02-04: 俺は外道師なんかじゃない
呻く彼らは総じて焼け焦げていた。比較的ダメージが小さい者も、このままでは助からないことは明らかだった。
「これ、先生が……?」
「そうさ。とはいえ、アタシがやったのは、こいつらの殺意という呪をそのまま返しただけだけどさ」
俺の問いにヤミは答え、そのつま先で一番大きな声を出している男の脇腹を蹴飛ばした。
「げふっ」
「あんただけは助かる可能性があるよ。あくまで可能性だけどね」
「ま、魔女め……」
「この解願師様を指して、言うに事欠いて魔女かい。まぁ、いいさ。あんたらを差し向けた愚かな雇い主は誰だい」
「言える、ものか」
男が苦しげに言う。もはや手にした剣を振り上げることもできないだろう。
「師匠、こいつらどうせ何も言いませんよ。ほっときましょう」
「そうだねぇ」
ヤミは目を細めた。青白い炎に囲まれて、その白い髪が逆巻く。
「念か」
「念?」
「アタシから離れるんじゃないよ、二人とも」
ヤミの右手が刀の柄に乗る。俺たちも見えない敵を警戒する――と言ってもやれることはほとんどない。足元で呻く男たちを警戒するくらいしか――。
「……ッ!?」
全身が火傷で爛れた男たち四人が、跳ね起きるなり俺とベスに突進してきた。彼らの動きは明確にヤミを避けていた。そして、恐ろしく速い。俺が今まで訓練してきた中でも、こんな速度の打ち込みは経験したことがなかった。
「なに、こいつらぁっ」
ベスは悲鳴を上げて後退する。森の中で長槍は不利だ。ヤミの気配は動かない。援護には来てくれなさそうだ。
二対一。しかも相手は人間の限界を超えた速度で攻撃してくる。受け流すだけで精いっぱいだ。
どうする……!?
一人が頭を、もう一人が腹を突きに来る――そんな映像が頭の中で閃いた。それは一瞬後の未来なのだと、俺はすぐに理解した。
どんな速い斬撃だろうと、先が読めていればどうということはない。身体がついてきさえすればいい。
身体を屈めて頭部への一撃をやり過ごし、そのまま剣を突き出してもう一体に激突する。相手の剣の軌道は、ゲミトルードの鍔で大きく歪めてやった。
結果、その一人は木に激突して動かなくなった。しかしすぐに後ろからもう一人が剣を打ち下ろしてくる。俺は振り返りもせずに剣を振るい、その右膝を切断した。粘つく手応えと共に、その元は人間であったものが倒れ伏す。俺は転がってきた剣を蹴り飛ばし、すぐにベスの援護に向かった。
だが、ベスはベスで強かった。長槍は刃のついた三節棍に変わっていた。三等分された槍の柄が鎖で繋がれている。鎖で連結されたそれらの攻撃軌道は予測は困難だった。しかも左右どちらから繰り出されるのかさえ見当がつかない。
「せっ」
足を払って転倒させた直後、ベスは三節棍を長槍に戻していた。どういう原理なのかはわからないが、とにかく一瞬だった。そして躊躇なく男の喉を貫いている。
そのまま流れるように残る一体に肉薄する。槍は再び三節棍へと変じていた。石突き部分でその頭部を二度、三度と殴打し、よろめいた隙に背後に回り込んだ。そしていつの間にか長槍に戻っていたその穂先で、後頭部から眉間までを刺し貫いた。
「つよ……」
元とはいえ人間であったものに躊躇なく致命傷を叩きこんでいくベスは、おそらく実戦経験が豊富なのだろう。訓練しかしたことのない俺とは違う。
「これで全部ですかね、師匠」
「ベスもレアも少しやりすぎ。真打が逃げちまったじゃないか」
「ええ……?」
まさか文句を言われるとは思わなかった。俺は未だ呻いている一人を剣の鞘尻でつついた。
「こいつ、まだ息があるようですが」
「もう人間の頃の記憶なんて残っちゃいない。こいつらも哀れさ。強い殺意という呪……いや、念を肩代わりさせられちまったんだから」
「念、というのは?」
俺が訊くと、ヤミは頷いて、右手の指を鳴らした。森を包む青い炎が、男たちの上に被されていく。
そして炎と遺体はあっという間に消えた。後には骨の欠片の一つも残っていなかった。しかし、森は一切傷ついていなかった。まるで初めから何事もなかったかのように。
「念っていうのはね、媒体を使わずに相手を呪う手法のことさ。この媒体――呪具ってやつを使わない呪術は、呪術師の中では明確に禁止されている。ばれたら即刻、聖庁異端審問局が出てきて火あぶりさ」
「……ということは」
ベスが俺を睨みながら言った。
「それを恐れないほど強大な呪術師……いえ、外道師か、それを知らない無知な外道師か、あるいは異端審問局から簡単に逃げられると思っている馬鹿な外道師が相手、ということですか?」
「最初のだろうねぇ」
ヤミは俺を見た。これ見よがしにその青い目を細めている。
「ヒューケイア家を確実に滅亡させようとしている誰かか、あるいはアタシを確実に始末したい誰か、あるいはベス、あんたを邪魔だと思っている誰か、だろうさ」
「だったらなお、黒幕を」
「焦るんじゃないよ、レア。敵は必ず姿を見せる。焦りは敵の誘いに乗るようなもんだ」
それは、わかる。けれど。
「師匠、さっさと行きましょう」
ベスが森の外に放置されていた荷物を担ごうとする。
「俺が持つよ」
「はぁ? 私の修行の邪魔するわけ?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃ黙ってて。あんたは一生そのヒョロヒョロボディでいればいいのよ」
「ヒョロヒョロって……」
おかしいな、同年代の男子よりは鍛えているはずなんだけど。
「で、でもさっきは助かったわ。お、お、お礼は言っとく」
ベスはどもりながら早口でそう言うと、荷物を担いで森の中に走って行ってしまった。
「レア」
俺の隣を歩きながら、ヤミが重たい声を掛けてくる。
「予知能力の制御はできないのか?」
「どうして発動するかもわかってないです……」
「そう、か」
ヤミの声には感情がない。それゆえに、底知れぬ怖さがある。
ヤミは一呼吸おいてから、俺の肩に手を乗せた。
「あんた、このままだと早死にするよ」
「えっ……」
「ゲドルタの干渉を受けすぎてる。今のあんたは歩く念みたいなものさ」
「念って、そんな。俺は外道師なんかじゃない」
「力ある呪術師、あるいは魔法術師には、そうは見えないだろうね」
俺が望んで得た力でもないのに?
「力なんてそんなものさ。あればあるだけ利用され、同時に、疎まれる」
「俺、どうしたら」
「行動で示すしかないだろうね。たとえば、ジムレグを倒す、とかさ」
「そんな、無茶ですよ」
王国中の魔法術師たちが寄って集ってようやく幽閉にこぎつけたという屍霊術師ジムレグ。それを倒すなんて、ベスとヤミがいたって無茶にもほどがある。
夢の中で見たあの老人がジムレグだとすれば、もはや純粋に怖い。
「わかりやすい英雄になる以外に、あんたの逃げ道はないさ」
ヤミは軽い口調でそう言って、俺の肩から手を離した。
わかりやすい英雄――。
俺にはまだ、その意味はわからなかった。
★第二章はここまでです。
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