03-01: ソレティアとユティハ
ジェイス、ジェイス!
青年は目を見開き、苦悶に表情を歪ませ、シーツを強く握りしめていた。ベッドの上で発見された際にはもう事切れていたと、医師と思しき男が王国憲兵に説明していた。他には侍女が二人、強張った面持ちで控えているのが見えた。
また、夢、か――。
俺はまた、妙な出来事の中に入り込んでいるようだった。
死した青年に縋りつき泣いているのは、黒髪に紫の瞳を持つ女性だった。窓から差し込む月明かりを受けて、その濡れた瞳は青紫に輝いている。
「おのれ、ユティハ。必ず彼の無念を晴らしてくれる」
紫の目の女性は、青年――ジェイスの瞼を下ろして、大股で部屋を出て行った。
「ソレティアお嬢様もおかわいそうに」
侍女の一人がそう言った。もう一人が頷く。
「ユティハ様もまさかジェイス様を呪殺――」
「めったなことを言うものじゃないよ」
呪殺……。俺は侍女たちの会話に耳を欹てる。
「だってほら、恋敵じゃないか。ジェイス様と結ばれればユティハ様の家も安泰。でも、ソレティアお嬢様のお家には財力も地位もある。全部手に入れられるソレティアお嬢様が許せなかったんだよ」
「だからと言って、ジェイス様を殺すだなんて!」
なるほど。単純な恋愛話の縺れというわけではなさそうだ。
そこにジェイスの両親と思しき男女が入ってきた。
「ジェイス……!」
父親が怒鳴る。母親は気を失ってしまった。
「なんということだ。下手人は何者か!」
「おそらく――」
医者が口を開く。
「状況から見て、おそらくは、その、呪殺――」
「呪殺だと! 何者がそのようなことをしたのだ!」
――そこで場面が切り替わった。
俺はどこかの屋敷の小さな庭園にいた。そこには先ほど見た紫の目の女――ソレティアがいた。時刻は昼を少し過ぎた頃だろう。初夏の風が気持ちよかった。
ソレティアは男物の軍装を身に纏い、腰にはサーベルを下げていた。
「ユティハ!」
庭園の中央部にはテーブルがあり、そこでユティハと思しき金髪の女性がお茶を飲んでいた。そのすぐ後ろには侍女が控えている。ユティハは喪に服しているようで、黒一色の地味なドレスを身に着けていた。その緑の瞳がソレティアを捕らえる。
「今はジェイス様の服喪の時期。約束もなしに何の用かしら、ソレティア」
「そんなことはあなたの胸に訊いてちょうだい」
「私に何を訊けと? 私の将来はもう真っ暗よ?」
「ええ、そうでしょうね。ご自分でそうされたのですものね。外道師を使うなど、愚かしいにもほどがありますわ!」
ソレティアはサーベルを抜いた。距離は五歩分ほど。だが、彼女に心得があれば、一瞬で仕留めにいける間合いだった。
ユティハはお茶のカップを投げつけると同時に椅子を蹴って立ち上がり、長いスカートを思い切り引き破って、白い両足を露にした。そして侍女から、豪華な装飾の施された細身の長剣を素早く受け取った。
先に動いたのはソレティアだ。
「ジェイス様を、なぜ殺した!」
「なんのことやら。何の証拠があってそんなことを。私たち、幼馴染として仲良くやってきたじゃないの」
「ジェイス様が私を選ぶまでは確かにそうでしたわね!」
何度となく刃がぶつかり合う。この二人、相当できる。そして二人とも、完全に相手を殺しにいっている。
「醜いのよ、あなたのその心は!」
ソレティアのサーベルがユティハの長剣を大きく弾き飛ばした。ユティハはソレティアの追撃を地面を幾度も転がって逃れ、草地に落ちていた長剣を掴む。ドレスを着ているとは思えない俊敏な動きで跳ね起きると、今度は思い切り地面を蹴って斬りかかった。
ソレティアは寸でのところでそれを受け止め、叫んだ。
「罪を償いなさい、ユティハ!」
「私を殺せばあなたが罪人よ、ソレティア!」
「だとしても、私は私の正義を成すのよ!」
火花を散らす刃を挟んで、二人は互いを呪うように睨み合った。
が、最初に引いたのはユティハだった。
「……あなたが本気なのはわかりました。どうぞ、お斬り下さいませ」
ユティハは長剣を投げ捨てると、ソレティアの目の前に背を向けて座った。
「苦しまないようにしてもらえると嬉しいわ」
「ユティハ……」
サーベルを振り上げるソレティア。だが、頸動脈を狙っているはずの切っ先が大きく震えている。
「くっ……」
歯を噛みしめているのが伝わってくる。ユティハは目を閉じ、ただじっとその時を待っているように見えた。
「どうしたのかしら、ソレティア。私を――」
「無抵抗の相手を斬ることは、できない……!」
「それなら」
ユティハは電光石火の勢いで立ち上がると、地面を蹴って反転した。その手にはいつの間にか鋭いナイフがあった。
「!?」
ソレティアのサーベルがユティハの心臓を貫くのと同時に、ユティハのナイフが彼女の左眉から顎までを、深く抉り抜いた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
激痛に地面をのたうち回るソレティア。彼女の血塗られた手には、自らの顔から引き抜いたばかりのナイフが握られていた。二人から流れた夥しい量の血液が、下草を赤く濡らしていく。
「お嬢様! お嬢様!」
侍女が叫ぶ。だが、その叫び声はすぐに止まった。ソレティアが痛みに悶えながら投げつけたナイフが、偶然にも侍女の喉に突き刺さったからだ。
「ううう……」
ソレティアは血塗れの手で顔を押さえながら立ち上がり、よろよろと庭園から出て行った。




