記憶なんだろう、あれは」
「……ゲドルタ、が、選択的に、見せている、と、でも、いうの、か?」
「それはわからない」
俺はペルミナの黒い顔面を見つめる。その奥には褐色の肌の女性がいるはずだ。
「そんなこと、が……いや、ゲイネス・ヒューケイアは、予知能力、を、持っていた、と聞く」
「あら?」
マリアが椅子を持ってやってきて、ペルミナを座らせた。
「だとしたら辻褄が合いませんね。ゲイネスの予知能力は、大魔導たちがゲドルタを作る前からあったはず。ゲイネスの血の力が、あなたの予知能力だというのなら、それはゲドルタとは無関係……。第一、そんな素敵な能力を破壊する力をゲミトルードに託したりはしないと思います」
確かに。今まで疑っても来なかった。
だとしたら、何が? 何が俺に未来を、過去を、見せている?
ペルミナが俺を黒い指で指し示した。
「いいか、レア。ゲドルタは、悪意の、固まり。妬み、恨み、嫉み、陥れたい、不幸になって欲しい……そういう呪を力に変える装置。誰かの、幸福を願えば、何倍かの不幸が、生まれる。願いを叶える代わりに、その幾倍もの、不幸を求める装置」
「それ以外の便利機能は全てオマケというわけか」
俺が確認すると、ペルミナははっきりと頷いた。
「人の目を、欺瞞する、ための、機能、に、過ぎない。霊話石にしても、私たちの、魔法術や、呪術師たちの呪法……それらもまた、呪を、蓄積するための手段、機能に、すぎない。だから――」
ペルミナは自らの胸を押さえていた。どこか苦しいのだろうか。
「解願師……お前が、全ての願いを、解け。ゲドルタに、澱のように、沈み、絡まり合った、願いを」
「……ゲドルタを破壊して終わり、で済む感じじゃなさそうだねぇ」
「終わら、ない。ゲドルタは、呪いの坩堝。どんな化け物が出てくるか、想像も、つかない」
ペルミナの宣告に俺は総毛立つ。
「魔神や人工魔神も出てくるのに」
「大魔導、たちの、封印も、解ける。急がない、と」
ペルミナは天井を見上げるようなしぐさをした。相変わらず左胸を強く押さえている。
「大丈夫?」
ベスがそれに気付いて声をかける。ペルミナは「問題ない」と短く応じた。マリアを窺うと、少し困ったような表情で軽く首を振った。彼女にも何も話していないということか。
「まずは俺の屋敷跡に行く。ジルフィムを倒し、ジムレグも倒す」
「でも、その後は?」
ベスが不安げな声を発する。
「ファイヴァルレドがないと、ゲドルタにアクセスできない」
「ファイヴァルレドはねぇ」
マリアが思わせぶりに言った。
「ヴィレオリア公爵か、ザルメラ女侯爵。どっちかが持ってると思いますよ」
「ええ?」
俺たちの声が揃う。
「私たちが方々探しても見つからない。ということは、私たちが探せない所にある。数少ない禁忌の領域といえば、ヴィレオリア公爵のお膝元、あるいは、ザルメラ女侯爵の城。どちらもゲドルタなしに事業が立ち行かない大貴族ですから、ファイヴァルレドを保有し隠匿することがあっても何一つ不思議ではありませんね」
「なるほど」
俺とヤミの声が重なった。俺たちは視線を交わし合って頷く。
「しかし、今は後回しだ。明日の朝、屋敷跡に向かおう。何日くらいかかる?」
俺が尋ねると、マリアはどこからともなく羊皮紙の地図を取り出してひとしきり唸った。
「馬車で二、三週間といったところかしら。この時期の天候は……たぶん何もないとは思いますが、大雨にでも遭遇したら一ヶ月を見なければならないかもしれません。……冬になってしまいますね」
「それは避けたい」
ヤミが言う。
「何としても雪が降る前に片付けよう」
「こちらも街道と関所関係は全て先回りして押さえておきます」
「お願いします」
ベスが頭を下げる。俺もそれに倣った。
そこでペルミナが俺の腕をつついた。
「私が、同行、する。構わない、な?」
「もちろん。願ったり叶ったりです」
「疑わ、ない、のだな」
「しても仕方のない心配事はしない」
俺はそう言ってベッドに倒れ込んだ。なんだか疲れた。
「それでは明日の早朝。後程お夕食を運ばせます」
マリアはそう言うと、地図を片付けてペルミナを連れて出て行った。
「ベス、夕食が来たら起こしてくれる?」
「はーい」
ベスの声を聞きながら、俺は眠りに吸い込まれていった。




