16-05. ゲドルタの進化、世界の変革
閃光をやり過ごし、焼き付いた視覚がようやく元に戻った時、そこには何事もなかったかのように立っているキケレアーナがいた。
「ハプトは?」
「確実に消滅しました」
ヴァレスたち三人の加勢があっても取り逃がしたあの魔神を、たった一人で……!?
俺はキケレアーナの能力に改めて驚愕する。伊達に歴代最強の魔法術師ではなかったということか。
「こんなにあっさり……」
ベスも呆然としている。キケレアーナは両手を振って剣を消し、ゆっくりと腕を腰の後ろで組んだ。
「私がやろうと思えば表面上ならなんだってできます。いえ、あなたたちを自由にさせているのも、私の計画の一環とも言えますね」
「あなたは俺たちの行動もすべて読めていると」
「それは今や過去形です」
キケレアーナは首を振った。
「今となっては未来は確定ではありません。大魔導たちの力によって、未来そのものが書き換わっていっています。ですから、私はあなたたちを未来への不確定要素と定義しました。あなたたちの選択と行動の結果、未来はジムレグ、いえ、大魔導たちの思惑通りには進まなくなるはずです」
「敢えてアタシたちというランダム要素を野放しにしておこうっていうことだね」
「そうです、解願師。おそらく大魔導たちはあなたたちという予見不可能な存在を排除しにくるでしょう」
「しかし、その時は助けないつもりだな?」
ヤミの詰問。キケレアーナははっきりと肯いた。
「人類は試されているのです。魔導大戦から一千年、再び訪れる未曽有の危機を乗り越えられるか。そこにヒトであることをやめた私が直接介入するべきではないのです」
「あなたが俺に言った、世界の変革を止めろっていうのは」
「ゲドルタの進化を止めろということです」
俺は顎をつまんで尋ねる。
「ゲドルタの進化?」
「ゲドルタは成長しているのです。新しい世界の鋳型を作るために。ゲドルタが思う、正しい世界を創ろうとしている。そのために、願や呪を集めている……」
ゲドルタはただの魔力の塊ではなくて、自ら学習する意識体だとでもいうのか。
「ゲドルタは千年かけて人類と共に進化してきました。その結果として辿り着いた結論が、変革です。人類とこの世界を根本から創り直し、あるべきところからやり直させる。人類とゲドルタを滅びから救うために」
「何が、起きるの?」
ベスの声が震えていた。キケレアーナは数秒の間を置いて答えた。
「ゲドルタの言う救い――しかしそれは我々からすると滅びにも等しいこと……」
――と。
「魔導大戦を超える世界戦争が起きます。対人もあれば、ゲドルタによって生成される無数の魔神も現れるでしょう。人類の本質はその絶望と狂気の中で変異し、空っぽになった世界にゲドルタが新たな世界を重ね、再び人類は千年の時を歩くことになります。魔導大戦がそうであったように」
ああ、そうか。この人はそれを見たのか――俺は納得する。同じヒューケイアの血を持つ者同士のせいなのか、何となく理解できるようになってきた。
「それを防ぐために創られたのが、解願の核」
その言葉に、俺たち三人が同時に反応する。
「世界を初期化する、最終手段。その絶望的な未来を回避するための、世界の安全装置です」
「ちょ、ちょっと待って」
ベスが俺に隠れるようにして言った。
「世界の変革も、世界の初期化も、どっちも良くない事のように思うんですけど」
「初期化なら、まだ人類は人類としてやり直せます」
キケレアーナは沈鬱に言った。
「千年の歴史をなかったことにし、もう一度歩む。そのための手段が、解願なのです」
ですが――キケレアーナは続ける。
「ゲドルタを破壊してしまえば、全ては終わります。人類は自らの足で立って歩かなくてはならなくなる。ゲドルタに甘えることはできなくなる。ですが、変革よりも、初期化よりも、まだ意味のある未来になる。そう思いませんか?」
その言葉に同意してもいいのか。俺は逡巡する。
「いいさ」
俺より先に、ヤミが反応した。
「魔法術や呪術の滅びはアタシの悲願でもある。リクシェスも、ジルフィムも、ジムレグも、大魔導たちも、全ての障害を排除してゲドルタを破壊してやる」
「それを聞いて安心しました。解願師ヤミ。しかし、テスタロサがどう出てくるかまではわかりません。もしあなたと対立した場合、あなたは母親を討てますか」
俺の左腕に力がかかった。ベスが両腕で抱き締めたのだ。
ヤミは数秒間、星の出てきた空を見上げてから、頷いた。
「わけのわからない消え方をしてくれた理由を問い質してからね」
氷の瞳が、キケレアーナを見上げている。
キケレアーナは頷くと、サッと右手を上げた。何かが砕ける音と共に、馬たちの蹄の音が聞こえてきた。人払いの結界が張られていたのかもしれない。
「いいでしょう。その時を楽しみにしていますよ」
「ちょ、ちょっと! もっと助けてくれてもいいんじゃないの!?」
「私はもはやヒトではありませんから」
キケレアーナはベスに向かってそう言って、姿を消した。ヤミが不満そうに言う。
「大概に面倒な奴だ」
「でも、先生。キケレアーナが未来を憂えているのは本当だと思いました」
「それだけに、奴は手段を選ばないだろう。今はたまたま敵ではないだけで。奴は自分を絶対の正義だと信じている。だから、それだけに性質が悪い」
俺たちは焚火に向かって座り、イフラムドたちが近付いてくるのを感じながら話を続ける。
「でも、ジムレグや大魔導をどうにかするまでは味方でいて欲しいですね」
「そうだな、レア」
ヤミは水を飲んで、口元を拭った。
俺は何とはなしに後ろを見た。さっきキケレアーナがハプトにとどめを刺した場所だ。さっきは地面が大きく抉れていた。馬車が縦に三台埋まってしまうほどの陥没が起きていた。
だが、今は何もなかった。草も地面も元通りだ。
どういう原理でそんなことが起こっているのかはわからない。だが、とにかくまるで何事もなかったかのようだった。
この世界は――どうなっているんだ?




