18-06. ヴィレオリア公爵
兵士に案内されて歩いていると、中庭にカラスの死骸を見つけてしまった。
これから大事な謁見があるというのに、なんて不吉なものを見てしまったんだと俺は首を振る。
「どうしたの?」
「カラスが死んでる」
俺が指差すと、ベスが思い切りイヤそうな顔をした。ヤミもそれを見たようだ。少し難しい顔をしている。
「レア、あんた予知夢見てないよね」
「記憶にはないです」
「うん」
ヤミはまた頷いて、再び歩き始める。俺たちも速足で付いて行く。
武器を預けさせられて通された場所は、昨夜と同じ部屋だった。部屋の入り口にはマリアが、奥にはヴァレスが直立不動で立っていた。また、マリアの隣には緑のマントを羽織った初老の人物が立っていた。また、剣を持った近侍が部屋の奥の方に控えていた。
すでにジェミニア女王が着席しており、その向かいにはグリード局長と同じくらいの年齢の男性が座っていた。お爺ちゃんと孫くらいの年齢差は最低でもあるだろう。この人物がヴィレオリア公爵であることに間違いない。高齢であるにも関わらず、その明茶色の髪は量も艶もあり、少し太っていて柔和に見える表情の奥にある赤茶色の瞳は鋭く輝いている。この人物が単なる好々爺ではないということはすぐにわかった。
そして身なりがまず今まで見てきたどんな人物とも違った。
俺が見てもすぐにわかる上質な布地で作られた、緑色のノースリーブの外衣を優雅に身に着け、その下には見たことのない艶を持った純白の上衣を着用していた。しかもその前面についている丸いものはボタンというものだっただろうか。一方、長靴下はというと、一般的な貴族がつけるような布製のものではなく、明らかに堅牢な革製のものだった。その装飾一つを見ても、ヴィレオリア公爵がどれほどの財をなしているのかが一目でわかる。
「ボタン付きの絹の上衣だよ、あれ」
扉の所に突っ立ったまま、ベスが囁く。ボタンも絹も聞いたことはある程度のものだが、それだけに価値が高いことはわかる。
「ヤミ姉さま、みなさん、どうぞお入りください」
ジェミニアが座ったまま俺たちに声をかけた。女王は今日も白い軍服姿だ。
「おお、ヤミ! 大きくなったな!」
「あれから背は伸びてないんだよねぇ、おじ様」
ヤミはそう言って、ヴィレオリアの隣に腰を下ろした。遠慮というものがない。
「あなたたちはこちらに」
「え、しかし」
女王の両隣を示され、俺とベスは挙動不審になる。
「姉さまが信頼している人を、私が信頼できない理由がありますか?」
畏れ多さが先に立って、どうにも足が動かない。しかしベスはスタスタとジェミニアに近付くとその右側に座ってしまった。俺も何とか足を動かして、左側に腰を下ろす。ヤミと真向かいの位置だ。
「ヤミとの縁は五年前、いや、六年になるのかな」
「だいたいそんなもんだねぇ」
「その物怖じしないところが、儂には新鮮でな! 命の恩人ということもあるが、それ以上に優秀な魔法術師として、儂は認めておるのだ」
「解願師、だよ、おじ様」
「そうそう、解願師」
思っていたより気さくな感じではあるが、俺はヴィレオリアの目が一つも笑っていないことに気付いていた。これが大貴族特有の気配なのだろうか。なにしろ、数多くの地方貴族を束ね、貿易や防衛産業に力を入れた結果、財力そのものでは王家にも匹敵するのだ。武力に至っては王家を凌ぐとすら言われている。
「おい、あれを持ってきてくれ」
ヴィレオリアが背後にいる従者に伝えた。従者はすぐに部屋の片隅に置かれていた荷物から、立派な刀を一振り持ってきた。
「お前と会えると聞いて、急遽持ってこさせたものだ」
「また刀かい?」
「そう言うな」
ヴィレオリアはそう言うとその刀をヤミに手渡した。
「ハーワール帝国の遥か東にある小さな国で作られた刀だ。銘は緋雨」
「さすがにここで抜いてみるわけにはいかないから、何とも言えないけど」
ヤミの辞書にも自重という言葉が存在していたようだ。
「破月よりも軽いのは間違いないね。……おじ様、まさか」
「はっはっは!」
ヴィレオリアが笑う。
「緋雨は幾百人の血を吸ってきた呪いの刀よ。恐ろしく強い念が宿っておると、そこのガティアスも言っておる」
ガティアスというのはマリアと並んで立っている男のことか。魔法術師らしい。
「とんだ呪具じゃないか。アタシにこんなものを持たせて、万が一おじ様やジェミニアをどうこうしようなんてしたら、止められないよ?」
「お前はそんなことはせんよ」
「ジェミニアにはしないけど、おじ様には義理がない」
「儂はこの目で見たものを信じてきた。その結果、今生きている。儂の判断は常に正しかったということだ」
ヴィレオリアは油断なくヤミを見ている。
「目下、儂らの共通の脅威はジムレグだ。テスタロサの件も聞いたが、それは出たとこ勝負になるだろう」
「しかし、ヴィレオリア公爵」
ジェミニアが切られたリンゴを手に取って口に入れた。
「うん、何ですかな女王陛下」
「先ほどお伝えした通り、先々代の王室魔法術師長キケレアーナの存在も確認されています。そもそもジムレグとテスタロサが戦ったことにより、王国は不安定になっていっています。まして、人工魔神などというものを作る不届きな輩まで現れる始末」
「うむ、その話は聞いておる」
ヴィレオリアは食事には手を付けず、腕を組んだ。
「ジルフィム・ヒューケイア、か」
「ご存知なのですか?」
思わず俺が尋ねると、ヴィレオリアははっきりと頷いた。場の空気がガラリと変わる。
「あれは三年前。ちょうど前国王夫妻が暗殺された直後の話だ」
ヴィレオリアはその赤茶の目で俺たちを見回した。
「あの若造が儂のところへやってきてな。今なら王国を掌握させてやるから、ゲミトルードをどうにかして手に入れ、自分を正統なヒューケイアの直系だと認めろ――簡単に言うならそういう要求をしてきたのだよ」
俺は唾を飲む。
「王国の実権に興味なぞない。王国を守ることこそが我が大義。ヒューケイアの直系かどうかなどに拘るのは笑止千万。そう言ってやったわ」
「それでおとなしく引き下がったんですか?」
ベスが俺の代わりに訊いてくれた。ヴィレオリアは頷く。
「儂の配下の貴族たちにも声をかけて回ったらしい。だが、儂らは誰も耳を貸さんかった」
話はこれでは終わらない。俺は強く奥歯を噛みしめる。ガタガタと音が鳴ってしまいそうだったからだ。
「一人、また一人と、貴族が死んだ。皆不自然な死だった。それが呪殺の結果だと、儂はすぐに理解した。かつて自分がされかけていたからな。しかし、儂らには何らの対策も立てられなかった。ジルフィムの行方が分からない以上、一方的にやられるだけだ。今回こうしてやってきたのは、王室魔法術師の助力も願えまいかという相談のためなのだよ」
「そして私たちは罠を仕掛けました」
ジェミニアが薄く笑みを浮かべた。
部屋の壁が光り輝く――魔法術による結界だ。
「!?」
俺とベス、そしてヤミは椅子を蹴って立ち上がる。ヴィレオリアは優雅に葡萄酒を飲んでいる。ジェミニアはゆっくりと立ち上がると、近侍から長剣を受け取った。
まるで次に何が起こるのか、知っているかのように。




