20-05. 二十年前の真実
あの後、俺はリタに話を通し、ヤミとベスに夢の内容を話して聞かせた。
「目論見通りに行きそう、ということだ」
ヤミはそう言って毛布にくるまって丸くなった。そこでベスが俺を呼んだ。
「レア、ちょっと話していい?」
「うん」
椅子から立ち上がりかけた俺はまた固い椅子に戻る。
「こっち」
ベスは自分の隣を叩く。俺は一瞬迷ったが、やがてベッドに並んで腰かけた。
「私、何が来ても怖くないから」
「無理するなよ」
「無理してるように見えちゃうかな」
寂しげに笑うベスに、俺は何も言えない。
「無理してたとしても、私、何も後悔しないから」
「危険な目にあわせてしまうけど」
「みんな一緒でしょ。私だけ安全圏で高みの見物なんて、それこそ耐えられないわ」
「うん」
ベスの頭が俺の右肩に乗った。
「好きだよ、レア」
その言葉に、胸が詰まる。頭の中で意味の分からない言葉がぐるぐると回り始めて、言葉が出ない。
「あなたが私を好きかどうか、それはちゃんと伝えて欲しい。でも今じゃなくていい」
少し不安げな声だ。
「明日には全部終わっちゃうかもしれない。そう思ったらね、言わずにいられなかった」
「もしそうなると決まっていたとしても、それよりも未来を想像しちゃいけないなんてことはないよ」
燭台の灯りがふわふわと揺れる。
「俺は死なない。君も死なない。ヤミも死なない。ゲドルタを壊したら、その時にきちんと伝えるよ」
「気を持たせるんだから」
ベスはそう言って俺の胸を軽く叩いた。
「二人ともぉ」
突如ヤミの声が聞こえてきて、俺たちは揃って跳び上がった。
「まだ一緒に寝るには早いからな」
「ね、寝ませんよ、ヤミ!」
ベスが顔を赤くして言った。
「それならよし。さっさと寝なよ。明日は早いし、長い一日になるかもしれない」
ヤミの言う通りだった。俺はベスを抱き締めてから立ち上がり、自分のベッドに向かった。
毛布にくるまると、すぐに俺は眠りに落ちた。
俺たちは巨大な山の山頂付近に立っていた。俺の隣にいるのは、異常な長身の一つ目の――キケレアーナだ。彼女は右手を山の中腹に向けている。その指を追うと、そこには二人の人間がいた。幾分若くまだ眼球のあるジムレグと……テスタロサだ。
とすると、これは二十年前の出来事か。
「今からあなたにこの二十年前の真実をお伝えします」
キケレアーナが厳かにそう言った。
「この山は霊峰ダルフシュペント。魔導大戦の時に生まれた、ジェイルムド山脈最古の山。その特性上、甚大な魔力を放出し続ける、魔の山」
「そして、二人の魔力の衝突の影響で、魔物が自然発生さえするようになったという……?」
「そうです。魔界とのゲートが開いたままになってしまった場所です」
「それってつまり」
眼下の激烈な衝突を見ながら、俺はキケレアーナと会話を続ける。
「ゲドルタへと至る道……大魔導たちが表門にいるとするならば、テスタロサたちはいわば裏口を作った。あの二人はもうゲドルタ本体に肉薄しているのです」
「その膨大な魔力を意のままに使うため?」
「ジムレグは、そうでしょう」
ジムレグは――。
「テスタロサの狙いは何なんですか?」
その時、ひときわ大きな爆発が起きる。山の形が目に見えて変わっていく。最強格の魔法術師同士の戦いは、これほどのものなのかと俺は総毛立つ。
「テスタロサがヤミに全ての力を与えたというのは……」
「一部正しく、一部誤りです」
キケレアーナは訥々と答える。
「テスタロサは、その解願の力を全てヤミに与えました。本物の解願師の力を、です」
「解願の核……」
「見たのですか、夢を」
「ええ」
俺は頷く。
「世界を初期化する力だと」
「そう。テスタロサ自身がその力の行使を見届けるために、彼女はまだ幼い娘、ヤミにその力を託しました。テスタロサ自身の魔力はまだ彼女の内にあります」
この恐ろしいほどの力が、まだテスタロサの中に残っているというのか……。
「とすると、テスタロサは世界を初期化……千年よりももっと昔に?」
「人類発祥の時点まで世界を巻き戻すということです」
「そんな無茶苦茶だ!」
「テスタロサはもはや人ではありません。彼女はもはや、神なのです。私が人を捨てたのと同じように」
キケレアーナは俺の手を取り、ふわりと浮かび上がる。氷のように冷たい手に、全身が震える。
そして俺たちは二人の間に浮かんだ。
「ジムレグ、お前に世界の半分をくれてやろう。ゲドルタを意のままに操り、大魔導さえ支配下に置くがいい」
「はは、ならばあなたは何を望む。あなたにメリットはなさそうな話だが」
「お前と私で世界を混沌に導く。魔導大戦以上に秩序なき世界を創る」
テスタロサは無感情にそう言った。とんでもないことを言っているのに、ほとんど棒読みに聞こえるその言葉が現実感を与えてくれない。
「混沌をもたらし、その結果あなたは何を得る」
「魔導大戦。人の営みを今一度正しき道に戻すには、かの大戦を再現するほかにない」
「おやおや、それでは私にかつての大魔導の代わりをやれと」
「……そういうことだ」
テスタロサの背後に巨大な輝く円形が出現する。そこから無数の光が伸び、ジムレグを撃った。
「……くっ!?」
「お前に選択権はない。お前が死んでも私は別に困らない。だが、私はいい条件を提示しているはずだ」
「……いいでしょう。ただし」
ジムレグの周囲に闇色の氷柱のような物が出現する。
「私を屈服させてから言ってもらいましょう」
二人の魔力が激突する。
「こうしてジムレグは魔力を使い果たして拘留され、テスタロサは消えました。大深淵の封印を破壊して。世界は間違いなく混沌化への第一歩を踏み出しました」
キケレアーナは淡々とそう告げ、俺の左肩に手を置いた。
「そして……テスタロサが望むのは魔導大戦ではありません。世界の初期化です。全てをなかったことにする、それが彼女の望みです」
「なぜそんなことを」
「本能です」
本能?
「解願の核の持つ本能。全ての願いを解き、全ての記憶を初期化する。魔力の、そして、ゲドルタのない世界を創り出すこと。人類を魔力の支配から解き放つこと。それが解願師の本当の役割なのです」
「そんな……。それじゃ、ヤミは」
「彼女もまた例外ではないでしょう。気を付けることです」
「そんな!」
キケレアーナの一つ目が俺を睥睨している。俺は身が竦んでいる。
「あなたがどんな選択をしてもかまいません。私の役割は終わりつつあります」
「キケレアーナ、それはどういう?」
「言葉通り。私もまた、永遠ではないということです。人を捨ててさえ、ね」
キケレアーナ……。
ジムレグとの決戦前夜。
俺はほとんど眠った気がしなかった。




