20-06. ジムレグの襲来
翌日早朝、俺たちは城下にある呪術師組合に出向いていた。リタも白鷲騎士団の魔法術師二名を連れてついてきた。
――俺は昨夜見た夢の内容については、ヤミにもベスにも話さなかった。
「おじさんには悪いけど」
人ほどの大きさのある霊話石にぽんぽんと触れながら、ヤミは言う。
「いくよ」
ヤミは目を閉じる。青白い輝きがヤミを幻想的に照らし出す。
すごい量の魔力がヤミから流れ出ていた。今までどれほど蓄積していたのかというほどの、凄まじい量に、俺の腰のゲミトルードが震えている。
魔力が霊話石に吸い込まれていくのが見える。
「私にも見えるよ……ッ!?」
「魔力が見えるって?」
「うん。ぶわーってヤミから噴き出した魔力が、ガーって霊話石に吸い込まれていく」
本当に見えているらしい。
そこでリタが俺の肩をつついた。
「ヴィレオリア公には影響出ないんだろうな」
「そのはずです」
「これで何かあったら私の首が飛ぶからな」
リタはやや疑心暗鬼になっていた。俺だって確信なんて持っていない。
魔力の、そして、ゲドルタのない世界を創り出すこと。人類を魔力の支配から解き放つこと。それが解願師の本当の役割――。
キケレアーナの言葉だ。はっきりと思い出せる。
だとしたら多少強硬な手段を取ったっておかしくはない。
「……気付かれた」
ヤミは霊話石から手を離した。
「ジムレグに探知された。予定通りだけど、ここからどう出てくるかまではわからない」
ヤミが言い終えた、まさにその瞬間だ。
俺たちは全員が転倒するほどの衝撃に飲まれた。
「ってぇ……」
強かに尻もちをついた俺は、うつぶせに倒れているベスを慌てて助け起こす。
「ありがと、だいじょうぶ。地震だと思って」
俺たちは片膝立ちの姿勢になって周囲を見回した。とりあえず重篤な怪我人はいないようだった。だが、不気味な振動は続いている。
そこにバルーサの職員が駆けこんでくる。
「外が、空が、大変なことに!」
真っ先に動いたのはリタだった。部下を連れて霊話石の部屋を出て行く。俺もベスを連れて続く。ヤミは最後尾を歩いている。
「なんて空!」
バルーサから出るなり、ベスが悲鳴を上げる。
世界中の暗雲が集まりでもしたかのように、空は黒く渦を巻き、赤い稲妻が奔っているのが見て取れた。そしてそれが一定間隔で収縮し、その度に地上に衝撃波が伝わってきている。
「化け物か」
リタが白鷲騎士団の二人に臨戦態勢を命じ、二人はすぐに姿を消した。
六華の城下町は一瞬にして混乱状態に陥った。無理もない。空の渦から、数えるのも嫌になるほどの飛竜が姿を現したからだ。それらは次々と火球を吐き出し、地上の建物を焼き払う。
「これほどとはな」
リタが舌打ちする。
集まってきた兵士たちに、「住民の避難を最優先。都市は一時放棄しても構わん」と潔く命じた。
「なに、人がいれば町はちゃんと再生する」
リタはそう言って剣を抜いた。ベスが半ば呆然とした表情で呟いた。
「でもこんなきれいな都市……」
「作ってくれたのは民だ。私じゃない。だからこそ、民には生きてもらわなければならない。それ以上に大切なことはない」
そう語るリタの表情には一片の迷いも見られない。ベスがラグリスを持ち直しながら言う。
「あなたも大切です。あなたがいなければ都市は蘇りません」
「それはそう」
リタは笑う。こんな状況でも笑える――まさに女傑と呼ぶに相応しいと俺は思った。
「しかし、今の主役は君たちだ。うまくやれ。ジムレグを討ち取れるのなら、何が起きても構わん」
「ありがとうございます」
言いながら、うるさく飛び回る飛竜たちを目で追う。飛竜は無差別に攻撃を仕掛けているだけで、特に俺たちを狙っているわけじゃない。真打は別にいる。
ジムレグがどう出てくるか。
屍霊術師……。
――そうか、そういうことか!
奴は自らの眷属をこの無差別攻撃で作り上げるつもりだ。下手すれば数千規模の屍が生まれるこの襲撃の中で、ジムレグはそれらを眷属にしようとしている。
俺はその可能性をリタに告げる。
「なるほど、非道な輩の考えそうなことだ」
リタは眉間に皺を寄せ、顎に手をやって俯いたが、やがてニッと口角を上げた。
「ならばますます、我が民に死なれるわけにはいかんな」
ガシュリナ!
リタが叫ぶ。
「ガシュリナ、ここに」
白鷲騎士団の衣装を纏った女性が、リタの目の前に片膝を付く。
「リナ、住民避難に当たっている白鷲も総動員し、まずは飛竜を残らず叩き落せ」
「承知!」
立ち上がることもなく姿を消すガシュリナと呼ばれた女性。顔はよく見えなかったが、多分ヤミより少し年上くらいだろうという印象だった。
たちまち、空は飛竜迎撃の炎に包まれる。飛竜も火炎を噴いて応戦してくるが、白鷲の魔法術師や弓兵部隊は優秀だった。何十といた飛竜は確実に数を減らしていく。地上に落ちた飛竜たちは槍兵部隊に串刺しにされた。
「すごい。まるで飛竜と戦ったことがあるみたい!」
乗ってきた馬で城へ移動する途上で見かけたそれらの光景に、ベスが感嘆の声を上げる。戦とは無縁に思えるこの六華の都の兵士たちがこれほどの練度とは、正直予想外だった。
凍て付いていた朝の空気は、今や熱風にまみれていた。あちこちで家が燃えていた。死者も大勢出ている。救えない命もある。だが俺らはジムレグの次手に備えるために城に急ぐ。
「ありとあらゆる危険に備えるために、私は兵士専業の大部隊を組織した。普段は穀潰しだのなんだのと言われているが、だからこそ、こういう時に力を発揮してくれる」
「それを維持するためにも街道事業を主導したんですね」
俺が言うと並走するリタは頷いた。
「金が入って来なければやりたいことはやれん。何にしても先立つものが必要なんだよ、レア」
「世知辛いですね」
「信用できるものがあるだけマシさ」
リタは颯爽と馬を走らせていく。
「空!」
ベスが俺の隣に並んで上を指差した。空は先ほどよりももっと暗くなり、辺りはすっかり夜だ。火災の炎がなければ道も見えないだろう。
その空に、巨大な二つの目が浮かんでいた。
「なんて気色の悪い……」
俺が呟くと、それは目を細めた。
まるで笑ったかのように。
「リタ、ヤミ!」
俺たちが呼びかけると、二人は馬を止めた。そして空を振り仰ぎ、しばし無表情に硬直する。
「あれがジムレグか」
「アタシの知ってる姿とはだいぶ違うけどね」
だけど間違いない――ヤミは刀の柄に手を乗せて呟く。
「奴は必ず地上に下りてくる。そこを仕留めるよ、レア、ベス」
「了解!」
俺たちが相次いで応答すると、リタはわざとらしく肩を竦めた。
「正直、ジムレグがこんな化け物だとは思わなかった。そしてあんなものに挑める君たちのそれは、無謀というのか勇気というのか、私にはわからない」
だがね――リタの灰青色の目がギラリと光る。
「私の六華の都をここまでやってくれた落とし前、どうやってつけさせてやろうかと、私は今、真剣に考えている」
リタは静かに激怒していた。




