16-03. ゲドルタって何なんですか
テスタロサは生死不明――キケレアーナの言葉を信じるのなら。
「確かに、可能性としてはある、か」
ヤミは目を伏せる。右手を顎に当てて、焚火の炎を見つめている。
「魔法術師同士の戦いでは、死体が出ないなんてザラにある。そういうもんだと思ってた。母さんは最後の力でジムレグをジェイルムド山脈の古城牢に封印し、力をアタシに移譲して存在を消失したんだと、ずっと信じてた」
なぜか、ね。と、ヤミは深く昏い微笑を見せる。
「でも、もし生きていたら。母さんは、テスタロサは、なぜ二十年も潜伏しているんだ?」
「キケレアーナは、そこに何か計画がある、みたいな話をしていました」
「計画、か」
渋面になるヤミ。
「キケレアーナは俺に、世界の変革を止めろ、と言っていました。座して見ていたら世界は終わると。そしてテスタロサはゲドルタに魅入られたんだとも」
俺の力で出来るのは、未来を見ることと、魔力の糸を斬ることだけだ。それはゲドルタからの干渉を断つということでもある。というか――。
「師匠」
それまで黙っていたベスが、干し魚を持った右手を上げた。もう痛みもないようだ。
「そもそもゲドルタって何なんですか? 魔力の源ってことはわかったんですけど」
「ゲドルタは――」
ヤミは言いかけて、しばらく沈黙した。そして焚火がひときわ大きく跳ねたのを契機に、言葉を続けた。
「魔導大戦よりもさらに昔に、五人の大魔導によって作られた世界の鋳型だ」
「大魔導……。ゲドルタ・ブラウのような?」
「そうだよ、ベス」
ヤミは指折り名前を挙げる。
「ブラウ、ヘクサ、イレグ、ファーレオン、ロデス。ファーレオンとロデスは魔導大戦で完全に滅ぼされたけど、他の三人は封印からの完全復活もそろそろだろうね」
「ブラウはすでに活動開始していますしね」
俺が言う。前国王夫妻暗殺の実行犯がゲドルタ・ブラウであることは判明しているのだ。
「今はゲドルタの名を冠して呼ばれるその五人は、世界を覆う魔力を一括管理する方法を研究した。その結果できたのが、ゲドルタ。ゲドルタを通さなければ、人は魔力にアクセスできないようにした。これは無法無節操な魔法術の乱用を防止する手段として有効に働き、同時にゲドルタへの自由なアクセス権を持つ魔法術師の地位を押し上げた」
「師匠、魔法術師ってどういう基準で作られたんですか?」
「その記録はない。けど、ゲドルタへのアクセス権は、千年以上、血の力で制限されている。先祖が魔法術師なら子孫もそうである可能性があるという話」
へえ、と、俺はベスと顔を見合わせる。
「対する呪法は、ゲドルタへの直接アクセス権を対価という形で買うもの。で、この技術を編み出したのが、魔導大戦の勇者の一人、ゲミア・ノードンだ。これのおかげなのかどうかはともかく、呪法のおかげで万人にゲドルタが解放された。対価さえ捧げれば、誰でも願いを叶えようとすることができるからね。叶えられるかどうかは願いの強さと才能と運によるんだけれど」
「願いの強さ……」
そして解願師は願いを解く……。
俺は閃きをぶつけてみた。
「もしかして解願師って、ゲドルタへのアクセスを抑制する役割があったりしますか」
「んー……」
ヤミは髪を後ろで束ねながら考える。
「致命的なアクセスを防止する、くらいの役割はあるかもしれないねぇ。いわばゲドルタ不正利用を防ぐための安全装置さ」
「なるほど……」
「そ、それで、師匠! ゲドルタってつまり何なんですか! 世界の鋳型って?」
ベスがやきもきとした様子で訊いた。ヤミはまた少し考えた。
「現実の一瞬先、またその一瞬先を計算して、その差分のエネルギーを供給してくれる機構と言ってもいいのかもね。長らく言われていたこの仮説は、レアの予知能力とも符合する。その他大勢の魔法術ともね」
「俺が過去を見ることがあるのも、ゲドルタの中にある情報にアクセスしているから?」
「たぶんね」
ヤミは言った。忘れがちだが、彼女とて全知ではないのだ。薪のパチパチと爆ぜる音を聞きながら、俺は呟く。
「ゲドルタのない世界って、どんなのだろう。魔法術も呪術もない世界って」
「それってさ、レア。願いも呪いもない世界っていうこと?」
「わかんないよ」
俺は首を振る。
「だけど人がそう簡単に変わるとは思えない。ゲドルタがなくても祈るだろうし、ゲドルタがなくても明日を生きる方法を考えるんじゃないかな。ガレリア聖教は今でもゲドルタへのアクセス自体を禁忌扱いしているし」
「そっかー」
ベスは少し俺に近寄って、肩に頭を乗せてきた。
「ベ、ベス?」
「眠たいけど寝たくないから、ちょっと肩貸して」
いいけど……。
俺はヤミを見たが、ヤミはニヤニヤとした表情を返してくれただけだった。ベスはぽつりと言った。
「私がゲドルタへの扉を開いてしまったら」
「俺たちが、だよ」
ゲドルタの小鍵と霊槍ファイヴァルレド、そしてティラールの血。これらが揃って、初めてゲドルタへの扉が開く。
「アタシはね」
突然口を開くヤミ。その虹彩は金色に揺らいでいた。
「この世界から魔法術師と呪術師を根絶やしにしたいのさ」
ヤミはそう言ってから、干し魚を豪快に噛み千切った。
そして流れるような動作で立ち上がって刀を抜こうとして……固まった。
「ごきげんよう」
異常な長身に一つ目の頭部――キケレアーナがそこにいた。




