20-04. 陰謀のダイアログ
順番が入れ替わってしまったな、と、俺たちに与えられた一室でヤミが呟く。ヤミはブーツを脱いで素足でベッドに胡坐をかいていた。
「ファイヴァルレドを先に手に入れてから、ジムレグをおびき出すつもりだったんだけど」
「でも先生、ジムレグもファイヴァルレドの在処についてはそろそろ見当を付けそうですが」
「それなんだ」
ヤミは白髪を掻きまわしてから、ベッドサイドの椅子に座っている俺を見た。ベスは俺の右斜め前、ベスのベッドに腰掛けている。俺のベッドはその向こうだ。
「ヴィレオリアのおっさんの所だって、何らかの脅威に晒されているはず。ジムレグが本気になれば、おっさんの黒狼城だって長くはもたない」
なのに、ヴィレオリア領の都市部が襲われたという話も聞かない。
「まさか、ヴィレオリア公とジムレグが手を組んでいる、とか!」
ベスが腰を浮かせながら言った。可能性はある――俺は腕を組んで考える。
「最悪の可能性として、そうだとしたら――」
「次に狙われるのは、ベス、あんただ」
ヤミが俺の言葉を継いだ。
俺は唾を飲みこんで、ベスを見る。ベスは青い顔をして俯いている。
「レア」
「はい、先生」
「そろそろ先生呼びやめな」
「え?」
「あんたはもうとっくに自立できている。ベス、あんたもだ。もう立派な大人だからね」
唐突な親離れ命令に俺たちは顔を見合わせる。
「これからはアタシたちは対等だ。自分で考えて、自分で動け」
「わ、わかりました」
ベスが言った。
「それなら一つ提案があります、師……じゃなくて、ヤミ」
「言ってみな」
「私を囮にするんです」
「囮だって?」
そんなのは最終手段だと言おうとした。が、ベスがその人差し指を俺の唇に押し当てる。
「ここに時間をかけるのは違うと思う。大丈夫、私がいなければゲドルタへの扉は開かない。あなたの小鍵も必要だしね。だから、最悪の事態が生じても、私は死なない。ジムレグは何としても生かしておこうとするはずよ」
一理ある。しかし、「はいそうですか」と承服するのは感情的に難しかった。
「大丈夫だよ、レア」
「どうしてそう言える」
「私は、一人じゃない」
――あなたがいる。
俺を見つめ、唇の動きだけで、ベスはそう言った。
瞬間、俺の意識は温度を上げた。熱いものが胸を満たした。
「私だって戦えるんだし、危険なんていまさらだし。レアもヤミもいてくれるし、リタだって」
釈然としない自分がいるが、一方で冷静に作戦を考える自分もいた。
「どうやってジムレグに隙を見せるか、か」
「こっちの焦りを見せてやればいい。そうなればジムレグも焦らざるを得ない」
焦り? ――ヤミの言葉に俺は首を傾げる。
「幸い、状況はアタシたちに味方している。ジルフィムの人工魔神や天然物の魔神たちが王都を襲っている。状況は危機的だ。アタシたちが焦って短気を起こしたっておかしなことはない」
「……というと?」
俺の問いかけに、ヤミが鋭い視線を飛ばしてくる。
「ヴィレオリア公暗殺を目論む」
「暗殺、ですか」
「アタシは解願師であるのと同時に、魔法術師――いわばゲドルタ使いだよ。アタシが魔法術を行使すれば、ゲドルタを監視しているだろうジムレグは必ず変化に気付く。いや、気付くように魔力を流し込む」
「慌てたジムレグはベスを確保しに動かざるを得なくなる」
「でも、本体が出てくるかな……?」
ベスの懸念はもっともだ。部下なり下僕なりに回収させればいい話のように思える。
「出てこなければ、黒狼城へ出向くまでだ。どのみち出向かなければならないし」
真冬の行軍がどれほど険しいものになるのか想像もつかないが、仕方ない。
「それでは、いつやりますか、ヤミ」
俺が問うと、ヤミは「明日、バルーサの霊話石を使う」と明快に答えた。
「リタに話を通しておいてくれ、レア」
「わかりました」
俺は立ち上がるとさっそく部屋から出た。
ドアを閉めた、まさに、その瞬間だ。
立ち眩みを覚えた直後、俺は見知らぬ場所にいた。
ほとんど真っ暗な部屋の中に、老人がいた。もはや確認するまでもない。ジムレグだ。ぽっかりと開いた眼窩の内側は、周囲の闇よりもさらに暗い。
そしてその真向かいに座っているのは……誰だ? 年齢不詳の女性だ。二十代と言えばそう見えたし、四十代の貫禄があると言われればそうとも見えた。長い白髪を複雑に結い上げ、その目は凍て付いた海のようだ。およそ人間らしい温かみの感じられないその容貌には既視感があった。
……爆炎の魔女、テスタロサ……。
間違いない。彼女はあまりにもヤミに似過ぎていた。
赤黒いドレスを身に纏った彼女は右手の平の上に青い輝きを浮かべていた。それはまるで霊話石のような輝きを放っていた。
「あの娘さえ手に入れば、全ての鍵は揃いますな」
ジムレグが低い声で言う。テスタロサは表情を変えない。
「ファイヴァルレドは?」
「ご心配なく。彼女らの手の届くところにはありませぬゆえ」
「どうかな」
テスタロサは鋭利な微笑を見せた。しかしそこにもやはり人間らしさはない。これが爆炎の魔女か。
「あの子たちはヴィレオリアの暗殺を企んでいるようだが」
テスタロサは右手の輝きを眺めながら、つまらなさそうに言った。ジムレグは頷く。
「六華城、でしたかな」
「ああ、そこだ。で、どうする?」
「娘さんを殺しても構いませんな?」
「殺せるものならな」
そのやり取りの中に、母親としての情のようなものは微塵も感じられない。
「ザルメラは勢いがありすぎる。このあたりで退場を願ってもよいでしょう。いずれ滅ぶ運命ですからの」
「好きにしろ」
テスタロサの考えていることがまるで読めない。
そもそも彼女がなぜ今、ジムレグと共にいる。
二十年前の戦いが茶番だったとして、その本当の目的はいったい何だ。
ジムレグはゲドルタを手中に収めようとし、大魔導たちはその身の完全復活とゲドルタの掌握を計画し、キケレアーナや俺たちはゲドルタの破壊を試みようとしている。じゃぁ、テスタロサは?
解願の核――テスタロサ。
以前見た夢を思い出す。世界を初期化する力を持つ者、だったか。
いや、違う。テスタロサは二十年前、その姿を消す時に、その力の全てをヤミに送り込んだのではなかったか。
だとすると今ここにいるテスタロサは、何を考えている。何を目的にしている。
その時、テスタロサと目が合った。テスタロサは右手の人差し指を俺に向ける。その青い輝きが集束されていく。
俺は身動きができなかった。
その光が放たれる直前――。
俺は夢から脱出した。




