18-05. 再び王城へと
グリードに事の顛末を話した俺たちには、即座に調査協力金として王国金貨五十枚が支払われた。しかしそれには付帯条件があった。屍霊術師・ジムレグの討伐である。これで俺たちは公式にジムレグとやり合わなければならなくなった。
「って言っても、元々やる気だったわけだし」
教会の敷地を歩きながら、ヤミはのんびりと言った。異端審問官たちがぶしつけな視線を投げかけてくるのを愉しむかのように。
「軍資金もたっぷりさ。アタシも刀を新調しようと思っていたところだし、ちょうどいいね」
「師匠、なんかテンション高くないです?」
「そうかい?」
ベスのツッコミにヤミはけらけらと笑った。こんな笑い方をするヤミを見たことがない。俺にはちょっとした衝撃だった。ベスが俺に近寄ってきて囁く。
「きっとグリード局長と話してた時、結構緊張してたんだと思う」
「先生が緊張?」
「そりゃするわよ。だって、局長めっちゃ威圧感あったじゃない」
「でも、先生に怖いものなんてないような」
「あるぞ」
不意に振り返ったヤミが、ずずいと顔を寄せてくる。
「まさにさっきの爺さんだ。アタシが泣かされたのは、後にも先にもあの爺さんだけだ」
「追放の時、ですか?」
ベスが遠慮なく尋ねると、ヤミは眉根を寄せて顎に手をやった。
「アタシもまだあんたたちくらいだった。妹から引き離され、霊話石での会話の機会さえ奪われ、遠目に姿を見ることすら禁じられた。途方に暮れたね、正直。さすがに泣いた。その上、あの爺さんときたら、アタシに何の説明もしてくれなかった。訳が分からぬままにバルーサからも王都からも追放ときたもんだ」
「そりゃ、泣きますよね……」
俺とベスの声が揃った。そこでベスがまた空気を読まずに言った。
「あ、でも、昨晩泣いてましたよね」
「な、泣いてないし」
思い当たるところがあったのか、ヤミは慌てて手を振った。そしてまたくるりと前を向いて歩き出す。
「ところで先生。ヴィレオリア公爵とは面識があったりしますか?」
「あるよ」
マジか。即答かよ。
「ベスと出会う二ヶ月くらい前だったかねぇ。公爵の命を助けたことがあった」
「命を……」
「公爵もいろんな輩に命を狙われていてね。で、たまたま別の仕事で仕留めた外道師が、公爵に長期間に渡って強力な呪を飛ばしていた」
黒疫のザロード――だったかねぇ、と、ヤミは大した思い入れもなさそうに呟く。俺もベスもその名を覚えていなかったが、恐らくその筋の人々の間では有名だったのだろう。
「あと数日遅ければ、ヴィレオリア公爵は呪殺されていたという話。タイミングが良かったね」
「それも実力ですよ、師匠!」
ベスが目を輝かせている。
「でも、どうして今まで話してくれなかったんですか」
「このタイミングで話すのが一番アガるだろ?」
「ですが、公爵とお会いできる確率なんて」
「今確定しているんだから、過去を振り返ろうが確定率は百パーセントだってこと」
ベスも俺もなんだか丸め込まれたような気がするが、こうなったヤミに口で勝てるはずもない。
「それで、それで、師匠、ヴィレオリア公爵からはお礼に何を頂いたんですか」
「感謝の言葉と、王国金貨と、ええと、ああそう、この刀だ」
ヤミの刀はそこから来ていたのか、と、俺たちは驚いた。
「ヴィレオリア公爵は外国との貿易も盛んに行っているからね。こういうものが手に入るって事。これはハーワール帝国のさらに東にある国の品物らしい」
「本当に外国産ですか? 刀なら国内でも製造されてますけど」
「ヴィレオリア公爵が偽物を掴まされるとは思えないけどね」
ヤミは「使えれば何でもいいんだよ」とあっけらかんとした口調で言った。
「先生はその時から居合を?」
「いや、もっともっと昔から。魔法術師の訓練を受けてる時からだから、五歳か六歳の頃には刀を振ってた」
「道理で――」
強すぎるわけだと思った。居合歴二十年というわけなのだから。
「魔法術師ってみんな武器を使えるんですね」
ペルミナは斧や大剣、マリアは大鎌、ヴァレスはおそらく剣、ヤミは刀だ。得意武器は違うが、全員が達人級であることは間違いない。
「若いうちは身体能力を駆使しないと、魔法術に振り回されてしまうことがあるからねぇ。呪法よりもよほど強力な力だから、ね」
「そうなんですね」
ベスが頷く。そうこうしているうちに王城への橋が見えてくる。ずっと先を大型の馬車と十名ばかりの騎士隊が進んでいた。もしかするとヴィレオリア公爵かもしれない。もちろん徒歩の俺たちがそれに追い付けるはずもない。
「最精鋭の騎士様たちか」
「わかるんですか?」
俺は首を傾げる。
「緑のマントを着けてるだろ? 緑はヴィレオリア公爵の親衛隊だけなのさ。大方大勢のお供はそこらの宿で待機しているんだろう」
「護衛が少なすぎるとは思いました」
「遥か西からやってきているんだ。お供は何百人にもなるだろうね」
なるほどなぁ。それにしてもヤミは博識だ。
「あの中にも魔法術師の一人や二人、いるはずさ」
「ということは?」
ベスが少し歩調を緩めた。ヤミが振り返る。
「ヴァレスたちが緊張しているってこと」
「一戦する確率もあるってことですか、万が一の際には」
「まぁ、あの爺さんじゃ、そんなことはないと思うけど、ちょっとね」
その、ちょっと、が気になる。
「あとは、会ってみてのお楽しみだねぇ」
「なんか不吉な予感しかしないんですけど」
ベスがもっともなことを言った。ヤミは半分振り返って俺を指差す。
「レアが変な予知夢を見てないってことは、大丈夫ってことさ」
「いや、あれは急に見ることもあるので」
「ま、その時はその時さ。レアに責任取ってもらおう」
「なんで!?」
ヤミの変なテンションに翻弄される俺たちである。
そんなじゃれ合いを経て、気付けば俺たちは橋を渡り、王城を前にしていた。
それでも俺たちは、ヴィレオリア公爵との謁見はつつがなく終わるものだと思っていた――。




