17-04. ヤミの出自
イフラムドたちとは翌朝別れた。三名とも負傷していて、しばらく馬に乗れそうになかったからだ。御者のハイネルは幸いにして無傷だったが、護衛なしに馬車を動かすのはリスクだった。
昨夜の死者は百名を軽く超えていた。負傷者はその数倍に上る。俺たちの戦いを見ていた者も多く、また、王室魔法術師のマリアがいたおかげで、俺たちは何の敵意も持たれずに出発することができた。翌朝早くには王国の騎士たちが大挙してやってきたこともあり、俺たちにできることは特にないという結論に達したわけだ。
もっとも、俺たちがいることで更なる襲撃がある可能性もあった。だから俺たちは騎士たちの到着を見届けるや否や、徒歩での進軍を選んだ。この時間に出れば、頑張れば夜になる前に王都に辿り着けるだろう。最悪でも野営一回だ。
例によって巨大な荷物を背負ったベスが隣の俺を見る。
「なんか徒歩の旅って久しぶり」
「だね」
ベスは右手に槍、左手に俺の右手を持っている。手をつなぐ必要があるのだろうかという疑問はあるが、ベスが絶対に離してくれないので諦めている。少し歩きにくいんだけどな。
「仲が良いのですね」
なぜかマリアまで一緒に歩いている。彼女は瞬間移動みたいな魔法術を使えるのだから、わざわざ歩いている必要なんてないと思うのだけど。
「サボり、ですよ」
マリアは右手の人差し指を唇に当てながら言った。その不思議な色の目が、悪戯っぽく細められている。
先頭を行くヤミが足を止めて振り返る。
「護衛としては申し分ないが、そもそもアタシはあんたたちヴァレス一派を信用してない。それを忘れないで欲しいねぇ」
「お気持ちはわかりますわ。でも、昨夜お助けした分くらいは恩義に感じていただきたいですね」
そう言われて、ヤミは渋面を見せるとくるりと前を向いて歩き始めてしまった。かなり機嫌が悪いぞ、あれは。
「ヤミ様はヴァレス様の幼馴染なんですよ」
マリアがこっそりと言う。俺はベスと顔を見合わせる。
「テスタロサ様亡き後、王室魔法術師長となったファイヴェル様の下で、ヴァレス様と共に魔法術師としての研鑽を積んだ仲なんです」
「それがどうして今みたいなことに?」
ベスが訊くと、マリアは「ええとですね」と空を見た。
「ヤミ様は十二歳で王室魔法術師候補生から外されているのです」
「なんで? あんなにすごいのに」
「政治の話ですよ、エリザベス様。ヤミ様の妹……現女王であるところのジェミニア女王陛下が五歳になり。また、ヤミ様が前国王陛下の隠し子ではないかという噂が広まってしまったこともあり。事実上の追放でした。ヴァレス様は最後まで頑迷に反対されていたらしいですよ」
思ったより根深そうだぞと俺は思い始めた。
「それからヤミ様は呪術師の組合・バルーサに身を寄せ解願師としての才能を開花させました。が、それが聖庁異端審問局の耳に入り、結果としてバルーサをも追放されることとなったのです」
「なんか師匠、かわいそう。それって十五歳の時の話よね」
「はい、そう聞いています」
「前国王と爆炎の魔女の間に生まれながら、十五歳で流浪の身。師匠が何したってのよ」
ベスは本気で憤慨しているようだ。気持ちはわかるが、ベスに至っては十歳で天涯孤独だ。ベスにだって罪なんてなかった。もちろん、多分、俺にだって。
辺りは見渡す限りの農地で、家がぽつん、ぽつんと建っているだけだ。王都に近付くに連れ、だんだんと上り坂になってきている。丘の上にあるのだろう。噂では大河を背にして都が広がっているとか。水運の発達した都市だとも聞いたことがある。水事情が良いから、これだけの農地が賄えているのだろう。
ヤミはかなり先の方を歩いていた。さすがにヤミの地獄耳でもここの会話は聞こえまい。
「それでマリアさん」
「マリアでよろしいですよ、エリザベス様。だって私たち、そんなに年齢が変わりませんもの」
「え、そうなの?」
「十七になりました、先日」
「え、私、今年十六!」
「存じておりますわ」
そこで俺は興味を引かれて尋ねてみた。
「ペルミナは?」
「あの子は自分のことはめったに喋りませんけど、同じくらいだと思いますわ。ヴァレス様に拾っていただいたのが、ほとんど同じ頃なので。でもあの子は別格。魔力が強すぎて、あの子の身体は光を反射できないのです」
「光が反射できないと黒くなるの?」
俺とベスの言葉が奇跡的に重なった。マリアは「本当に仲が良いのですね」と小さく笑う。
「人間の目は、光の反射で色を判別するんです。何色を反射するかで、見える色が決まる。ですから、全ての光を反射したら純白に。全ての光を吸収したら暗黒に。そういうものなのだそうです」
「知らなかったよ」
俺は頷いた。
「そうそう、何故ヤミ様がヴァレス様を憎んでるかって話でしたね」
「うん」
「三年前の前国王の暗殺事件のことはご存知ですか?」
俺は頷く。存じるも何も、俺は夢でまさにその光景を見たのだ。マリアやペルミナの活躍も。
「ヤミ様はバルーサを、そして王都を追放される時に、ヴァレス様に父と妹の安全を託したのです。しかし、前国王夫妻は殺され、ジェミニア様も危険に晒された。その事を、特に腹違いの妹であるジェミニア様の件を、強く恨んでおいでなのです」
「先生は現女王陛下のことを?」
ベスが尋ねる。マリアは頷いた。
「溺愛されておいででした。王宮を追放されてからもしばらくはバルーサの霊話石を通じて、ジェミニア様とお話されていたようですよ。王室にも霊話石はありますから」
「十五でそれもできなくなったのか……」
可哀そうになってきた。ベスを見ると、目を赤くして鼻を啜り始めていた。七つ下の妹と引き裂かれたと感じたとしても何ら不思議はないし、王宮に不信感を持ってもおかしくはない。
「それでヴァレスがジェミニア陛下の名を出した時に、怒って抜刀したのか」
「そうですね」
マリアはなぜか少し苦笑している。
「殺す気はなかったと思いますけど」
「どうしてそう思うの?」
ベスが前のめりになっている。目は相変わらず赤かったが。
「お二人は本当は仲良しですから――」
「おい!」
突然ヤミが振り返って怒鳴った。
「余計なことを喋ってるんじゃない! レア、ベス、さっさと行くよ!」
あの距離で聞こえてたとでも言うのか?
全力疾走しても十秒はかかる距離だ。
俺はヤミの地獄耳に、今さらながら恐怖した。




