19-06. ファイヴァルレドの在処
野営地の焚火の前で、ペルミナは座っていた。寝ていろと言ったが、「自分の限界は自分が知っている」と言って、頑として言うことを聞かなかった。
「私は、未だに、ヴァレスの魅了術に、かかっている」
ベスを挟んで向こう側にいるペルミナがそんなことを言った。ちなみにヤミは異端審問官たちの輪の中に加わっている。昔馴染みの知り合いがいたのだとか。
ペルミナはぼそぼそと続けた。
「本当は、怖い。死にたく、ない。ヴァレスのそばで、もっと、戦いたい。認められ、たい」
「それは私、魅了術じゃないと思うよ」
ベスが少し笑いながら言った。その右手は俺の左手を握りっぱなしだ。そして今、ベスの左手はペルミナの右手に重ねられている。
「好きなんじゃない? ヴァレスのこと」
「好き?」
「あの人確かにイケメンだし、強いし、それに過去戦って破れてるんでしょう?」
「……確か、に、負けた」
「それは好きになっちゃう要素てんこ盛りだと思うなあ、私」
「……わからない。好きに、なると、どうなる?」
「ええとね」
ベスは何やらペルミナに耳打ちした。
「確かに、ヴァレスの前に、いると、気分が、高揚することが、ある」
「ほかにもさ」
また耳打ちする。蚊帳の外の俺だが、ベスに捕まっているのでこの場を離れることもできない。
「触れる、なんて、無理」
「簡単だよ。こうしてガッと掴んじゃえば、きっと逃げないから」
「……俺は逃げないけどさ」
「最初は私、逃げられるかなってドキドキしてたんだからね」
「そうなの?」
最初がいつなのか、もう覚えていないけど。
「あんたって、時々腹が立つほど鈍いよね」
「……ごめん」
とりあえず謝罪。こうしておけば波風は立ちにくい。
寒風が吹き抜けていく。焚火があるとはいえ、この時期に野営なんてするもんじゃない。だが、幸いにして雪は積もらなさそうだった。
「死ぬ時は、手を握って、もらえるだろう、か」
「そういうこと考えないのよ、ペルミナ。あなたのことは私たちが助けてみせる」
「最適解、ではない。合理的、では、ない」
「最適で合理的な解答だけが正解だなんて、誰が決めたの?」
ベスはどこまでも真摯に言葉を紡ぐ。
「しかし、その結果、皆が危険に、晒される」
「今更でしょー」
「今更だね」
ベスと俺の声が重なった。
「ずっと危険に晒されてきたんだ。それに俺たちが挑もうとしているのは、ジムレグやあるいはテスタロサ、そして大魔導たち、ゲドルタそのもの。危険じゃない事なんて一つもない」
「確か、に、そう、だ」
ペルミナは笑ったようだった。声も表情もなかったが、何となくそんな気がした。
「エリザベス、ファイヴァルレドは、ヴィレオリア公爵が、持っている」
「え、どうしてわかるの?」
「ザルメラ女侯爵は、シロだ。五年前、ティラール家が、襲撃された時、ザルメラの魔法術師部隊、白鷲騎士団、に、動きは、なかった」
「……消去法か。でも、ヴィレオリア公爵の方は?」
「公爵のそばに、ガティアスという、魔法術師が、いた、だろう?」
いた。ジェミニア女王防衛に助力してもらった男だ。
「事件の前後の、ガティアスの、動向が、追え、なかった」
「まさか……じゃぁ、うちを襲ったのはヴィレオリア公爵の刺客だったっていうの!?」
「声が大きいよ、ベス」
俺が窘めると、ベスは肩を縮めて小さくなった。俺は確認するように言う。
「ファイヴァルレドを奪い、ティラール家を根絶やしにすれば、ゲドルタへ至る方法はなくなる、そう考えた可能性があると」
「そう、だ。可能性の、一つ、と、言っておくが」
「んー、若いの三人で何を話してるのさ」
