14-02. 旅立ちの時
結局それから三日経って、ようやく俺は動けるようになった。傷もそうだが、無痛の魔法術の反動が酷かったのだ。
「レアの家を襲わせたのは――」
床で胡坐をかいたヤミが、刀の刃を眺めながら言った。
「そいつ、ジルフィムということでまず確定だねぇ」
朝食を部屋で食べた俺たちは、次の目的地を決めかねている。
「しかし、先生。ジルフィムの居場所まではわかりませんでした」
「ジムレグの所にいたというのなら、ジェイルムド山脈のどこかだろうが、今もそこにとどまっている理由もない」
ヤミは唸る。ベスが「あ」と手を打った。
「でも、師匠、レア。リクシェスを探したら案外見つかるんじゃ」
「ほう?」
「リクシェスの魂は死んだ男の子に移ってるのよね?」
ベスの問いかけに、俺は「たぶん」と頷いた。
「で、ジルフィムはあんたの命を狙うのを諦めてはいない」
「そうだね」
「そしたらまた勝手に近付いてくる気がするわ、リクシェスが」
「人工魔神たちを引き連れてね」
刀を収めたヤミは、またちびりちびりと残ったパンを食べ始めた。俺は言う。
「居場所が分かっていればこっちから仕掛けるけど、あいつがそう易々と尻尾を掴ませてくれるとは思えない。それにジムレグや爆炎の魔女の計画も気になる。キケレアーナもね」
「キケレアーナも敵なんだか味方なんだか」
ベスの言葉を聞きつけて、ヤミは肩を竦めている。俺の認識としては、差し当たっては味方だ。いつまで共闘関係が続くかは全く予測がつかなかったけれど。
「アタシだって最後まであんたの味方かどうかなんて保証はないさ」
心を見抜かれたのか、ヤミはそんなことを言った。凍て付いた虹彩がまっすぐに俺を見据えている。
「人には……解けない願の一つ二つはあるものさ」
ヤミは水袋から直接水を飲み、刀を持って立ち上がった。
「まずは王都へ向かおう。グリード局長に事の次第を共有する」
グリード局長……というのは異端審問官のトップだ。かなりの武闘派だという印象だ。
「ヴァレスはペルミナから全て聞いているだろうから、無視しよう」
「形式上、いいんですか?」
ベスがもっともなことを言ったが、ヤミは「いいの」と強硬だ。
「奴もそんなことは気にしないさ。それに当てにもしてない」
「そんなもんですか」
「ただグリード局長は別。今回の顛末のみならず、およそ全て耳にしているとは思うけど、ここは筋を通さないと動いてくれない。めんどくさいジジイなのさ」
天剣の騎士、ハヌヴァ・グリード。俺の中には偉人として刻み込まれている人物だ。ディーレニア王国では、ジェミニア女王やヴィレオリア公爵に次いで知られている人物だ。
「師匠を追放した張本人ですけどね」
「まぁね」
さらっとすごい情報が流れてくる。
「大丈夫なんですか、王都に戻ったりして」
「さしあたり、バルーサに近付かなければ、お咎めはないさ」
あっけらかんとヤミは言う。まぁ、ヤミが大丈夫だと断言するのならきっとそうだろう。そうじゃなかったとしても切り抜けられない話はないだろう。俺はそう納得して、ベッドから身を起こした。
「どう、立てる?」
「結構痛いけど。でも、無理しなければ大丈夫そう。王都に着く頃には平気になってるよ」
「ずいぶんかかるって事?」
そう、王都は遠い。地図で確認したところ、順調に行っても地形の都合もあって、乗合馬車をうまく使っても二十日はかかる。
「傷さえ開かなければいいんだけど」
特に背中の傷は自分では見えないから厄介だ。ヤミがスタスタと俺の荷物のところへやってきて、まとめられたそれらを軽々と持ち上げた。
「あんたの荷物はアタシが持ってやるよ」
「ベスのほどじゃないですけど、結構重たいですよ」
「あんたが持てる程度のものを、アタシが持てないはずがないだろ」
言われてしまった。俺は頭を掻いてから頷いた。
「すみません、お願いします」
「素直でよろしい」
ヤミはそう言って俺の荷物一式を背負った。ベスも荷物をてきぱきと装着する。俺は杖がいるほどのものではなかったので、そのままゲミトルードを帯び、水袋だけを持った。なんだか罪悪感が酷いが、これは一時のこと。「持ちつ持たれつ」の一環だと思うことにする。
「レアって、なんか背が伸びた?」
部屋を出ながら、ベスが訊いてくる。俺としては自覚はないが、まぁ、この二ヶ月くらいで伸びていてもおかしい話でもない。十六歳だし。
「まぁ、いいけど」
「いいのかよ」
軽口を叩き合いながら、ヤミが待つ階下へ向かう。ヤミは宿代の清算を行っているようだった。先払いしていた気がするのだが。
「あんたの治療のためにいろいろやってくれたのよ」
そう言われて、俺は慌てて主人――イーレスに頭を下げた。
「お金をしっかりもらっているからね。気にする必要はないよ」
「ま、礼は言っておいて減るものじゃないさ」
ヤミはそう言って、「世話になった、ご主人」と頭を下げた。白髪がさらりと流れる。俺もすぐにその隣に並んで、改めて頭を下げる。
「本当に助かりました。ありがとうございました」
「こっちは黒字だから、お礼を言うのはこっちのほうさ。町の被害も本当に少なく済んだし」
ジェドラング爺さんの件だけは残念だったけどね――イーレスはボソッと付け足した。
「すみません」
「君の気にすることじゃないよ。最後に爺さんの先祖の作ったその剣が見れたらしいじゃないか。冥途の土産には十分だ」
そう言って笑うイーレスの表情には、確かに悲しみが漂っていた。
「ん?」
ヤミが怪訝な声を発したのと同時に、宿の扉がやや乱暴に開けられた。物々しい金属音と共に現れたのは、三名の完全武装の騎士だった。後ろの二人が持つ盾には、赤と青の紋章が刻まれている。
「――キレーネ男爵の親衛隊かい」
機先を制するかのように、ヤミが尋ねた。




