15-01. ガラーティア要塞の真実
ヤミは単刀直入に尋ねた。
「二年前にジュラインの両親を殺したのはあんたなのかい?」
「正解とも言えますし、違うとも言えますわ」
「哲学的やり取りをするつもりはないよ。事実はどっちなんだい」
「手を下したのは私ですが、そう仕向けさせたのは」
フェレシダはそこで止めると俺を見た。口角をきゅっと上げて目を細める。
「――お父様よ」
「え?」
自らを殺させるように仕組んだだって?
ベスが強い口調で言う。
「出まかせを言わないで、フェレシダ。どこの世界に自分を呪殺させる人がいるものですか」
「出まかせではないわ、かわいい人。お父様が私とお母様への支援を断ち切らなければ、お母様は死なずに済んだ。私もこの呪いの力を使わずに済んだ。誰も憎まずに生きていけた」
フェレシダは大袈裟に天井を仰ぐ。演技じみた所作だ。
「ってことはあんた、金を断たれた恨みからその事件を?」
「それはきっかけ。些細な契機。病に侵されていたお母様を助けてくださるという魔法術師が現れたのよ。彼が求めたのが、魔法術師としても優秀だったお父様の命……肉体」
「肉体……」
死体。屍。
「しかし、ジュラインに阻まれて、お父様の肉体は手に入れられなかった。結果として、お母様は助けてもらえなかった。だからね、私はジュラインに嫌がらせをしているの」
「そんなことのために――」
思わず俺は言っていた。
「呪術師たちを殺していると?」
「そんなこと?」
フェレシダが穏やかに問い返してくる。部屋の温度が急に下がる。
「ジュラインが邪魔しなければ、私もお母様も、今も平和に生きていたのよ。お父様が身勝手なことをしなければ誰も不幸にならなかったのよ」
「だからと言って、人を殺すのは間違えている」
「私にだって良心はあるわ。私が狙うのは戦える者だけ。すなわち、呪術師や魔法術師よ。呪法も使えない人間たちなんていくらでも殺せるから、とってもつまらないもの」
それを良心と呼ぶのか? 俺は自分の善悪感覚が分からなくなってくる。
「でしょう、かわいい人たち。簡単に壊せる人形なんて、つまらないでしょう?」
フェレシダの手には見覚えのある人形があった。ブロンドの髪と青い目の……ベスの呪具だ。ベスが椅子を蹴って立ち上がる。俺はその右肘を捕まえた。ベスの人形はベスの背負っていた鞄の中に収まっていたはずだ。
「あれ、私の!」
「あらごめんなさい、あんまりにもかわいい人形だったから」
「返して!」
「大事な呪具ですものね。はい」
フェレシダの姿が消えていた。
「どうぞ」
俺とベスの間にフェレシダは立っていた。そして空気を揺らすこともなく、ベスの顔を覗き込む。
「やめろ!」
俺がフェレシダの右腕を捕まえ――られなかった。するりと躱されてしまった。ベスは差し出された人形をひったくるように奪い取り、その槍を構えた。
「無駄ですよ。あなたは外道師とすら認定されないレベルの呪法しか使えない。坊やに至っては呪法とは無縁。私を傷付けることなんてできません。つまらないわ」
フェレシダはすでに元の椅子に座っていた。そしていつの間にか用意されていた何かの飲み物を飲んでいた。
「馬鹿にして!」
「分相応、という言葉を贈るわ、かわいい人たち」
「――それで」
状況を静観していたヤミが鋭い声を発した。
「あんたに死体を持ってくるように言った奴は、誰だい」
「答えはもうあなたの中にあるのでしょう?」
「ジムレグ」
短く言い切られたその名前に、俺とベスは同時に息を飲んだ。
「そう、ジムレグ。屍霊術師。もちろん私はあのお爺さんの提示した永遠の命なんてものは信じなかったわ。お母様もね」
「ならなぜ誘いに乗った」
「お父様に復讐するためならなんだってよかったわ。ジムレグはきっかけをくれただけ。彼は結局何も得られなかったわ。いえ、私が与えなかった。だってほら、ジムレグは絶対に私たちの側には立たないとわかっていたもの」
何を言っているんだ? 俺は混乱する。
「まぁ、いいさ」
ヤミはまだ腕を組んで座っている。しかし隙はない。
「ベスも座りな。まだその時じゃない」
言われて渋々座るベス。円卓の上にはあの人形が置かれている。
「状況はわかった。黒幕はジムレグだが、実際に悪事を働いているのはあんただということがな。だが、アタシたちはジムレグのことをもっと知りたい。奴は何を目的にあんたに近付いた」
「さぁ? でも、キレーネ男爵に近付くということは、ガラーティア要塞に関係することでしょうね」
「そこの霊話石が破壊されたことは知っているな?」
「もちろん」
フェレシダはにっこりと微笑んだ。体温のないその微笑は、俺の体温まで搾り取るように奪っていく。
「破壊したのは私ですもの」
「なんだと」
ヤミの氷の視線がフェレシダを捉えている。
「それは何故だ。そんなことをして何になる」
「面白くなるでしょう?」
「面白く?」
ヤミの表情から色が抜けていく。
「そうか。あんたはキレーネの血を引いている。だから破壊できたのか」
「そうね。ジュライン以外にもそれができる人間がいた。それが私だったというわけよ、解願師さん」
そして、「面白い」の一言を理由にして行われた致命的な破壊。キケレアーナとハイザルク男爵によるジェスガルディア要塞の霊話石の破壊と同時に行われたのは偶然……とは思えない。
「いや、あるいは彼女がフェレシダとタイミングを合わせた、とか」
「レア、どういうこと……」
「わからない。けど、何かある」
俺たちのコソコソ話を余所に、ヤミとフェレシダの睨み合いは続いている。
「大勢の無辜の人間が魔物や魔神の脅威に晒された。いや、何百と死に、何千とが住む場所を追われた」
「それが?」
きょとんとした声。しかし、その顔には冷たい微笑みが浮かんでいる。血の通った人間のそれだとは、到底思えなかった。
「大深淵に封じられた魔神たちが全て蘇ったら、面白いでしょう? 世界は元に戻る。そして魔導大戦再び! こんな心躍ること、あると思う? そしてあなたたちは魔神たちを倒し、今度は世界を新たなフェイズに引き上げるの!」
「新たなフェイズ……?」
「ゲドルタの失われた世界に、よ、解願師さん」
直後、ヤミの刀が閃いた。フェレシダの首を正確に捉えたように見えたその一撃は、しかし完全に躱されていた。その瞬間、フェレシダはヤミの背後に回っている。だがヤミはそれを読んでいたかのように刀を逆手に持ち替えて、背後を突いていた。
「ふふふ」
ワンピースを鮮血に染めるフェレシダ。だが、その表情には苦痛が見えない。
「解願師、本当に面白いわ。私の願を断つなんて!」
どんな願だっていうんだ。俺はベスを庇いながら状況を見守る。
「でも、断たれたおかげで、興が覚めてしまったわ」
「そのまま一生黙ってな」
ヤミは音もなく目の前に移動したフェレシダに向けて、そう吐き捨てた。




