19-04. 闇色の激情
応接間はたちまち瓦礫の山となった。天井も壁もない。寒風吹きすさぶその空間を、俺たちと人工魔神は所狭しと暴れまわる。二階とはいえ、落とされれば負傷は免れない。俺たちは必然的に部屋の中央に集まる形になる。
「もうおしまいかい、偽物のヒューケイア。今ならそのゲミトルードとその娘を渡せば、一撃で殺してあげるよ」
「ふざけるな。どっちも渡さない」
ヤミとペルミナはそれぞれ四本腕、そして羽の魔神と戦っていて、こっちに加勢する余裕がない。ここにあの三頭六腕の魔神が加われば、こっちは一気に瓦解する。ジルフィムは余裕のつもりでいる。いや、現にこっちは明らかに不利だ。しかし、その油断は突いていきたい。
「お前のその下らないプライドと思い込みのために、俺から家族を奪い、人々の命を奪い、あまつさえ冒涜した! それは許されないことだ!」
瞬間、俺は無数の矢が飛んでくる光景を見た。
腕の魔神が動いたその瞬間に、俺はベスを押し倒す。
「な、なに!?」
「矢が来る」
口の中に入った床板の破片を吐き出して、俺は頭を下げる。
直後、矢の暴風が吹き荒れる。何十、あるいは百を超える矢が魔神たちに突き刺さった。致命傷にはならなかったと思うが、魔神たちは明らかに動きを鈍らせていた。
「異端審問官のご一行様のご到着だ」
ヤミが外を見下ろして言った。
ジルフィムがひっくり返った声を上げる。
「愚かな! 数を揃えたところでセルビリウスの敵ではない」
三頭六腕の魔神がゆっくりと動き始める。まずい予感しかしない。
俺はベスを助け起こすと、同時に腕の魔神に肉薄する。振るわれたベスの槍の穂先が腕の魔神の左腕を強かに打った。何十という矢が刺さっていなければ避けられていたかもしれない。この援護射撃には、確実に意味があった。
腕の魔神が苦痛を感じるのかどうかはともかく、明らかにバランスを崩した。ここからなら一太刀浴びせられる。
俺はゲミトルードを一閃する。それは身体を庇った右腕を深く抉った。その瞬間、この魔神の魔力が集中している場所が、俺の脳内に閃いた。喉元だ。そこを削れば倒せる。
腕の魔神が両腕を振り上げた。一気に俺を叩き潰そうというのだろう。
「ベス、足を払って」
「わかった!」
側面に回ったベスが膝裏に向かって聖槍ラグリスの穂先を叩きつけた。その重たい一撃で、腕の魔神は左膝を破壊されでもしたのか、膝をついた。腕を振り下ろすタイミングが一瞬遅れる。
それで十分だった。俺は腕の打撃範囲のさらに内側に潜り込み、ゲミトルードでその醜悪な喉元を激しく突いた。
仰向けに倒れた腕の魔神は、苦悶の絶叫を上げる。俺は何度も喉元を突き刺し、捩じり、抉った。鮮血を何度も浴びながら。
やがて完全に動かなくなった魔神は、元の死体の破片に戻った。
「うっ……」
ベスが嘔吐しそうになっている。俺はベスの背中を軽く叩き、地上に向けて飛び降りようとしている三頭六腕の魔神を示す。が、ベスは首を振る。
「今はジルフィムよ」
「でも、あの魔神相手では異端審問官たちに犠牲が出る」
「ジルフィムはあなたにしか倒せない。一刻も早く倒そう」
ベスの言うことはもっともだった。しかし俺は迷っている。レイミのような悲劇は起きて欲しくない――そう強く思っていた。
ヤミとペルミナは三体の魔神と一進一退の攻防を続けていた。
「ベス、二人の助けに入って。俺は奴を片付ける」
「わかった。気を付けて!」
「ベスも!」
しばしの別れだ。俺たちは俺たちにできることをする。ヤミたちの手が空けば、三頭六腕の魔神に対応することもできるだろう。
そしてジルフィム。こいつだけは俺が倒さなくてはならない。絶対に。
「一騎打ちか。良いだろう、偽物。どちらがゲミトルードに相応しいか、証明してやろう」
ジルフィムは腰の剣を抜いた。光を反射しない暗黒の刃から、時々血のような赤い光が散っている。
「魔剣フレイライルを味わうがいい」
距離は七歩。その距離で振るわれた刃から、何かが飛んできた。例の赤い光だ。それは俺の頬を掠める。鋭い痛みにクラクラする。あの光には注意が必要だ。
俺の眉間に光が刺さる――その軌道を俺は知っている。ゲミトルードを立てて弾き返し、次の一撃を飛んで避ける。二歩の距離。踏み込めば斬れる。
そこでジルフィムはさらにフレイライルを振るってきた。まるで地吹雪のように迫ってきた衝撃波が俺を吹き飛ばした。五歩分離れて最初の位置関係に戻ってしまう。身体へのダメージは大したことはない。だが、これではジリ貧だ。
頬に鋭い痛みを感じながら、それでも俺は突き進む。
一瞬先が見える。未来を避ける。
ジルフィムの表情から余裕が消える。
ついにゲミトルードとフレイライルが衝突する。
「――ッ!」
直後、発生した爆発に、俺もジルフィムも大きく弾き飛ばされた。互いに瓦礫に埋まる。
「己の罪に沈め!」
跳ね起きた俺は、まだ体勢を整え切れていないジルフィムのフレイライルを弾き飛ばした。そしてその勢いで、ゲミトルードを思い切り横薙ぎにしようとした。
「人工魔神による大災厄。その結果起こる無数の死と悲しみの責任を、とれるのかな、偽物風情に」
「そんなことより、今はお前という咎人を裁くのが先だ!」
ゲミトルードの刃が、ジルフィムの首の皮を斬っていた。血が滲んでいる。
「そうだよなぁ。王国の危機を招くわけには行かないよなぁ。そんな命の責任なんざ取れないよなぁ! 所詮は偽物よ。勇者の正統な末裔が聞いて呆れる!」
「お前は、それ以下の俗物だ!」
ゲミトルードがジルフィムの首に食い込んでいく。刃の進行を食い止めようとしているフレイライルが震えている。
「い、いいのか。俺の作った魔神たちは無差別な殺戮をするぞ。王国中が地獄になるぞ!」
「それを止められるというのなら生かしておく価値もあるが!」
また少し、刃がジルフィムの肉を毀損する。
「俺を殺せばその手段は永遠に失われる!」
「ならば言え。ジムレグとテスタロサの計画とはなんだ」
「し、知らない。俺は人工魔神の研究だけを……」
「何人殺した。お前のその下らない研究のために!」
「覚えているものか! 奴らは死してなお、より強いものの一部になれたのだ。永遠になり得たのだ。お前たちが邪魔さえしなければな!」
俺は剣を引いた。フレイライルが勢い余って振り下ろされる。
その瞬間、俺は剣を振るっていた。
「!?」
ジルフィムの首が宙を舞った。
「誰がそんな未来を望んだって言うんだ、クソが!」
俺の胸の奥で、どす黒い怒りが渦巻いていた。




