20-02. ベルリタ・ザルメラ女侯爵
そこから二週間と三日目の正午ごろ、俺たちは雪に追い立てられるようにして、ザルメラ女侯爵の六華城が見える場所に到達した。六華城は、ジェイルムド山脈を起源とするマーナベラ大河の支流に囲まれた穀倉地帯の中央に存在する大都市だった。冬季であるにもかかわらず、正直王都をも凌ぐ規模の経済活動が行われているのは明白だった。
そして六華の名の通り、町の周囲には六つの巨大な塔が等間隔に建っていて、中央には王城と同じ規模の高層建築物が存在している。そしてその六つの巨大な塔が、それぞれ街道に接続されており、出入りを管理しているようだ。城壁に囲まれた街並みも三角形のブロックが六つ組み合わさってできているそうで、それゆえに雪の結晶を意味する六華という名前がつけられたのだとか。
「なんてすごい町だ」
語彙力が喪失している俺の感想である。ベスが横で小さく吹いた。
俺たちは今、都市まであと数時間の距離にある丘の上にいる。吹き抜ける風は冷たかったが、数日前に遭遇した地吹雪を思えばどうということはなかった。
八人の異端審問官たちも誰一人欠けることなくここまでついてきてくれた。彼らはこの六華城の支局で冬を越すつもりだとのことだった。
「さぁ、行こうか。ザルメラ女侯爵とご対面だ」
と、ヤミが言った時、塔の一つから騎馬の集団が現れた。全員が白いマントをはためかせていた。甲冑姿が六、軽装が三。軽装の一人がリーダーらしいが、フードを被り、口元も布で隠れているため、この距離からでは性別もわからない。
騎馬はまっすぐに丘の上の俺たちに向かってきている。
俺はヤミと顔を見合わせる。ヤミは肩を竦めた。敵ではないに違いない。
ヤミは俺たちの前に立ち、騎馬たちを出迎えた。
「解願師ヤミの一行で間違いないか」
リーダーは女性だった。張りと艶の共存した不思議な声音の持ち主だ。
「あんたは?」
ヤミがいつも通り物怖じせずに馬上の女性を眺めやる。
「私はベルリタだ。ベルリタ・ザルメラ。この地方の領主だ。知っているだろう?」
「わざわざ領主自らがお出迎えか」
ヤミは下馬するザルメラに手を貸す。
「何、ちょうど暇を持て余していたところでな。城下の見回りついでにやってきた」
ザルメラはフードを脱ぎ、口元を覆っていた布を下ろした。年の頃はヤミよりは上、しかしせいぜい三十代半ばだろう。噂にもそう聞いたことがある。黒い髪は俺よりも短く、まるで男のようだった。女性の髪は長ければ長い方が美しいと言われていたから、短い髪の女性を見るのは新鮮だった。そして鋭く輝きを放つ瞳の色は薄い灰青色だった。腰に帯びた剣は、かなりの名のある剣に違いない。冬の分厚い装束だから体格まではわからないが、その所作から察するにかなりの筋肉質だ。歩く姿一つにも全く無駄がない。
「異端審問官が八人。なかなか壮観な図だが、ご苦労だったな。冬の間の話は支局につけてある。安心して数か月を過ごすがいい。ここから先は白鷲騎士団が引き継ぐ。その旨はグリーグ局長とも合意済みだ」
動きにも言葉にも全く無駄がない。そしてその理知的な美貌に、俺は思わず魅入られていた。……と、気付いたのは、ベスに思い切り肘鉄を食らった時だ。
甲冑姿の騎士たちに先導されて、異端審問官たちは先に行ってしまう。残ったのは軽装の二人とザルメラ女侯爵その人と俺たちだけだ。
「馬車に同乗させてもらっても?」
「ああ、いいよ」
敬語を使う素振りもないヤミに、俺とベスはヒヤヒヤしている。
かくして俺たちは乾いた冷たい風が吹きすさぶ中、馬車に乗り込んだ。
「私にも魔法術師の才能があればよかったのだがね」
「なくとも閣下は素晴らしい業績を上げられております」
ザルメラの正面に座るベスが、少し興奮したように言った。
「金の動きを適正化しさえすれば、街道の整備など大した問題ではなかったよ」
「それができるのがすごいと思います」
「私には数多くの味方がいる、それだけだよ。それで、君の名前は?」
「あっ。申し遅れました、閣下。私はエリザベス・ティラール。こちらはオルレアス・ヒューケイア」
