17-02. 卑劣なる雷撃
誰もいない?
階下には大勢の人間がいたはずだ。なのに今はしんと静まり返っている。ただ燭台と卓上の料理や酒だけが、人々がいた痕跡となっている。
「ベス、イフラムドさんたちは」
「いない」
隣室にいたはずのイフラムドたちもいない。もしかしたら酒場で食事でもしていたのかもしれない。そして何かに巻き込まれた。
少なくとも現状は尋常ではない。
「何が起きた……」
ヤミが険しい顔で周囲を見回している。建物内には本当に誰一人いない。
「外に出てみよう」
俺は慎重に扉を開け、そして固まった。
街道にびっしりと人々がいたからだ。祭りとかそういう雰囲気じゃない。皆ぼんやりとした顔をして、じっと立ち尽くしている。そして今も増えている。
「な、なんなの……」
ベスが気味悪そうに言った。
「あ、イフラムドさんたちだ」
視界内だけで何百人といる中で、しかもこの暗がりで、ベスはイフラムド、グレスとオーレスを発見していた。ハイネルは見つかっていないようだ。俺には判別がついていない。
「いったい何のつもりだ」
仕掛けてきたのは、リクシェスか? それとも、ジルフィムか?
その瞬間、空が光った。稲妻を何本も束ねたかのような光と、音と、衝撃が、俺たちに襲い掛かった。
それと同時に人々の絶叫が夜の中に響き渡る。
視力が回復した時に見たのは、地獄絵図だった。人々が引き裂かれて燃えていた。大人も子供もない。男も女もない。集まっていた人々のど真ん中に何発もの雷が落ちたのだ。いや、自然の雷じゃない。強い魔力の関与を感じることができた。これは、魔法術だ。
「酷いことしてくれる」
ヤミは倒れている何人かを助け起こしながら呻いた。爆心地に至っては、人が原型を留めていなかった。我に返って泣き叫ぶ人々、苦痛を訴える人々、負傷者の救助に当たる人々……様々だった。
「イフラムドさん!」
倒れていた一人を助け起こしたところ、それがイフラムドだった。鎧は着けていない。そばに倒れていたグレスとオーレスも気を失っているだけのようだ。
「大丈夫ですか!」
「あ、ああ。頭がぼんやりします」
イフラムドは頭を振ると自力で立ち上がり、息子たちの頬を軽く叩いた。
「何が起きたんですか」
「まるでわかりません。酒場でいざ夕食と思ったところまでは……覚えているのですが」
よくわからないが、いずれにせよ良くない呪術の類だろう。
「こんな規模での呪術となれば対価が過ごそうだけど」
ヤミが油断なく周囲を見回している。
「ベス、負傷者はみんなに任せよう。イフラムドさん、お願いします」
「はい。現地騎士隊と連携して対応します」
イフラムドはもう完全にいつもの調子に戻っている。イフラムドの豪胆さには改めて舌を巻く。修羅場を潜り抜けた数が違うのだろう。
「レア、ベス、これは間違いなく挑発だよ」
「ええ」
俺はゲミトルードに手を掛ける。ベスは聖槍ラグリスを緩やかに構えている。周囲は地獄だ。
その時、救助のために人が集まっているまさにその場所が、爆発した。五、六回の爆発音の後で、また人々が泣き叫ぶ声が聞こえてくる。今ので救助に行った人たちの半分は負傷しただろう。
「イフラムドさん!」
「なに、掠り傷です」
血塗れのイフラムドはグレスを背負っていた。ぐったりとしていて意識はなさそうだ。その傍らには剣を杖にしたオーレスがいた。こちらも無傷ではないのは明らかだった。
俺は知らず舌打ちをしていた。
「二段構えか。これでは誰も負傷者を助けに行けない」
そして実際、砕けた街道の近くで、数多くの人々が苦しみに喘いでいる。もう一段、救助者を狙った攻撃がないとも限らない。そう思ったら、誰も手を差し伸べることはできなくなる。見殺しにするほかなくなるのだ。
俺は頭の中の温度が急上昇しているのを感じている。罪なき人々への無差別な殺傷。それもとびきり非道なやり方での攻撃だ。そしてその原因となっているのは俺たちだ。俺たちの存在が、彼らを殺した――。
「そうじゃないよ、レア」
ヤミが目を爛々と輝かせながら言った。月光を反射したその目は、白刃の如き鋭利さを持っていた。
「アタシたちは罪人じゃない。殺戮者にこそ、罪過は問われるべきなのさ。理由の話じゃない。原因の話でもない。非人道行為を行ったのは誰か、ただそれだけが問題なんだ、レア」
『さぁ、そろそろ真打登場といこうじゃないか!』
少年の声が響く。声の方向には黒焦げの死体の山があった。
少年――リクシェスはそのうち一つの頭部を片手で持ち上げる。首の関節は簡単に砕け、肉は崩れた。少年はその頭部を上に投げ上げては受け止め、投げ上げては受け止め、そして地面に放り投げて踏み潰した。
「あいつ!」
少年の姿をしていても、中身はとびきり邪悪な老人だ。
『今すぐそのオルレアスの首とゲミトルードを渡せば、他の二人は見逃してやる。さもなくば地獄はより広がるぞ』
「はんっ、お前の口約束なんざ信じる馬鹿はいないね」
『これは手厳しい、解願師のヤミ殿。しかし、どうする? 私はこの通り子どもの姿。この衆人環視の中、お前たちが戦うのはまずいのでは?』
くっ……!
言われてみれば確かにそうだ。解願師のヤミとその一行が、十歳に満たない少年を嬲り殺しにしたなどと言われたら、王都に入る前に火刑に処されかねない。
「……それが慢心だというんだ、リクシェス」
ヤミが右手の指を音高く鳴らした。月光の下、ヤミの解願の力が駆け抜ける。
『何をした?』
「人々の興味を失せさせたのさ。これで誰もアタシたちに注意を向けたりはしない」
かつて披露してもらった人払いの解願か。
今回のこの非常事態で、どの程度の効果があるかはわからない。が、信じるしかない。
『小癪な真似を』
リクシェスがそう言った時には既に、俺は一足一刀の間合いに踏み込んでいた。




