19-05. 黄昏の決戦とタイムリミット
三頭六腕の魔神・セルビリウスが二階から跳んだ。たちまち地上から怒号や悲鳴が上がる。俺もその後を追い、その右肩に跳び乗った。
そのまま一番右の狼頭に向けて剣を突く。が、いとも容易く振り落とされてしまう。身の丈の倍の高さから落とされてはかなわない。俺はゲミトルードをその腰のあたりに突き刺して、落下の勢いを殺す。副産物的に魔力の集中するポイント――弱点が見えた。真ん中の頭だ。そりゃそうだろうなと思いながら地面に降り立ち、霜柱が砕ける音を聞く。
地上には百名近い兵士と十名以上の異端審問官がいた。手に手に弓を構えて距離を取っている。
「弓の一斉射撃は効果がある! 攻撃を続けて!」
俺が言うと、リーダー格の異端審問官が隊列を整えさせた。魔神を見て動揺こそしていたが、それでも指揮には整然と従っている。よく訓練されていると一目でわかる。
百近い矢がセルビリウスの全身に突き刺さる。セルビリウスは怒号を上げると、兵士たちの方へと突っ込もうとした。が、させない。俺が前に出て進路を塞ぐ。セルビリウスの持つ六つの鉄球付き棍棒が時間差で落ちてくる。こんなものを受け止めようとするのは自殺行為だ。止まるはずがない。
立て続けに三度、その後三度――縦横無尽に振るわれるその厄介な武器に、俺は前に出られない。
足を狙うか? さっきの腕の魔神を見る限り、身体構造は人間と同じだ。それなら膝をやられたら動けなくなるはず。だが、そのためには手数が足りない。弓で膝を狙うのが至難の業だということくらいは俺でも知っている。
そして体勢を崩してもらわない事には、頭に一撃を入れるのは不可能だった。何せ相手は巨体だ。
そこに兵士たちからの矢が降り注ぐ。
俺は一瞬距離を開け、すぐに地面を蹴った。矢が命中するのと同時に斬り込む……!
目論見は成功し、膝に斬撃の直撃こそ出せたものの、有効打にはならなかった。何かの力場のようなもので威力を殺されてしまっていた。
「そんな手段まで……!」
お返しと言わんばかりに左足で強かに蹴飛ばされ、俺は全身で地面を削る羽目になる。腹部を蹴られたせいか、身体が麻痺している。全身が俺のものではないかのようだ。そこにセルビリウスが走り込んでくる。立ち上がることすらままならない。
その時、俺とセルビリウスの間に巨大な戦斧が飛んできて、地面に突き刺さった。ペルミナだ。そして閃光、それに続く轟音と共に、偽物の屋敷が崩れ落ちる。
「やったか!」
「レア、油断しない!」
ベスの叱咤の声。魔力的な何かでゆっくりと地上に降り立ったベスは、すぐに俺のところへと走ってくる。その間にも我に返ったセルビリウスが鉄球付き棍棒を振り上げて踏み込んでくる。ベスは素早く俺と別れ、セルビリウスを挟み込む位置に移動する。セルビリウスの左の頭がベスを追っている。だが、こいつは正面にしか攻撃ができない。身体がこっちを向いている限り、ベスには大きな危険はない。
戦斧が立て続けに二振り飛んできて、セルビリウスの背中と胸に命中する。が、これもさっきの力場のようなもので弾かれる。
矢は刺さるのに刃物が効かない。一点集中の攻撃ならあるいは、か。
となれば、勝機を創るのはベスの聖槍ラグリスだ。
「ベス、どうにかして真ん中の頭を狙って!」
「わかった! 引きつけといて!」
どうやれば奴の関心を引き続けられるか。考えている暇はない。ひたすら攻撃するしかない。
奴の獲物を掻い潜って肉薄しては、距離を取る。そうしているうちにヤミも加わった。緋雨が赤い残像を引いてセルビリウスに無視できない攻撃を加えていく。単純にターゲットが分散するのは助かった。一息つく暇ができる。
それでも、俺たちの攻撃はほとんど通用していない。
その数秒後、状況が動く。ベスの槍がセルビリウスの右ふくらはぎから脛までを貫通したのだ。やはり矢や槍は効く。
膝を付いたセルビリウスを見て、異端審問官たちから歓声が上がる。
ベスは左足も攻め、ついには立ち上がることを封じた。
こうなれば、その不安定な姿勢からは攻撃を繰り出すことも難しいだろう。
三つの狼の頭が咆哮する。
「ベス! 頭を!」
「わかってるって!」
ベスはその背中を駆け上がり、跳躍しながら槍を振り上げる。
「でぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
裂帛の気合。頭蓋骨を粉砕する鈍い音。肉が弾ける生理的嫌悪感をそそる音。それらを経て、巨大な狼の頭の眉間が後頭部から突き破られた。
――魔力が噴水のように吹きあがったのが見えた。
「やったか」
離れの馬小屋から馬車が姿を見せたのを確認しながら、ヤミが息を吐いた。
「魔神とはいえハプトの強さとは比べるべくもないけど、それでも人々には十分すぎる脅威だねぇ……。奴の言葉が本当なら、遠くない未来に大変な事態が起きる」
「ほかに手があればよかったんですが」
俺は首を振りながら、ゲミトルードを鞘に収めた。ベスがそんな俺の右肩を叩いてくる。
「もう事態は動き始めているんだから、そこで悩んでもどうしようもないよ」
「そう、いう、こと、だ」
ペルミナが俺を見上げながら言い――胸を押さえて崩れ落ちた。
「大丈夫!?」
ベスが素早く助け起こし、地面に寝かせる。その時、異端審問官の一人が、自分のマントを外して提供してくれた。一人、また一人とマントを貸してくれたので、俺たちは夕刻の屋外でペルミナを凍えさせずに済んだ。
「どうしたんだ、ペルミナ」
「私の、稼働、限界、が、近い」
「稼働限界?」
「私は所詮、複製品。大魔導に創られた実験体に、すぎ、ない」
そんな――ベスが口に手を当てている。
ヤミが尋ねる。
「大魔導を倒せばどうにかなるって話じゃないのかい」
「最初、から、決まっていた、こと。私は、大魔導の、力なしには、生きられ、ない」
「じゃ、じゃぁ、大魔導を倒したらだめじゃない」
ベスが言うと、ペルミナは首を振った。暗黒の顔の中に、どんな表情が浮かんでいるのかはわからない。
「奴らは、倒さねば、ならない。私を、考慮しては、ならない」
「で、でも……!」
屈みこんだベスは首を振るが、ペルミナはそのベスの手を取って、また首を振った。
その時、真っ先にマントを提供してくれた異端審問官がおずおずと声をかけてきた。
「皆さま、我々の野営地へご案内いたします。ここよりはよい環境かと」
「そうだね」
ヤミが異端審問官の肩を軽く叩いた。
「ありがたくそうさせてもらうよ」
そして俺たちは丘を越えたところにある野営地へと移動した。
到着した頃には、太陽はすっかり地平線の彼方に消えていた。