「閣下はやめてくれ、ベス。レア、君もだ。すまんすまん、君たちのことも勿論把握していたよ」
ザルメラなりのジョークということか。どうやらそっちのセンスはあまりない人物らしい。だが、本当に不思議な人物だと思った。常に魅了の魔法でも纏っているかのようで、なぜか目を離せない。
「そうだな、君たちは私をリタと呼べ」
「そ、それは無理です」
俺とベスの言葉が揃う。
「命令だ。私の所領内に於いては必ず私をリタと呼ぶこと。ヤミ、君もだ」
「了解、リタ」
ヤミはやる気なさそうな口調でいとも簡単にそう呼んだ。この人の豪胆さはどれだけなんだ。俺はいまさらながらに舌を巻いた。
「君たちの要求についても把握している。かの勇者、カザスィア・ティラールの霊槍ファイヴァルレドの行方について調べているから協力しろということだろう」
「五年前、ベスの家が何者かの襲撃を受けてね。ベスはいろいろあって助かったんだけど、ファイヴァルレドは奪い去られてしまった」
ヤミが言う。ザルメラ――リタは顎に手をやって考え込む。
「五年前と言えば、前国王より託された、街道整備事業にようやく終わりが見えてきた頃だな。私が家督を継いだのが十年前。その時期は魔導大戦がどうのなんてことを考える余裕はなかったな。私自身、千年前のあの戦いの存在は認めるにしても、各種の伝承については懐疑的ですらあった」
「そこのレアは、過去も未来も見ることができるんだよねぇ」
「本当か、少年」
半ば食い気味に尋ねられて、俺はカクカクと頷いた。まだ緊張が解けないでいる。
「魔法術でも予知や過去視は難しいと聞いたぞ」
「俺のは、恐らく正確です。何度もそれに救われてきましたし」
「素晴らしい」
リタは手を叩いた。革の手袋がぶつかり合う鈍い音が車内に響く。
「千年の時を超えて伝わる能力か。私もそんな力が欲しかった。欲しいものだらけだ」
リタはなぜか幾分楽しそうにそう言う。
「だが、持たざる者だからこそ、生き甲斐も見出せる。生まれながらの役割もなく、血の縛りもない。その中で私は自ら役割を見つけ、成し遂げてきた。痛快だぞ」
確かにリタの功績は街道整備の一つを取ってしても絶大なものがあった。全土の関所の通行料から一定割合を徴収するシステムを組み上げており、それが今、リタの手に莫大な富をもたらしていた。
「徴収した税はまた街道整備に充てられる。永久機関というやつだ」
「そのシステムは、ご自身でお考えになったのですか、閣……リタ」
ベスが遠慮がちに尋ねた。リタは頷く。
「国王から受けた融資を各領主にバラまいた。ヴィレオリア公の援助も受けながらな。街道をいち早く整備すればするほど得られる金は増える。競争させて公平に評価するようにした。そうしたらたったの五年で王国に網の目のように街道を展開させることに成功した。宿場町の整備にも報奨金を出した。正直、我が家の資産は一時底をついたがね」
「情報伝達にはバルーサの霊話石を使ったってことだね」
ヤミが尋ねると、リタは「うんうん」と二度頷いた。
「霊話石についても、年更新の包括契約を結んで、私の関係者が自由に使えるようにしたんだ。その結果、情報伝達が飛躍的にスムーズになって、私の手元には王国中の街道整備状況が毎日事細かに伝えられるようになった」
「バルーサと包括契約……。そりゃ、バルーサも助かったことだろう」
「そう、そこだよ、ヤミ」
リタが笑みを見せる。
「バルーサが常に資金難だってことは知っていた。聖庁異端審問局とも揉めていたし。私の資金で呪術師たちに言うことを聞いてもらい、違法な外道師たちの取り締まりに協力させた。結果、六華の支局とバルーサの関係は良好だ。だから私はグリード局長からも、バルーサの連中からも協力してもらえる体制を作れたんだ」
カリスマは作れるものなんだと、俺は納得する。もともとカリスマ性はあったと思うが、その行動力と頭脳が、より多くの支持を集めたのだろう。現に、俺だって魅了されていることを認めないわけにいかない。
そうこうしている間に、俺たちは塔の一つを通過し、よく整えられた美しい城下町に入っていた。




