14-05. 願いを解く
こんなところでこんな悪趣味な奴にやられるかよ!
俺は激痛を必死に耐えながら地面を転がって、その一撃を躱した。勢いをそのままに立ち上がり、森の中へ飛び込んだ。俺を追って、木が何本も薙ぎ倒された。
『姑息な奴だ!』
そんな挑発には乗らず,俺は森の奥へと進む。新手の魔物と遭遇しないことを祈りながら。
視界ゼロの森の中でも、俺の位置が何となくはわかるようだ。奴の気配は着実に近付いてきている。
奴を森の中に完全に引きずり込んでから、弱点を探ろう。魔力が供給されて動いているのだとすれば、魔力の糸が見えるはず。少なくともリクシェスが関与しているのだ。何らかの魔力の――即ちゲドルタからの関与がある。それならこのゲミトルードで断ち切れるはずだ。
問題は――。
「俺の身体が持つかどうかだ」
ふっと息を吐く。背中がドクンと痛む。
屍竜が女の声で悲鳴を上げる。
ヤミとイフラムドは飛行によって距離を離されてしまったはず。
――となれば今、奴に悲鳴を上げさせているのはベスだ。頼りになる。
「そろそろか?」
ヤミたちが森に到着したら、状況は逆転する。
しかし今、屍竜がベスをターゲットしたらまたこっちが不利になる。
姿を見せておいた方がいいか。
そう判断して俺は逆進する。
「ベス!」
「レア! 危ないよ!」
お互いの姿を視認し、ついでに屍竜のグロテスクな姿も確認して、俺は再び森の奥に引き返す。時々衝撃波が飛んでくるが、それらは木々が引き受けてくれた。バタバタと倒されていく木々の音が、森の悲鳴のように響き渡る。鳥たちが鳴きながら舞い上がり、昆虫たちは声を止めた。
木々を薙ぎ倒すたびに屍竜の身体が傷つくのか、断続的に絶叫が上がっている。時々大きな絶叫が上がるのはたぶんベスの攻撃によるものだ。
「レア! ベス!」
ヤミだ。イフラムドの気合の声も届いてくる。
俺は再び屍竜に進路を向けた。屍竜はすぐそばまで迫ってきていた。
ゲミトルードを抜き放ち、両手で保持する。一撃で魔力の根源を断つ。
「ベス、総攻撃を仕掛けて!」
四方を囲まれた屍竜は絶叫を上げ続ける。しかしその間にも屍竜は攻撃を繰り出してきている。距離の近いベス達三人にターゲットを切り替えたのか、それぞれに応戦する形となっていた。
だが、これは好都合だ。じっくりと魔力の糸を探せる。
しかし――。
「レア、まだなの!?」
「ごめん、見つからない!」
数分を経ても、屍竜に伸びているはずの魔力の糸が探せない。
「うぁっ!?」
屍竜の前腕がベスの右腕を傷付けた。
「ベス! 大丈夫!?」
奇跡的にも腕は持っていかれなかったようだが、ベスの様子がおかしい。
「ふふふふふ、ふはははっ!」
「ベス!」
まずい、毒の血の効果か!?
俺の予感は的中した。
その直後、ベスの姿が消し飛んだ――未来を俺は見た。
俺はゲミトルードを左手に持ち替えて、ベスを思い切り右腕で抱えて出し得る力の全てで跳んだ。屍竜の勝ちを確信した一撃が頭上を過ぎていく。
「ベス、正気に!」
「レア、大丈夫。心配しないで」
ベスはニヤリと笑って、俺の腕の中でそう言った。そして背中の苦痛に悶える俺を置いて、屍竜に向かって突っ込んでいく。ベスの右腕からは大量の血液が噴き出している。
聖槍ラグリスが穂先までベスの血に染まる。真紅の槍と化したラグリスを、ベスは屍竜の左目に向けて思い切り投擲した。
それは狙い過たず、人間の眼球で満ちた眼窩に突き刺さる。それと同時に、辺りには聞くに堪えない絶叫と呪詛の咆哮が響き渡った。
ベスは苦痛に暴れまわる屍竜に軽々と跳び乗ると、その目に突き刺さったラグリスを引き抜き、その顔面に何度も突き立てた。人間の肉で構成されるそれはいとも容易く傷付けられた。肉が裂け、骨が砕ける。異様な音が森の静寂に響き渡る。
その呪詛がますます具体化されてくる。耳が慣れてきたのだ。それはただの叫びではなかった。明らかに呪っていた。あらゆるものを憎んでいた。生きている者すべてを羨んでいた。そして死にたくないと願っていた。
『お前さえ死ねば、私たちは元に戻れるというのに!』
俺に向けて叩きつけられるその呪詛に、俺は思わず顔を伏せる。
道理で魔力の糸が見えないわけだ。こいつは全自動で動いている。リクシェスが操っているわけじゃない。奴はどこかにいて俺たちを見ているだけだ。
「元になんて戻れるものか!」
リクシェスのでまかせだ。奴が約束を守るなんて万に一つもあり得ない。ジルフィムにしてもそうだ。
「なんだ、そういうことか」
ヤミの一閃が、屍竜の右後脚を根元から完全に切断した。屍竜はたまらず地面に倒れ伏す。下敷きになった肉が鮮血と共に潰れる。絶叫が響き渡る。気分が滅入る。
降りてきたベスは興奮した顔で屍竜を睨んでいたが、やがてぱたりと倒れた。
「ベス!」
「すぐ、治る」
ベスは俺の手を払い、ラグリスを杖にしてどうにか座る。
ヤミはそんな俺たちの前までやってくると、屍竜の頭部を睨みつけつつ、一瞬の迷いもなく右手の指をパチンと鳴らした。
途端――。
『死にたくない死にたくない!』
『助けて!』
『痛いよぉ……』
『お前たちさえいなければ!』
『ママ……!』
無数の呪詛が、嘆きが、頭の中に直接捻じ込まれてきた。立っていられないほどの呪いだ。
ヤミは厳かに言った。
「あんたたちが憎しみを向けるべき相手は、この子じゃない」
リクシェスと、ジルフィムだ。そして、ジムレグだ。
「仇は取る」
俺は彼女らに誓う。リクシェスとジルフィムだけは……許すわけにいかない。
「大丈夫なのかい、レア」
「俺が決めないと」
背中はズキズキと痛んだ。激しく拍動する心臓が、もう一つ背中に発生したかのようだ。
だけど、彼女らの痛みはこんなものじゃない。弱音は吐けなかった。
屍竜の眉間のあたりに魔力の強い流れがあった。ベスが傷付けてくれていなければ見つけられなかった。ヤミによって「死にたくない」という願いを解かれた屍竜の構成要素は、見る間にグズグズと腐り落ちた。すさまじい腐敗臭が森の中を満たしていく。
「うぇっ」
ベスが青白い顔をして口元を押さえている。俺も同じ気持ちだ。
だが、今はとどめを刺さねばならない。
彼女らは肉体を消失したが、その意思はまだここに縛り付けられている。屍竜のいた場所には肉が腐って溶けてできた海が広がり、その中央に人の頭ほどの大きさの赤黒く輝く球体があった。あれが、彼女らをこの世界に拘束している。魔力の量からして間違いない。
俺はその腐った海に入り、一気に駆けた。臭いだのなんだの、弱音を吐いてはいられない。一刻も早く彼女らの苦しみを消してやらなければならない。
「せいっ!」
そしてその球体に思い切りゲミトルードを叩きつけた。




