14-04. 屍の竜
そのおぞましい姿は、俺たちの頭上を不格好に一度通過した後、馬車の進路を塞ぐかのように立ちはだかった。あまり飛行は得意ではないのかもしれない。であれば、戦いようはある――と言いたいところだったが、相手は小山のような巨大さだ。馬でも簡単に一飲みにできるだろう。
うねる大木のような歪んだ四肢はおよそ見たことのない造形だ。自然には存在しないほどの歪みで、見ていてクラクラするほどだ。そしてその翼も左右は非対称だし、到底飛行できるとは思えない代物だ。
「どう戦いますかね」
俺は思わずそんなことを言っていた。すかさずベスがつっこんでくる。
「ちょっとレア、あんた大丈夫? なんでいっつもそんなに落ち着いてんのよ」
「背中もまだ痛いしね……。戦い方のイメージができない」
「あんたのその剣で良い感じにバシってやればいいのよ」
ベスは見た目以上に取り乱しているようだ。ヤミはというと刀の柄に手をかけて、何かをじっと見極めているかのようだ。イフラムドはというと両手でごつい長剣を保持し、こちらも何かの機会を窺っている。
屍竜との距離は、走れば十数歩分。背中を向けて逃げられる間合いではない。
『小僧、今度こそ死んでもらうぞ!』
頭の中に直接声が響く。あの不愉快な――リクシェスの声だ。やはり奴は死んでいなかった。奴の不死性を打破するには、ジルフィムを倒すしかないというのは本当のようだ。
「こいつ、喋るのか」
イフラムドが驚愕の声を上げる。
「こいつは人工魔神……呪術によって作られた魔神です」
「本当ですか、オルレアス殿。本当に、魔神を人の手で作るなど……!」
「本当です。ジェドラングさんを第一の実験体として、第二、第三と送り込んでくるつもりでしょう」
俺はちらりと後ろを振り返る。イフラムドの息子たちは盾を構えているがすっかり及び腰になっている。完全武装とはいえ、この屍竜の攻撃にどの程度耐えられるかはわからない。
「非道な。聖庁異端審問局は何をやっているんですか。斯様な外道師をこそ火刑に処すべきでしょうに」
イフラムドのその意見には賛成だが、並の異端審問官では被害が大きくなるだけだ。彼らが得意とするのは情報戦だろうし、武闘派はごく一部に過ぎない、はずだ。
力と言えば魔法術師だ。確かに王国には魔法術師は多数存在しているが、ペルミナほどの力があっても単独では魔神の力を押さえ込むのがせいぜいだった。どんな魔法術師でも、ジムレグ一派を相手に圧倒的優勢に事を運ぶのは難しい。ましてヴァレスやペルミナ、あるいはマリアのような有力者が戦線離脱するようなことがあってはならない。
イフラムドが屍竜から目を離さずに息子たちに指示を出す。
「お前たちは馬車と共に後退しろ。馬車を巻き込ませるな!」
「りょ、了解です、父上」
全速力で後退していく馬車を見送りつつ、イフラムドは俺たちに向き直った。
「我々は同時に仕掛けましょう、ヤミ殿」
その提案に、俺たちは頷きを返す。
『死ね!』
屍竜がその口を開く。その口中の牙は人間の骨がぐちゃぐちゃに固められたもののように見えた。よく見ればその眼球は、人間の眼球の複合体だった。何百人分もの眼球が眼窩に詰まっている。
俺たちが突進するより早く、屍竜は口から衝撃波を吐き出した。全身が痺れるほどの衝撃を受けて、俺たちは揃って転がった。いや、イフラムドだけは立っていた。全身甲冑が衝撃波を相殺したのか。
屍竜が俺をめがけて突進してくる。他の三人など眼中にないかのようだ。
「させるか!」
イフラムドが屍竜の前に立ちはだかる。屍竜は、いや、リクシェスは気にも留めていない。だが危険だ。奴に蹴られでもしたら!
だがそれは杞憂だった。イフラムドは突進を間一髪で回避すると、奔り抜けざまにその右後脚を一閃した。派手に血飛沫が噴き上がり、同時に女や子供の絶叫が響き渡った。屍竜の動きが一瞬止まる。
「悪趣味ッ!」
ベスが俺より先に立ち上がって、俺に手を差し伸べてきた。間髪入れずにその手を握って立ち上がる。背中がずきずきと痛んだが、今は無視だ。
イフラムドが足止めしてくれていなければ体勢を整える暇もなく倒されていたかもしれなかった。
「先生は!」
「解願の利かない相手は嫌いだよ」
ヤミはいつの間にか屍竜の背後に回っていた。いつ起き上がったのか、まったく気付かなかった。
「レア、あんたはそのまま囮になりな! 攻撃はしなくていい!」
「はい、先生!」
攻撃する体力はない。傷が開くリスクもある。だが逃げ回るだけなら何とかできる。
「ベス、無茶しないで」
「わかってる。あんな悪趣味な敵にやられたりしないわ」
俺はゲミトルードを鞘に収め、屍竜の目を睨みながらじりじりと後退してから、街道脇に広がっている巨大な森に向かって駆けだした。開けた場所での戦いは不利だと踏んだのだ。
屍竜の知能は大したことがないのか、脇目も降らずに追いかけてくる。歩幅が違い過ぎる上にこっちは負傷者だ。このままでは森に辿り着く前に追いつかれる。
屍竜のあちこちから悲鳴が、絶叫が、上がる。晩夏の真昼の草原が、一瞬にして血色に染まる。ヤミとイフラムドが苛烈な攻撃を仕掛けているのだ。あの速度で移動する化け物に、どうやって斬撃を浴びせているんだ? そして同時に、それが意味するのは、イフラムドも相当な剣の使い手だということだ。俺なんかじゃ相手にならないのは確かだろう。
屍竜の移動速度が目に見えて下がる。
だが、再び屍竜が衝撃波をぶつけてきた。距離があったので、今回は伏せてやり過ごした。……つもりだったが、背中にもろに食らってしまった。立ち上がろうとするも、痛みのせいでほんの一瞬、動きが止まる。
屍竜の影が俺の上に落ちてくる。飛んだのだ――と理解できた時には、振り返った俺のすぐ上に屍竜の口が開いていた。趣味の悪い造形だ――場違いにもそんなことを思った。




