20-03. 大局観
御者や馬たちと別れた俺たちは、六華城の応接間に通された。暖炉の中で薪がパチパチと燃えている。完全に冷え切っていた身体には、この上ない癒しだった。侯爵家の応接間にしてはやや手狭なように感じた。四人掛け長椅子が二脚ずつ四列並び、部屋の一番奥にリタが座る椅子と机があった。
机がある応接間なんて珍しいなと思ったが、リタは話を聞きながら執務をしたりもするのだろうと推測できた。どこまでも合理的なタイプの人なのだろうと思う。
「待たせた。ああ、楽にしてくれ」
護衛もつけずに入ってきたのは、赤い軍服を身に着けたリタだった。長身に長い足も相俟って、男物のそれがよく似合う。左手の薬指には銀色の指輪が光っていた。
「ではさっそく本題に入ろう」
リタは自分の椅子に座って、机に肘をついた。
「まずファイヴァルレド。これは私は持っていない。それが貴重品であることは知っているが、それ以上の知識もない」
嘘をついているようには見えない。俺はリタの灰青色の目を見つめる。リタと目が合った。リタは目で笑う。
「私は実利に繋がらない嘘はつかないよ、少年。逆に言えば、それが私にとって利益になるとしたら、嘘をつくかもしれんということだ」
「利益……」
ベスが呟く。リタは「私は実業家だからな」と言う。
「そして、私に不利益をもたらすものがあるなら、私はそれを全力で排除する」
鋭い刃のように、リタは目を細めた。口角が上がっている。
「君たちはどっちだ? 私に利益をもたらすのか? それとも不利益をもたらすのか?」
「世界を賭ける」
ヤミが言った。リタは「ほう?」と関心を向ける。
「リタ、あんたならどう考えるか訊きたい」
「最初にそれを確認するのは無駄がなくて良いな」
「ゲドルタ、は、知っているかい?」
ヤミが直球を投げつけた。リタは頷く。
「リナ――白鷲の隊長から聞いたことがある。魔力の源だったり、霊話石を繋げる力だったりという概念的なものだとか」
「アタシたちはそれを壊す」
ヤミは端的に事実だけを伝えた。リタは目を閉じて静かに問う。
「我々を千年前の文明レベルに戻すつもりか?」
「千年前にゲドルタを創った者たちがいる」
ヤミが答える。リタは薄く目を開けた。
「それは、いるだろうな。自然発生するシステムはこの世界に存在しない」
「大魔導と呼ばれる者たちが作り上げたこのシステムは、確かに便利だよ。だけどね、大魔導たちが千年の封印を解かれて復活した時、彼らはゲドルタのその全てを行使できるようになる。世界はそれこそ千年前に戻る。魔導大戦が再び起きる」
「なるほど?」
語尾を上げて、リタが相槌を打った。
「つまり、放っておいてもおかなくても、文明は千年逆戻りすると」
「ゲドルタを破壊しなければ、世界戦争が起きるだろうね――千年前以上の規模のね」
「その、大魔導とやらのみを殺すという手はないのか?」
もっともな問いだと思った。しかし――。
「大魔導とゲドルタは不可分。大魔導を倒すにはゲドルタを破壊しなければならない」
「私としては、大魔導を倒せばゲドルタは保全できるように思えるのだが」
リタの声には圧力がある。肯定以外の返事は許さない、そういう圧力だ。
「質問を変えよう。ゲドルタを破壊するメリットは何だ?」
「呪いが消える」
「ほう? 呪いというのは、呪術師の使う呪というものか」
「そう考えて差し支えないよ。アタシは守りたいのさ」
「人類を?」
「……妹をだ」
そう言われて、リタは少し思案顔になった。
「妹というのは、ジェミニア女王陛下のことだな?」
「ご慧眼」
ヤミは膝の上で両手を組み合わせて頷いた。その目はまっすぐにリタを射抜いている。
「言っちまえば、アタシにとってジェミニア以外の存在なんて、玉葱やキャベツみたいなもんさ」
「愛しい妹を呪術や魔法術による災厄から救うためだけに、ゲドルタを破壊するという計画を立てたと、そういうことだな」
「簡単に言えばそうだね、リタ」
ヤミは瞬きもせずにリタを見つめている。リタはまた目を細め、その視線を真正面から受け止め続けている。女傑同士の睨み合いを、俺とベスはハラハラしながら見守った。
「うん」
リタはゆっくりと立ち上がると、俺たちのすぐ目の前までやってきた。
「王都は今大変なことになっているという情報が、先ほどバルーサから入った。魔神の攻撃に晒されているのだとか。うちの白鷲騎士団からも四名の魔法術師を派遣したところだ。マリアという魔法術師からの伝言も預かっている」
「なんと?」
ヤミが促すと、リタは後ろで手を組んで俺たちに背を向けた。
「ゲドルタの破壊を急げ――とね」
まただ。この人は最初から何もかもお見通しだったんだ。俺は喉がカラカラに乾いていることに気が付いた。
「ゲドルタを壊せば喫緊の危機は去る。しかし、文明は逆戻りする。ならば、この危機の原因を断つのはどうか。二十年前、爆炎の魔女と戦って幽閉されたジムレグ。そのジムレグが古城牢を抜け出したという情報はとっくに掴んでいる。奴こそが原因なのではないかと私は考えるのだが? 君たちもヴァレスの要請を受けてジムレグの手下であるハルベーデラを討ち、脱獄の主犯クラッドノウトを殲滅し、リクシェスを討ったりしていた。直近ではジルフィムか」
「……どこまで知っているんですか」
思わず俺が口を挟んだ。リタは右目を瞑ってニッと笑みを見せた。
「情報は金だよ、少年。街道整備もただの慈善事業ではないということさ。王国中に私の耳目があるということだな」
恐ろしい人だと俺はベスの手を握る。ベスも握り返してくる。
「少年少女の恋愛は見ていて楽しくなるな。私にはかつて三人の夫がいたが、もう全員あの世だ。大事にすることだな、お互いに」
「はい」
俺とベスの声が重なった。それを聞いて、リタが声を上げて笑った。
「よいよい。わかった。しかし、ゲドルタの破壊を簡単に認めるわけには行かない。まずはできることをやってもらおう」
「しかし、時間が」
ベスが言おうとしたが、リタに目で制される。
「時間は投資だ。急がば回れとも言う。ジムレグを討て。それができてなお、世界……違った、女王陛下の危機が続くようであれば、私もそこに一口乗らせてもらう。私とてジェミニア女王陛下の友だ。この状況を好ましいとは思ってはいない」
「承知した」
ヤミが二つ返事で受ける。
「アタシたちがジムレグを討つ。そしたらファイヴァルレド捜索の手伝いと、ゲドルタ破壊に力を貸してもらう」
「報酬は?」
「世界の平和」
ヤミが強気の笑みを見せる。リタも同じくらい力のある微笑を浮かべた。
「戦争に満ちれば、戦争ビジネスが生まれる。私にとってはその方が良い気がするんだが」
「そんなことをしたいなら――」
ヤミが腕を組む。
「ハーワール帝国やベルヌード大帝国と戦争をすりゃいい。自国内で争っているより、王国を平和にして、その上で侵攻する方がよほど理に適っている。元オロヴェディア辺境伯領を取り返すなら大義も立つ」
「さすが、解願師。大局が見えているな。その通りだ。私のビジネスモデルは王国が健全でこそ機能する」
「それなら利害は一致しているとみていいね、ジムレグ討伐の結果が出るまでは、とりあえず、ね」
「その見解に相違はない」
リタは机に腰掛け、足を組んで俺たちを見下ろした。