ヤミが少し赤い顔をして戻ってきた。
「異端審問官がお酒持ってたんですか?」
「お、レア、鋭い!」
焚火を挟んで向かい側に腰を下ろし、ヤミが分けてもらったと思しき小さな革の水袋に口を付ける。
「この時期から野営を伴う場合は、酒を携行してもいいってことになったんだってさ」
「寒いからですか」
「そういうこと。おかげで久しぶりに飲んだわぁ」
グリード局長ってのは本当に実利主義者なんだろうなぁ、などと思ったりする。
「で、あれだろ。ファイヴァルレドがどこにあるかって話だろ」
「そうです、先生。聞いてたんですか?」
「ベスの表情見てたらすぐ想像できたよ」
ヤミはまた酒を飲んで口元を拭った。
「実はアタシもずっとそうは思っていた。ただいくらあの狸親父と言っても、いきなりそんなことを言ったらアタシも首が飛びかねない。王家すら凌ぐ力の持ち主だし、悪人ってわけでもない。むしろ今の王国にはなければならない人物だ。力技でどうのこうのするのは、それこそ国家に対する逆賊になりかねない」
「じゃぁ……」
「そこでザルメラ女侯爵の出番さ。王家の紹介があれば会うことは難しくないさ」
ヤミは事も無げに言った。
「ジムレグはどうします、先生」
「奴はファイヴァルレドが現れたら、自ずから出てくるさ」
そう言ってヤミはベスを見た。
「短気は起こすんじゃないよ、ベス」
「わ、わ、わ、わかってます、師匠」
明らかにわかってない様子のベスの右手を、俺は両手で包んでポンポンと叩いた。
「必ず俺たちの望んだ未来になる。そうなるために俺たち頑張ってるだろ」
「でも、私の願いはファイヴァルレドを手に入れることじゃない」
ベスは首を振った。
「お前の、願いは――」
ペルミナが少し胸のあたりを気にしながら言った。
「仇討ちなのか?」
「……うん」
その理由を俺は責められない。俺だってジルフィムを慈悲なく討った。俺に許されてベスがダメというのは道理が合わない。
「だが、ヴィレオリア、公爵を、殺すわけには、いかない」
「……わかってる」
わかってない。
――それが俺にはわかる。
「最後は君が決めることだよ、ベス。誰が何と言おうと、自分の想いに、自分の願いに従うんだ。どうせ俺たちにはそれしかできないんだから」
「それが呪いであったとしても?」
「それが人だ」
俺は焚火の向こうのヤミをちらりと見る。ヤミは目を細めて俺を見ていた。口角を上げながら。だから俺は、俺の言葉が間違えてはいないと確信を持てた。
「呪いだの願いだの、そこに善悪はもしかしたらあるかもしれない。けれど、呪いも願いも、人の心から生まれるものだ。そこには正しさも誤りもない。誰かの願いとぶつかるか、誰かの呪いとぶつかるか。それだけだと俺は思うんだ」
「私が仇討ちを成し遂げてしまったら、王国全体が呪いに包まれるでしょうね」
「だからと言って、君が願いを飲み下す理由にはならなくない?」
俺がそう言うと、ベスは黙り込んだ。
「俺は父さんと母さん、領地の人々の仇を討った」
「でも、レアの場合は大悪人だったじゃない。大勢の人々を殺して、死体すら辱めた!」
「君がどう考えたとしても――」
俺は薪を火に放り込んだ。すぐにパチパチと音を立てて爆ぜる。
「俺は君と一緒にいるよ」
「ばっ、ばばば、ばっ」
ベスは勢いよく手を離した。
「ばかっ、恥ずかしいこと言わないでよね!」
「いーまーさーらー!」
ヤミが手を打って茶化してくる。
「あんたたちいっつも手繋いでんじゃないのさ」
「そ、そそ、そ、それは」
「二人は、恋人、なのか?」
ペルミナまで乗ってきた。
恋人かどうかはともかく――俺は再びベスの右手を捕まえた。




