19-03. ジルフィムとの対面
翌朝、まだ朝靄が立ち込める時分に、俺たちは出発した。ヤミ、ベス、俺のいつものメンバーに加え、ペルミナも蓋車に乗り込んでいた。王家の所有物だけあって、キレーネ男爵が手配してくれたものよりも一回り大きく、また、贅沢にも四頭立てだった。騎士たちの同行は御者と馬車の護衛のために、二名のみ、つけてもらった。戦力的にはこちらにはペルミナがいる。ちょっとやそっとの障害があってもどうにでもなるだろう。
旅はペルミナのおかげで極めて順調に進んだ。三週間の旅路の終盤、人工魔神に襲われた回数は両手の指で数えても足りない。だが、そのほとんどはペルミナの一人舞台だった。
だが気になるのは、ペルミナが隠れるようにして左胸を押さえているところだった。
「本当に大丈夫?」
真正面に座っているペルミナに尋ねる俺に、ペルミナは答えない。
「たまには休んでいてもらっても――」
「護衛、が、私の、仕事、だ。心配は、余計」
なんだか言葉も一層に出辛そうになっているように聞こえる。
「あっ」
ベスが窓の外を見て声を上げた。ヤミは舌打ちして両肩を抱いた。
俺も窓の外を見て、この痺れるような寒さに納得した。
大粒の雪が降っていた。そうだ、今ちょうど、この辺りの初雪の時期だ。気温も急激に下がってきた。空には暗い雲が低く立ち込めていて、体感気温を一層低下させてくる。
「レアの家があったのって、この近くだよね」
「丘二つ越えたら見えると思う」
――焼け落ちた屋敷の跡地が。
街道も無事だし、雪もまだ積もらないだろう。夕方前には余裕で着ける距離感だ。
気になったのは、この街道に入ってから二日、とっくにヒューケイア領だというのに、誰一人としてすれ違わなかったことだ。寒いとはいえ、せいぜい初冬だ。いつもなら行き交う人は少なくない。
その答えはすぐにわかった。
人がいないのだ。小さな集落があったはずの場所は奇麗に更地になっていて、遠くに見えていたはずの町の姿も見えない。まるで最初から誰もいなかったかのようにだ。
俺は努めてゆっくりと息を吐いた。嫌な予感はもう半ば以上的中していた。
「レア……」
「大丈夫」
「大丈夫なわけない」
ベスは俺の手を握る。
だが、それからしばらくして、俺たちは目を疑う光景を目にする。
「屋敷が……ある」
焼け落ちたはずの俺の家が、昔のままの姿で建っていた。しかし、丘の下にあったはずの町はない。だだっ広い草原の真ん中にある丘の上に、ぽつんと屋敷が建っているような恰好だった。おぞましい予感がした。
「これは、何とも悪趣味だねぇ」
ヤミはそう言いながら、先頭に立って屋敷に向かって歩き始める。馬車は俺たちの後ろを付いてくる。冷たい風がヤミの白い髪を洗っていく。手先が痺れるようだ。この時期のこの地方にしては明らかに気温が低いなと感じた。
騎士たちと御者を馬小屋の方に案内する。馬はもともといない。客が来た時用の馬小屋だ。そこも不気味なほどきれいに整理されていて、人の気配というものはまるで感じられなかった。ぞっとした。俺の良く知る、しかし全く知らない家だ。おぞましい上辺だけの複製品だ。
不気味なほど凍て付いた沈黙の中、俺は扉を開けて先頭を行く。奴の――ジルフィムのいる場所の見当は付いている。二階の応接室だ。
導かれるように、俺たちは広くもない屋敷を進んでいく。
「邪悪な気配、とは、こういうものを言うんだろうな」
俺はぶつぶつと言った。隣を歩くベスも頷く。
「震えが止まらないわ」
「俺もだ」
振り返ると、ヤミとペルミナが無言でついてきている。
「ここだね」
ヤミが目を細めた。応接室の扉を指差している。彼女も何かを感じているのだ。ペルミナは……よくわからない。
俺が扉を開けようとしたその時、扉が勝手に開いた。大きな円卓の向こう側の椅子にはジルフィムが腕を組んで横柄な様子で座っていた。
「ようこそ、偽物。俺の屋敷の居心地はどうだい」
「その偽物と思い込んでいる俺に、討ち取られる気分はどうだ」
脳の温度が一段階上がったのを自覚して、俺は努めて平坦な口調で言い返す。ジルフィムの酷薄な表情が一瞬引き攣ったのを見逃さない。俺と同じ黒髪に褐色の目、そして父さんによく似ているその顔が、俺は許せなかった。
俺は円卓を力任せに勢いよくひっくり返し、抜剣する。そしてジルフィムに向けてまっすぐに吶喊した。
――俺が死んだら、人工魔神たちが世界に解き放たれる。
奴は王城でそう言った。
それを思い出してしまったせいか、俺の動きが重くなった。身体が言うことを聞かない。
ジルフィムは立ち上がろうともせず、両手をパチンと打ち合わせた。
「レア!」
ベスの絶叫が聞こえたその瞬間、俺は横薙ぎに吹き飛ばされた。床を抉るような一撃を受け、壁に激突する。木造の壁が大きく割れる。窓のガラスが割れて、辺り一面に散った。高価なガラス窓すら再現するだなんて、どれほどの執着なのかと空恐ろしくなる。
意識に星が飛んでいたが、俺はそれでも身体を起こす。
「おや、一撃で死ななかったとは。打ち所がよかったんだなぁ」
「お前は倒す」
俺を殴りつけたのは人工魔神と思われた。サイズは人間大だったが、両腕が異様に太く長い。そしてその全身は、人間の死体をめちゃくちゃに継ぎ接ぎにしたような醜怪なものだった。あちこちにある顔、その暗い眼窩。はみ出した幾本もの生気のない舌が不気味だった。
「何体もいる!」
ベスが悲鳴を上げる。見回せば確かに全部で四体、いや、五体の人工魔神がいた。姿を消していたのだろう。ヤミやペルミナでさえ、事前にその気配に気付けなかった相手だ。油断するわけにはいかない。
「俺の傑作たちだよ。君たちで相手になるかどうか」
「まず教えろ。町の、ヒューケイア領の人々をどうした」
「皆殺し」
一言。その答えに、俺の意識は沸騰した。そしてこいつは嘘をついていない――直感的にそうと理解できた。
「みんな俺の魔神研究のために有効活用させてもらった。生きていても何の価値もない家畜たちに、崇高な目的を与えて使ってやったんだ。感謝して欲しいね」
「言うに事欠いて!」
俺は怒鳴り、それでも冷静に周囲を確認した。
俺に先制攻撃を仕掛けた腕の魔神の他に、天井には羽の生えた魔神、ヤミたちのそばには四本腕にそれぞれ剣を持った魔神が二体。そしてジルフィムの隣には、彼を守ろうとするかのようにして人間のちょうど倍のサイズのある魔神がいた。それは三つの狼の頭部を持ち、六本の腕を有していた。それぞれの腕には鉄球のついた棍棒を持っている。
「あんたたちはその腕の奴を撃破しな。羽と四本腕はこっちで処理する」
ヤミが指示を飛ばしてくる。俺はベスと一瞬見つめ合って、頷き合う。
「レア、屋敷を、壊しても、いいか」
「構わないよ、ペルミナ。ここは俺の家じゃない!」
そこからは乱戦だった。何が起きているかわからないくらいに、俺は無我夢中で剣を振るった。




