14-03. 容疑者
先頭の騎士ががちゃがちゃとけたたましい音を立てて兜を脱いだ。そして左後ろにいた騎士にそれを預ける。
兜の中から出てきたのは、よく整えられた口髭を生やした壮年の男だった。茶褐色の髪はともすれば金髪にも見える。鎧を着ていても、かなりがっしりした体格だということが分かる。しかし肥満というわけでもない。
「いかにも、我々はキレーネ男爵の直轄部隊の者です」
「うん、それで?」
「私はイフラムド・グシエン。後ろの二人は我が息子のグレスとオーレス。キレーネ男爵の命により、お迎えに上がりました」
そんなもの頼んじゃいないんだけどねぇ――ヤミは言う。そして少し考えてから、その視線を上げる。
「まぁ、そうだね。王都は後回しにしても逃げないし、何かあってもヴァレスが対応するだろう」
「話が早くて助かります」
いかつい見た目によらず、イフラムドは腰が低い。俺とベスは背後に立ったグレスとオーレスに幾分か集中力を削がれている。二人は兜を被ったままだ。しかも片方はイフラムドの兜を持っている。剣を抜く気はなさそうだった。
「ガラーティア要塞が陥落してから、キレーネ男爵領は魔物たちによって危機に瀕しております。そして近隣の領主たちからの支援も見込めず」
「どうしてですか?」
ベスが訊いた。
「キレーネ男爵領が魔物にやられたら、次は近隣地域ですよね?」
「駆け引きという奴です、エリザベス殿」
「あー。見返りを寄越せという話ですね」
「その通りです」
イフラムドは頷いた。名乗ってもいないのにベスの名前を知っていた。ということは、俺のことも調査済みだろう。
「さて、あまり時間もありません。詳しい話は道中おうかがいするとして」
「馬車はあるかい?」
「無論です。馬車でも屋敷まで一日半ほどかかりますゆえ」
イフラムドは幾分得意げに言った。ベスが半眼になって俺を見る。
「ずいぶん用意がいいわね」
「この町にそういう仕事をしている人が住んでるってことだよ」
言うならば密偵のようなものだ。そのくらいは俺にも予想ができた。
「その通りです、オルレアス殿。キレーネ男爵は各都市の状況をつぶさに知るために、数多くの耳目を派遣しております」
「なるほどね」
宿の外には立派な馬車が待っていた。二頭立ての屋根付き箱型の四人乗り馬車――蓋車だ。その上には立派な身なりの御者が座って待っていて、俺たちに小さく会釈してきた。どうやらキレーネ男爵領は、この町もそうだが、かなり潤っているようだ。ジェイルムド山脈、大深淵といった危険地帯の平定を任されている代わりに、多くの富が王都から流れているのだろう。
兜を抱えたイフラムドが、俺の隣に乗り込んできた。ヤミとベスは進行方向を向く形で隣り合って座っている。イフラムドの重武装があっても、窮屈さは感じないほど、快適に広い馬車だった。ガタガタという振動はなかなかハードだったが、それでも徒歩よりはずっとマシだ。街道も良く整備されているようだし。
グレスとオーレスが馬車の前後を挟み込み、周囲の警戒に当たっている。
「ジェドラング殿の件も報告を受けております。惜しい人物を亡くしました。我々がもう少し早く手を打っていれば、あるいは」
「一月もあの状態だったんだ。さぞ苦しかったろうよ」
「面目ない」
「まぁ、でもあんたたちに打つ手はなかっただろう。王室魔法術師の実力をもってしても、結界を張って魔神化するのを防ぐのが関の山だったんだ」
ヤミの微妙なフォローが入る。イフラムドは一瞬苦い表情を見せたが、またすぐに物腰の柔らかそうな壮年の顔に戻った。
「それに」
ヤミは少し声を潜める。
「奴らの狙いはアタシたち……というか、レアだった。あの夜に事が起きたのは偶然でも何でもないのさ」
ヤミはジルフィムのことは話さなかった。目撃者たちが見ていたのはリクシェスまでで、姿を見せなかったジルフィムについては知る由もない。
イフラムドは少し声を潜めて言った。
「実は先日のガラーティア要塞と、ハイザルク男爵管轄のジェスガルディア要塞が陥落したその日について、気になる情報があるのです」
「気になる情報?」
「そうです、オルレアス殿」
いやな予感がした。背中の傷が疼く。
「ちょうどその日あたりに、ジェスガルディア要塞を目指していた三人組がいたという情報です」
「ほう?」
ヤミが足を組みなおした。
「もっとも、ハイザルク男爵の騎士たちも南部にいた者とはほとんど連絡が途絶しており、我々としても動きを追えていません」
「回りくどいねぇ」
ヤミが不敵に笑う。
「ジェスガルディアの霊話石を破壊し、ハイザルク男爵を殺害した。その容疑者としてアタシたちが挙げられている、ということだね?」
「ありていにいえば、その通りです」
「ということは」
俺は隣のイフラムドを見た。
「俺たちに本気の事情聴取をしたいと」
「何しろ事は重大です。ジェスガルディア、ガラーティア。両要塞の霊話石が相次いで破壊され、大深淵から無数の魔物が現れた。そしてあなたたちはハイザルク男爵領の南の街道から現れた。見回りの騎士隊からもそう報告を受けております」
口調はあくまで紳士的だったが、イフラムドの目はまるで猛禽類のようだった。一瞬の隙も見逃すまいという強い意志を感じて、俺は掌に汗が浮かぶのを意識した。
ベスが街道脇に広がる森に目をやりながら尋ねた。
「この辺りにも魔物が? まさか魔神とか」
「魔神はまだ報告がありませんが、そこの森には魔物は多数確認されています。この街道に出てくることもあり、今は我々もフル稼働している状態です」
「この事件が起きる前はいなかったんですか?」
「いませんでしたね」
ベスに即答するイフラムド。キケレアーナの起こした事件がきっかけなのは明白だということだ。
「……あれは」
イフラムドが目を細めた。そして扉を開けて御者に止まるように指示をする。
後ろの窓をまっすぐに見ていた俺は、すぐにそれに気が付いた。ヤミとベスに頷きかけて、イフラムドに続いて馬車を降りる。ベスはすぐに天蓋にある荷台に駆け上り、聖槍ラグリスを手に取って飛び降りた。
「あれは初めて見ますが」
イフラムドは二人の息子を呼び寄せた。
「お前たちは馬と馬車を守れ」
「俺たちだって戦えます」
グレスかオーレスが言った。が、イフラムドは首を振る。
「人間相手の訓練とは違う。お前たちはまずはよく見るんだ。いざとなれば男爵への報告にも走ってもらわなければならん」
そんなやり取りを聞き流しながら、俺はヤミの肘をつついた。
「あれって」
「人工魔神、だと思うよ」
空を飛ぶ竜。晴れ渡った空に染みのように浮かぶそれは、確実にまっすぐにこちらに向かってきている。逃げ切れるものではないだろう。
「ジェドラングさんのような犠牲者が……」
「レア、今はそういう感情は置いておきな。倒すしかないんだよ」
「……わかってます」
だんだんとはっきりしてくるその威容に、俺の全身が震える。本能が恐れていた。その巨大さに。その異常な外見に。
――その竜は、無数の人体が半ば溶け合わさってできていた。




