20-01. 惨劇と非情
目的地は決まった。ザルメラ女侯爵の城、通称六華城だ。俺たちは王城を経由せず、そのまままっすぐに六華城へと向かう旅程を決めた。ここから向かうとなると、西南西の方向だ。ベスの占いでもその方角が示されているのを確認した。迷いはない。
旅程的にはここから最低でも五週間はかかる。季節は真冬に入ってしまうが、ザルメラ女侯爵領はやや南にあり、かつ、ジェイルムド山脈からも外れた地域にあるため、若干冬の訪れが遅いとのことだった。雪が積もり始めるよりも先に辿り着けるかどうかが、目下最大の懸案事項だった。
「私は、マリアに、関所の先回り、と、物資の手配、を、頼んで、くる。報告、も」
ペルミナはそう言うと姿を消した。若干心細くはあるが、今は兵士たちはそれぞれの所属都市へと帰っていったが、馬を連れている十名の異端審問官たちは一緒だ。山賊や盗賊といった連中とのつまらないいざこざは起きないだろう。
「王城の方もヴァレスとマリアだけで支え切れる戦線じゃない」
大魔導、今は未だゲドルタ・ブラウのみだが、いつ残り二人――ヘクサとイレグが完全復活するのかわからない。そうなったら飽和攻撃が可能になってしまう。ジェミニア女王の安全が保障されなくなってしまう。最悪の場合、ペルミナは再合流できないだろう。
「まぁ、雪が降らないことを祈って行くしかないさ」
馬車の中で腰を落ち着けながらヤミが言う。俺はベスと隣り合って座っている。ベスは昨晩の話から意識してしまっているのか、手を握ってくれなかった。ヤミはニヤついているし。
実際の所、旅程は困難を極めた。ジルフィムの言った通り、人工魔神が随所に出現していたからだ。集落から都市まで、まったく無作為に、無節操に、襲われていた。大きな町は王室の魔法術師たちが対処していたが、集落や宿場町となれば俺たちが戦わざるを得なかった。
「この町は壊滅か……」
異端審問官たちの仕事を手伝いながら、ヤミが呟いた。人口百人に満たない小さな宿場町だったが、住人の過半が物言わぬ骸となっていた。ひどく冷える毎日だったから、遺体が腐敗するまでにはまだ時間はあるだろう。
しかし、そのあまりの惨状とその処理に関して対応するため、異端審問官が二人離脱することになった。道程の半ばでの離脱は痛かったが、まだこの先にも聖庁異端審問局の分局がある都市はある。支援に関しては受けられるだろうと思われた。
「グリード局長にはお礼をしないとなりませんね、先生」
「今回は無理を通したみたいだねぇ。爺さんなりに危機感があったってことだろうね」
ヤミは暗い表情で目が開いたままの子どもの亡骸の瞼を下ろしてやっていた。ヤミは感情のない声で言った。
「一刻も早く、ゲドルタを破壊しないとね」
「そうですね」
俺は荷馬車の荷台に死体を積み込むのを手伝う。それらはどれもこれも原型を留めていなかった。四肢が揃っていればまだマシな方だった。ベスは気分を悪くしてしまって、俺たちの馬車のそばにしゃがみ込んでしまっていた。
――それが普通の感覚なんだろうな。
俺は頭が割れていようが、内臓が飛び出していようが、なぜか平気だった。死ねばもはや物体――そう無意識に思ってしまっているのかもしれなかった。そんな自分が薄情のようにも思えて、俺は表情を消す。
「あとは我々が引き受けます。先をお急ぎください、ヤミ様」
ここで離脱する異端審問官たちが俺たちに先を促す。俺たちはありがたくその言葉に従い、再びザルメラ女侯爵の六華城へと進路を取る。
「ジムレグやテスタロサは今何をしているんでしょうね」
馬車が動き始めてから、俺は話を振ってみた。ベスはまだ青白い顔をして俯いていた。俺は左腕でその肩を抱き寄せた。ベスは抵抗しなかった。
「そもそも、ジムレグと母さんが何を考えて二十年前の戦いをしたのかが問題さ」
「キケレアーナも気になります。彼女がその気になれば、ゲドルタの小鍵、ベスとファイヴァルレド、そして俺とゲミトルード、これを簡単に手中に収められるはず。そもそも大魔導すら圧倒するかもしれない」
「ま、考えてわかる話でもない。ゲドルタをぶっ壊す。そうしたらジムレグも母さんも魔法術が使えなくなる。大魔導もね。万事解決さ」
その言葉に、俺はふと違和感を覚えた。
「あれ? でもおかしくないですか?」
「なにが?」
「俺の予知能力もそうですけど、そもそも魔導大戦の勇者たち、こと、魔法術師のオベリアナ・モルフェアスは、ゲドルタが出てくる前から魔法術師だったんじゃ?」
「彼女は元はといえば勇者ゲミア・ノードンと同じ呪術師さ」
新事実の提示に、俺は「そ、そうなんですか」といささか間抜けな反応しか返せなかった。ヤミは頷いて続けた。
「オベリアナは大魔導たちが作り上げたゲドルタを勝手に使う技術を編み出して、自在に呪を行使できるように体系立てた。それが現代に伝わっている魔法術で、母さんにしてもジムレグにしてもこの体系の中で魔法術を極めている。ゲドルタなしには何もできないさ」
だといいんだけど……。
どうにもこの脳内で鳴り響く警鐘を止められない。
「あと何日くらいかねぇ」
「ええと」
俺はベスから羊皮紙の地図を受け取って広げる。街道の情報を見るに、あと二週間もあれば六華城に入れる計算だ。足止めを食わらなければ、だ。
「二週間か。雪との競走だねぇ」
「ええ。ジェイルムド山脈が途切れてくれれば少しは温かくなるんでしょうけど」
北風がジェイルムド山脈に当たり、その結果として麓に降りてくる風が非常に冷たいのだ。どこまでも俺たちの旅を祟る山々だった。
「山脈のおろし地域を抜けるまであとちょっとか。寒さが堪えるねぇ」
「お酒は控えめにお願いしますよ、先生」
「飲んでないし……」
嘘だ。異端審問官に分けてもらっているのを何度か見ている。
「街道がなかったら二週間どころじゃなかったですね。こんなものを王国中に整備したベルリタ・ザルメラ女侯爵とはどういう方なんですか?」
「あのね、レア。アタシだって知らない事の一つくらいあるんだよ」
ガタガタという振動を全身に感じながら、俺はベスをもう少し抱き寄せた。ベスの両目から涙がこぼれていたのに気が付いたからだ。
「ベス、眠れる?」
「わからない」
ショック状態だと俺は判断した。ヤミは腕を組んで目を閉じた。任せる、ということだろう。
「レアは強いね。あんなの見ても平気な顔してた」
「あれは強さじゃない」
――ただの非情さだ。
俺はその言葉を飲み込んだ。
「こんなことを起こさせなくするために、俺たちは戦うんだよ」
「わかってる」
ベスは俺の左肩に頭を乗せて、頷いた。
「私たち、勇者の末裔だもんね」
「血統を憎んでる?」
「逆」
ベスは短く答えた。
「ただ殺されるだけなんて嫌。戦える力があってよかったと思ってる。分かり易い役割があってよかったと思ってる。自分がここに生きていていい理由が実感できるから」
「そう、か」
俺はベスの金髪に触れた。長旅にも関わらず、サラサラの透き通った髪だった。
「とりあえず、ちょっと休みなよ、ベス」
「わかった。ちょっと肩を借してね」
ベスはそう言って目を閉じた。




