17-03. 蛇頭の騎士
ゲミトルードの一撃は、リクシェスの掲げた左腕で止められた。何かの力場が強力な盾として機能している。この盾も魔力で構成されているだろうに、ゲミトルードでも斬れないか!?
「うおおおおおおおお!」
持てる力の全てを剣に込めるが、押し切ることができない。
「たぁっ!」
背後に回ったベスが、リクシェスの背を突いた。が、今度も不可視の何かに阻まれて弾き返されてしまう。
「なんなのよ、こいつ」
尻もちをついたベスが悪態をつく。
俺とリクシェスは未だに押し合いを続けている。
「この外道! 何百人死んだ!」
『知ったことか。無能が何万人死のうがどうということはないわ』
無能だと?
「彼らの平和な暮らしを一方的に蹂躙しておいて! 踏みつけられたら無能なのか!」
『無能でなければみすみす踏まれはせん! 殺されるのは能無しだからだ!』
「虎の威を借りた狐の分際で!」
ジルフィムやジムレグがいてこその強気だ。女子供という弱者ばかりを狙ってきたリクシェスに、弱者がどうのなんて言われたくはない。
「やられた方が悪い、力がないのが悪い。そういうのなら、俺がお前に被害者の気持ちを体験させてやる!」
『やってみろ、盗人のヒューケイア!』
「誰が盗人だ!」
ゲミトルードを振り戻し、再度叩きつける。リクシェスは寸でのところで身を躱したが、その足をベスが槍で払う。足払いは回避されてしまったが、確かに隙が生まれた。
ゲミトルードを振りかぶり、リクシェスの頭部に向かって打ち下ろす。もちろんそれは左手で止められる。だが、そこは織り込み済みだ。剣を右に大きく振り戻すのと同時に、左足でリクシェスの右脇腹を蹴り飛ばした。
『ッ!?』
無様に地面に転がったリクシェスの腹に向けて、ベスが聖槍ラグリスで一瞬の迷いもなく一突きした。
『くっ!』
派手に血のようなものを噴き上げるリクシェス。
「弱者だからそうなる、違うか?」
そもそも俺は挑発された側だったが、今の俺は冷静だった。今はとにかくリクシェスを怒らせて、冷静さを奪わなければならない。
『この私を愚弄するとは』
リクシェスは腹を押さえて立ち上がる。服に付着した流血の痕跡が消えていく。
「それもあんたの論理で言うなら、愚弄される側に非がある。違うか」
『減らず口を叩く!』
少年の姿が一瞬にして黒化して崩れた。
その中から姿を現したのは、白銀の騎士だった。身の丈は俺の倍はあり、全身を完全重甲冑で固めている。そしてその頭部は、ジェドラングの時と同じような、蛇顔だった。弱点だろうが、どうやっても手が届かない。
「やれやれ、これでまともに戦えるようになったじゃないか」
ヤミが手をぱんぱんと叩きながら俺の隣まで歩いてくる。ずっと人々の意識を俺たちから逸らしていたのか。
人々は突如出現した化け物騎士に悲鳴を上げて逃げ惑っている。遠巻きに見ている者もいたが、別に支障はないだろう。どこに逃げても同じ――やられるかどうかは運次第だからだ。
三対一。しかし状況は不利。蛇騎士は長大な剣を両手で保持していた。掠りでもしたら肉片決定だ。
どう戦うのが正解だ……?
奴が真っ先に狙ってくるのは俺だ。俺はまた回避に徹し、二人が作ってくれた隙にゲミトルードを叩きこめばいいのか。だが、リクシェスがその程度で倒されてくれるだろうか。そもそもこいつが本体なのかどうかすら判然としていない。
「来るぞ、レア」
ベスとヤミが左右に散る。蛇騎士が剣を振りかぶるのと同時に、俺は前に出る。肉薄してしまえば大剣は使えない。
だが、その目論見はすぐに粉砕される。
蛇騎士が咆哮を上げ、その際に放たれた衝撃波で吹き飛ばされてしまったのだ。
「くっそ……!」
そこに大剣が落ちてくる。
衝撃波が地面を抉る。が、俺は痛みを感じなかった。
「大丈夫ですか、オルレアス様」
紫の唇が目に入る。次いで、オパールのように色の変わる輝く瞳が。
「確か……」
「マリアと申します、オルレアス様」
ヴァレスと一緒にいた魔法術師だ。ヴァレス、ペルミナと共に魔神ハプトと戦った。
マリアは右手一本で、蛇騎士の大剣を受け止めていた。魔力による枷でその動きを封じているのが見えた。
「あいにくペルミナは別件で出かけておりまして。異変を察知した私が文字通り飛んできた次第です」
落ち着いた声音を聞きながら俺は立ち上がる。
『その程度の魔力でこの私を止められるとでも!』
「正攻法は邪道ですよ、リクシェス」
マリアは右手で拘束していた大剣を解放すると、両手で何か複雑な印を結んだ。
どん、という轟音と共に、蛇騎士の胸に風穴があく。
『!?』
「女王陛下の民を殺戮した罪、万死に値します。この王室魔法術師マリアが、あなたを晦冥の奈落へとご案内致します」
マリアの手に大鎌が発生する。
「……と言いたいところですが、今回は援護に徹させていただきます。オルレアス様、よろしいですね?」
「十分です」
俺はゲミトルードを構えなおす。そしてベスを見た。ベスはすぐに俺の意図を察して頷いてくる。
「リクシェス、滅びろ!」
俺が突撃すると、蛇騎士はすぐに俺にターゲットを絞ってくる。真上から落ちてくる大剣を俺は避けない。
「ご利用ありがとうございます」
マリアのおどけた声が降ってくる。今の一撃はマリアが止めてくれた。
俺はそのまま、蛇騎士の右足にゲミトルードを一撃する。固い装甲に阻まれて弾かれるが、蛇騎士は一瞬バランスを失った。
ヤミが右から、ベスが左から、同時に動く。ここでリクシェスが警戒するのはヤミだ。
だが、真打はベス!
俺はゲミトルードを投げ捨てると、両手を組み合わせてベスの足場を作った。ベスは躊躇せずに俺の手のひらの上に跳び乗る。靴底が激しく食い込んだが、ここは我慢だ。
撓めた身体を一気に解放して、俺はベスを投げ上げる。タイミングも方向もばっちりだ。
ヤミの居合抜きが蛇騎士の左足に決まる。が、大したダメージにはならない。
そこにベスが飛び込んだ。聖槍ラグリスが蛇騎士の頭部、人間でいえばこめかみに当たる位置に突き刺さる。
『……ッ!?』
ベスは足を掛けて槍を抜き、地上に降りてくる。俺はすかさず受け止めた。
蛇騎士はもんどりうって倒れる。平衡感覚を失いでもしたのか、立ち上がろうとしては転ぶことを繰り返す。
俺はゲミトルードを拾い上げ。倒れ込んだ蛇騎士の前に移動した。
「哀れだな、リクシェス」
ゲミトルードがその巨大な蛇の頭部を断ち割った。




