17-01. 宿の夜
それからいくつかの宿場町を超え、幾度かの魔物の襲撃を撃退し、俺たちはいよいよ王都に迫った。あと二日もあれば王都入りできるこの場所には、すでに多くの人々の営みがあった。街道沿いには随所に露店が並んでいたし、街道から少し外れた所には広大な農地が広がっていた。およそ人の手の入っていない場所はないくらい、それまでの場所とは景色が変わっていた。
俺の故郷でこんなに人がいるのを見たのは祭りの時くらいだ。しかもこれで王都まであと二日もかかる場所だ。王都はいったいどうなっているのか、テンションが上がってしまう。
王国の騎士隊も随所に見えたし、数人単位の兵士たちによる見回りもあった。
そんな中、馬車に乗っているにも関わらず、ヤミは口元をマフラーで、顔をフードで隠していた。
「師匠のことを知ってる人がいたら面倒くさいからね」
「なるほど」
なぜかベスはずっと俺と腕を組んでいる。微妙に恥ずかしいからやめて欲しいのだけど。
「今日はここで休みましょう」
イフラムドが窓に馬を寄せて言った。ヤミは「任せる」と短く言って、また顔を隠した。
馬車から降りると、外はすっかり黄昏時だった。秋の夜は早い。風も思わず震えがくるほど冷たい。馬車のありがたさを痛感する。
「いらっしゃい!」
酒場兼宿屋の看板が出ていた建物に入ると、中年女性の威勢の良い声が響き渡った。すぐにグレスの方がその女性の方へとガシャガシャと鎧を鳴らして駆け寄った。
「すみませんが、空いている部屋はありますか」
「二部屋だけだけど、六人じゃ狭いかもねぇ。ベッドは全部で四つだよ」
手続きはグレスに任せて、俺たちは割り当てられた部屋に移動して荷物を置く。俺とベスとヤミは同室だ。女性と同室というのにもすっかり慣れてしまった。身体を拭く時だけ、イフラムドたちの部屋にお邪魔しよう。
そこでベスが気が付く。
「あれ、御者さんは?」
「馬小屋で寝るって」
そう、彼は誰よりも馬を愛していて、寝食を共にすることを当然のことと考えていた。実際に馬車を引く馬たちも、彼には非常に懐いているようだ。
「不思議な人だとは思ってたけど」
「ハイネルは馬小屋で生まれたって言われてますからね」
イフラムドが話に入ってくる。御者さん、ハイネルって名前だったと今知った。
「馬の世話や治療に関しては、キレーネ領では彼に勝る者はいません。好きこそもののなんとやら、ともいいますが」
「極めてるんですね」
すごいなと素直に思う。情熱と行動力の賜物だ。
「さ、荷物を運び入れましょう」
イフラムドはそう言うと、指定された二階の部屋に向かって俺たちの荷物を運んでくれた。
「俺たちでやれるのに」
「この旅が終わるまでは皆さんは我々の客人ですからね」
そう言って、イフラムドは手を上げて隣の部屋に行ってしまった。
「この旅、か。明日には終わっちゃうね」
ベスが少し寂しそうに言った。ベスはグレスやオーレスともいくらかコミュニケーションを取っていた。二人は共にあまり積極的に話すタイプではなかったし、何なら俺のことは遠巻きに見ているようなスタンスだったから、俺は必要最低限の会話しかしてこなかった。
「終わったらまた次のめんどくさい事件だよ」
ヤミが東側にあるベッドの上で胡坐をかきつつ言った。ぶすっとした表情だ。
「グリードの爺さんに会って話をしなきゃならないし、恐らくヴァレスの野郎もしゃしゃり出てくるだろう。ヴィレオリア公爵と会う算段もつけなきゃならない。ファイヴァルレドの情報収集も必要だ」
確かにめんどくさい話だ。俺たちは揃ってげんなりした顔をした。
「それに、だ」
ヤミは三白眼になって言った。
「これだけ人がいるところに人工魔神を送り込まない道理はないと思うんだよ」
「まさか」
俺は否定しようとする。が、できなかった。奴らが巻き添えの心配なんてするとは思えなかったし、何なら無関係な人々が大勢いる方が自分たちに有利だと考えるのはもう必然だった。
ヤミの背中側、東向きの窓の外は、家が数件ある他は一面の農地だ――今は暗くて見えないが。ちょうど今が収穫期で、日中も忙しく働いている農夫の姿をいくつも見かけた。荷物の行き来も多かった。平和な人々の平和な営みを破壊させるわけにはいかない。
西側のベッドに陣取った俺とベスは、大きな窓の外に見える夜空をじっと見つめた。瞬く星が綺麗だと思った。視界の外にあるであろう月の輝きが、夜空を青く染めている。何種類もの虫の賑やかな呼び声が、遠慮会釈なく室内に入り込んでくる。
「風が冷たいな」
ヤミは振り返って窓を閉める。持ち込んだ燭台の炎が、俺たちの視界を照らし始める。
俺はすぐ隣のベスを見た。ベスも俺を見ていた。美しい顔だなと改めて思う。目が大きいとか、鼻が小さいとか、唇がふっくらしていて瑞々しいとか、そういうことはどうでもよくて。ガレリア聖教で言われるところの「天使」が実在するのなら、きっとこんなだろうな――そう思うほどには、俺はベスに惹かれていた。これは恋愛感情なのかと問いかけてみても、よくわからないというのがせいぜいの回答になるだろうけれど。
「ねぇ、レア。もし夢で見てたら教えて欲しいんだけど」
「う、うん?」
「あなたのご先祖様と私のご先祖様って、どんな人だったの?」
「あんまり俺たちと変わらなかった気がする」
少し年上ではあったけど。
「恋人?」
「違う、っぽかった」
「そ、そりゃそうよね。実際、血統は別々なんだし」
それもそうだ。俺は腕を組もうとしたが、右腕を捕まえられているのでできなかった。
「というかさ、俺たちご先祖様に似すぎだなって思ってる」
「ゲイネスとカザスィア、か」
全然実感なんてないけどね、と、ベスは笑う。
「血なんて千年も経ったら薄まりに薄まっちゃうと思うのに、不思議だね」
「そのくせ、直系だからってやんなきゃなんないことがあるんだから、理不尽だよ」
「違いない」
ベスはまた笑った。初対面の印象は最悪だったなぁ、などと思ったりもする。出会ってから季節も変わった。危機も乗り越えた。だからベスも俺に心を許してくれた……と思いたい。
視界の端でヤミが動いた。刀を手に音もなく立ち上がり、扉に近付いて様子を窺う。
「静かだ」
ヤミが言う。
「酒場の喧騒が消えた?」
いつからだ?
俺はゲミトルードを握って立ち上がった。
「ベスも槍を持って。何かあったら外に出る」
俺は胃のあたりが突き上げられるような不快感をやり過ごしながら、ヤミに続いて部屋を出た。




