16-01. 人は必ず強くなる
俺そっくりの騎士がいた。いや、十年後くらいの俺だ。
その騎士の隣には槍を持つ金髪の――ベスによく似た女性騎士がいた。二人は寄り添うようにして立っている。
そこにもう一人、白銀の鎧に赤いマントを身に纏った大柄な騎士が姿を現した。黒い長髪を後ろに撫で付け、その目つきは刀の刃のように鋭い。誰もが委縮してしまうのではないかというほど、厳つい印象だ。見知らぬ顔だが、白銀の鎧と赤いマントといえば心当たりがある。魔導大戦の頃のユーズ・ヴィレオリアだ。だとすれば、彼は一行のリーダー格だ。
しかしそんな彼が、幾分疲れたような声で言った。
「こいつも封印が精一杯だったか」
「向こう百年は大丈夫だと思うが」
俺そっくりの騎士が答える。
「でも、ゲイネス、それだけじゃ不十分だわ」
ベスそっくりの騎士が首を振る。ゲイネス……ということは、やはり俺たちの御先祖様か。
ゲイネスは言う。
「しかし、俺たちにはこれ以上余力はないぞ」
「霊話石を使いましょう。王国全土に設置し、ゲドルタの監視に使うのよ」
ベスそっくりの――恐らくはカザスィア・ティラールが言った。
「ゲドルタなんて、こいつらの発明品でしょ。いっそ破壊してしまうなんてのは?」
また新たな人物が視界に入ってきた。見知らぬ顔だ。消去法でいえば、この黒髪に褐色の肌の女性はオベリアナ・モルフェアスだ。動きやすそうな衣服の上に革の胸当てを身に着け、先端が円状になっていて、その中心に巨大な水晶が浮いている長い杖を持っている。彼女は現代魔法術の祖とも言われる人物だ。
オベリアナを一瞥して、ゲイネスが呟いた。
「大魔導、か」
――大魔導って、ゲドルタ・ブラウ……とかのことだっけ。
俺の視点が切り替わる。透明な壁の中に老人がいた。両手を突き出した姿勢のまま、何かで固められたかのように動かない。その壁に向かって腕を組んで立っている青年がいる。魔導大戦の勇者五人、その最後の一人、ゲミア・ノードンだろう。恐ろしく巨大な男だったが、彼は戦士ではなく、呪術の開祖だと聞いている。重甲冑に身を固めた呪術師なんて、彼以外に見たことも聞いたこともないが。
「こいつらさえ始末できていたら、後顧の憂いもないんだがなぁ」
ゲミアは舌打ち混じりに言う。リーダーのユースがゲミアの肩に手を置いて言った。
「俺たちの力不足だ。だが、ゲドルタの大魔導、五人のうち二人は倒した。三人は封印どまりだったが、まぁ、上出来だろう」
「しかしユース、封印は永遠ではないぞ」
ゲミアが言うと、俺の視界にオベリアナが入り込んできた。
「ゲミア、永遠なんてないのよ。全てにおいて。だからその時が来た時のための手段を遺しておくことが、私たちの義務なんじゃないかしら」
オベリアナは杖を一振りした。そこから発された光は部屋の中央に向かう。そこには巨大な青い宝石が……霊話石のような物が鎮座していた。
動いてる……?
錯覚ではない。その宝石は粟立つようにして成長していた。
「この建物すべてを封印に使いましょう。ゲドルタの肥大化は大魔導の封印で鈍化したけれど」
「完全には止められないのね」
カザスィアが言う。彼女は槍を杖にしてようやく立っているような状態だった。
「あなたのその槍をこの封印の鍵にしましょう」
「ファイヴァルレドを?」
「ええ。あなたの血の力とその槍。相応しいわ」
「また、やっつけみたいな理由で」
カザスィアは苦笑する。美しい顔だった。オベリアナは腕を組んで悪戯を思いついた子供のような顔をする。
「千年持つ封印を施すつもりよ」
「封印が解けたら鍵も血も用済みってこと?」
「というよりね、むしろ封印が解ける前後数十年が重要なのよ、カザスィア。きっちり千年の封印なんてできない。封印が解けかければ災厄も湧く。その時にこいつら大魔導よりも先に主導権を握る。そのために、あなたを利用させてもらう」
オベリアナは子どもを諭すような口調で言った。カザスィアは神妙な顔で聞き、やがて頷いた。
「でもさ」
ゲイネスが割り込む。
「主導権を握るってのはどういう意味だ?」
「人間同士が争うのよ。ファイヴァルレドとティラールの血を求めてね」
「えっ」
カザスィアが目を丸くする。
「封印が解けかけるってことは、大魔導たちも動き出すっていう意味。そしたら人間たちはゲドルタへの直接アクセス権という言葉を、魔法術師たちを通して知ることになるわ。こんな甘い誘惑に勝てる人間がいるかしら。あたしを除いてね」
「ファイヴァルレドとティラールの血を手にした人間が覇者になる……?」
「と、考えるわよね」
オベリアナはカザスィアの肩を叩く。
「でも、封印が解けてしまったら、その優位性はあっという間にゼロ。いえ、マイナスもある」
「ファイヴァルレドの意味ないじゃないか」
ゲミアが巨体を揺らしながら言った。オベリアナは人差し指を立てて振る。
「大魔導たちの完全復活より先に、ゲドルタを破壊してしまえばいいのよ。ゲイネス、あなたの力でね」
「しかし、俺にはゲドルタの破壊はできなかった」
「千年後の子孫なら? ゲミトルードが伝わっていたら?」
「それはわからない」
ゲイネスは首を振る。オベリアナは言う。
「人は必ず進化する。人は必ず強くなる。今の私たちよりも、千年後の私たちは強い。だからこの大戦と同じような未曽有の危機が訪れても、必ず生き残る。勝つ。今の私たちと同じように」
「俺もオベリアナの意見には賛成だ」
ユースが真っ先に言った。
「千年後のための準備はできるだけやろう。封印の鍵はカザスィアに託す」
「ゲドルタの小鍵は霊話石に封印しておくわ」
オベリアナはそう言って小さな鍵を掲げてみせた。俺が持っているものと同じものだ。
「封印は解けても鍵が開かないと入れませんというね、性格悪いわね、私」
「今に始まったことじゃないだろ」
ゲミアが素早く言った。オベリアナは腰に手を当てて不満げな顔を見せる。ゲイネスが首を振って呟いた。
「ゲドルタの破壊、か……。果たして、それができるとして、そうするべきなのだろうか」
「それは――」
カザスィアが首を振る。
「千年後の私たちの子孫たちが頭を使って考えること。違うかしら」
「そう、そうだな」
ゲイネスは頷いた。
ユースが鋭い視線をオベリアナに向ける。
「例のものは?」
「見つけているわよ」
オベリアナは増殖し続ける霊話石に右手を伸ばす。ゲドルタからの魔力が結晶化したそれは、オベリアナの腕を簡単に飲み込んだ。
腕を引き抜いたオベリアナの右手の中には、握りこぶし大の赤く燃える石があった。
「それが?」
「そう、これが、解願の核」
解願の核……?
「こいつらが開発していた、世界を初期化する力を持つ魔道具……テスタロサ」
オベリアナは淡々とそう告げた。
テスタロサ……それは、ヤミの母親の名前だった。




