13-09. 蛇の魔神
意識が戻るなり、俺は耐え難い激痛に襲われた。
視界が赤くチカチカし始め、膝から力が抜けた。
だが、俺は寸でのところで踏みとどまる。視線を上げると、俺のゲミトルードはリクシェスの心臓を完全に抉り抜いていた。生命体であれば絶対に死を免れない。
しかし俺は知っている。これがこいつへのとどめにならないことを。そして今の段階では仕留めきれないことを。
「オルレアス、結界が、もう、持たない」
「ああ」
痛みを堪えて、俺は囚われたジェドラングに向き直る。
「背中は任せて」
ベスがすかさず俺とリクシェスの間に割り込んだ。ラグリスが強く輝いているのが視界の端に入った。さすがは聖槍と呼ばれる武器だ。
「頼む」
俺はベスにそう言い残すと、全身を貫く激痛をどうにか誤魔化して、ジェドラングの元へと走った。光の檻の内側にいるジェドラングは、明らかに原型を留めていなかった。身の丈は元の倍ほどもあり、その頭部は蛇のそれだった。
「ジェドラングさん!」
呼びかけても返ってくるのは咆哮だけだった。
「ペルミナ、助ける方法はないのか!?」
「ない」
にべもない返答。
「今、重要、なのは、この町の、被害を、食い止める、こと。一人の、犠牲に、留めることだ」
「しかし!」
「誰も救えなくなる、前に、殺す」
ペルミナは論理的で合理的だった。そしてそれは正しいのかもしれない――認めざるを得なかった。
「魔力の供給さえ断ち切れれば」
「無理。今の、あなたの、怪我では、そんなことは、できない」
これも正しい。背中の出血量も増えているのか、視界が霞んでいるし、揺れている。雨の一滴一滴が殺意を持ってぶつかってきているのではないかというほどに重たく、痛い。
「レア、伏せろ!」
ヤミの声が聞こえたと同時に、俺はベスによって後ろから押し倒されていた。ベスは俺の頭を抱きかかえ、身を固くしていた。
その直後、周囲を眩い光が照らし出し、俺たちの影を暗くした。
そして伏せている身が浮き上がるほどの衝撃波に襲われる。ベスが守ってくれていなかったらまた意識を飛ばしかねなかった。
「ベス、だいじょうぶ!?」
「う、うん。意外と頑丈なんだ、私」
身を起こしたベスの額に二筋の血の川が流れていた。金の髪も薄く汚れている。ベスに助けられながら立ち上がり、ジェドラングの方を見る。ペルミナの光の檻が消えていた。辺りは再び薄暗くなる。
「リクシェスの奴を結界破壊に使いやがった」
ヤミが口元を拭いながら言った。ヤミの力でも無傷というわけにはいかなかったようだ。
「ペルミナ、無事か!」
「一番、無事じゃない、人に、心配され、ても」
ペルミナは空中にいた。降りしきる雨のさなかにいるのに、まったく濡れていない。不思議な光景だ。その時、意識が一瞬抜けた。
「レア、あんた後退したほうがいいよ」
「助かった、ベス」
左腕一本で俺を支えるベスの腕力に少し驚く。
「日頃の修行の成果よ」
「間違いない」
俺は頷いたが、後退は選ばなかった。ジェドラングを……蛇の人工魔神をどうにかしないと。
「ジェドラングさんは助けられないの?」
「わからない」
俺の答えに、ベスは溜息を吐いた。
「私たちも限界よ。これ以上引っ張ったら、ジリ貧確定しちゃう」
「わかってるけど」
「その娘の、言う、通り。余力の、ある、今のうち、に、倒さないと」
「逃がしでもしたら大惨事だからねぇ」
ヤミもペルミナと同意見のようだ。ヤミは俺の隣までやってきて囁いた。
「ジェドラングの願いは……消えた」
「消えたって……」
「願いが消えたってことは、死んだってことだよ。生きたい、死にたくない、助けてくれ……その強い願が、今の結界破壊と同時に途絶えた。完全に魔神化してしまったと見るべきさ」
「くっ……!」
ヤミの言葉が本当か嘘かなんてわかりようがない。だけど、そう言われてしまったら、俺は――。
「誰も、悪く、ない」
降りてきたペルミナが俺の肩を叩く。
「二度目の、無痛の、魔法術だ。反動が、大きい、から、覚悟して」
「……ありがとう」
また嘘のように全身の痛みや倦怠感が消えていく。さっき意識が飛んだのも反動のせいか。あれ以上となると、本当に気絶してしまうだろう――俺は覚悟を決めた。今だけもてばいい。
「あなたの手で、倒したい、だろう」
「……ああ」
俺は頷く。せめて、俺がこの手で。それが何の慰めになるかわからないけど。
しかしこの巨体を相手にどう戦えばいい? 俺はゲミトルードを構えて、蛇の魔神と正対する。その遥か頭上にある赤く光る眼による威圧感が半端じゃない。
「先生」
「こいつに願いはない。解願は通じないよ」
「意志がないってことですか?」
「そうとも言える……な」
「てことは、こいつ、どうやって動いているんですか?」
「専門外さ」
ヤミはそう言って、刀の柄に手を掛けた。
ペルミナが再び浮かび上がる。
「たとえる、なら、行動原理は、虫、と、同じ」
「虫と?」
「あらかじめ、決められた、行動パターンで、動く」
――ように思われる、と、ペルミナは追加した。そりゃそうだ。ペルミナだって人工魔神なんて見たことはないだろう。
ウオオオオオオオオオオオオ――蛇の魔神が吼えた。
鼓膜が悲鳴を上げる。だが構ってはいられない。
「いくよ、ベス」
「あんた左から!」
「わかった」
左右から同時に仕掛ける。が、蛇の魔神は巨体に似つかわしくないスピードで応戦してくる。俺の剣も、ベスの槍も空振りだ。左右同時に往なしてくる。さすがは魔神だ。
いい加減焦れてきたところで、ヤミが蛇の魔神の正面に立った。魔神はターゲットをヤミに切り替えた。俺たちからの攻撃はただ回避し続けるのみだ。何しろ異常に速い。移動されると追い付けない。そして俺の出血も止まってはいない。限界が近い。
ヤミが魔神の一撃を回避したその刹那、裂帛の気合と共にその刀を一閃した。
蛇の魔神が右膝をついた。目にも止まらぬ早業で、右の足首を斬り飛ばしたのだ。人間三人をまとめて叩き切るような威力だ。
ベスの槍が魔神の脇腹を突いた。霊槍ラグリスが深々と突き刺さった。魔神が叫ぶ。
「ジェドラングさん、ごめん!」
痛みが戻ってきている。
一撃が限界だ。
「跳べ、オルレアス」
ペルミナの声が聞こえるのと同時に、俺は吼えた。
跳べ!
足腰を叱咤して、跳躍する。
スピードはそのままに、身体が信じられないほど浮かび上がる。
蛇の魔神と目が合う。魔神は俺を見上げている。
ゲミトルードを振り上げる。ペルミナがサポートしてくれているのか、バランスを取るのには苦労しなかった。まだ痛みも少ない。一撃だ。一撃で決める。
「でぇあああああああああああああっ!」
ゲミトルードで一閃する。
着地する。跳ね上がった泥が顔にかかる。
――一呼吸遅れて、巨大な蛇の頭部が落ちてきた。




