13-08. ジルフィムとジムレグ
糸を断ち切ったその瞬間、ペルミナの痛覚遮断の魔法術が完全に解けた。全身を貫く痛みの群れに俺の頭蓋骨の内側が激しくスパークする。耐え難い痛みと傷口の熱さにやられて、意識を飛ばしてしまった。
飛ばしてしまったと理解できたのは、俺が見知らぬ建物の中にいたからだ。火のついていない暖炉、締め切られた窓、部屋の中央のテーブルの上には燭台が一つ。椅子が二脚。
揺り椅子に座っているのは……ジムレグだ。もう見慣れたと言ってもいい。その向かい側に座っているのはヤミと同世代くらいの男だ。この男がジルフィムだろうか。俺と同じ黒髪に褐色の目だ。父さんに似ていなくもない。父さんの若い頃だと言われたら、そうかもしれないと思う程度には似ていた。
「リクシェスをどうするつもりだ」
ジムレグが尋ねた。ジルフィムは落ち着き払って腹の上で指を組み合わせる。
「なに、あの男にはまだまだ利用価値がありますから」
「人工魔神の研究は成し得たであろう?」
「蛇の最終試験としては良い環境です」
「解願師は油断ならぬ相手ぞ。あのテスタロサの複製だからな」
「なぜテスタロサ様はご自身の複製なぞ」
「さぁてな」
年を取ると物忘れをするものだ――ジムレグは眼球のない眼窩をジルフィムに向ける。ジルフィムには臆した様子はない。
「さて、それで、リクシェスをどう使うのかな? お主の身代わりは死んだようだが」
身代わり……。俺はそこで気が付いた。ジルフィムの椅子のすぐそばに、十歳に満たない子どもが一人、仰向けに倒れていた。目を見開き、口から大量の血を吐いていた。呼吸もなく、ピクリとも動かない。――死んでいた。
「あのヒューケイアの盗人がこんな攻撃を仕掛けてくることは自明でしたから、用意しておいてよかったですよ」
そんな。
俺が仕掛けた黒幕への攻撃が、この子どもに命中したということか。その事実に俺はショックを受ける。この子どもを殺したのは俺だ。
「ヒューケイアの名を奪い、聖剣も盗み去った奴らから、ヒューケイアの栄光と聖剣を取り返すことは、我が悲願。蛇遣いのリクシェスにはまだまだ働いてもらわねばなりません」
「あの蛇の魔神でも、あの小僧の一人くらいは倒せるのではないかな、ジルフィム」
「どうでしょうかね」
そう言ってジルフィムは立ち上がる。そして退屈そうに子どもの遺体を爪先で蹴る。
「人工魔神は、すでに量産も視野に入っています。媒体さえ手に入れば」
「村の一つも潰せば十分だろう」
「ええ。しかし、リクシェスは女子供にしか興味がありませんからね。今回の鍛冶屋への一件も説き伏せるのに苦労しましたよ」
こいつら、揃ってクズだな――俺は素直にそう思った。
「あの鍛冶屋は魔導大戦の勇者たちの武器を作った一族の末裔。なぜだ?」
「あの男はどのみち死にます。あとは我が手にあの剣を取り戻すだけです。万が一にも二本目のゲミトルードが存在してはならないから、あの男には死んでもらいます」
「お主、奴に作らせようとしておったではないか」
「今々、ゲミトルードを作る技術があるかどうかを確かめただけです。もしなかったとしても、何らかの方法で製法に辿り着かないとは限りませんからね」
ジルフィムは冷酷だが周到な性格のようだ。
「リクシェスの身体はもうだめですね。あの厄介な魔法術師の結界破壊に使いましょう」
「奴の精神はどうする?」
「ジムレグ様、ちょうどよい受け皿がここに転がっておりますよ」
ジルフィムは死んだ少年の胸のあたりを踏んだ。少年がごぼりと音を立てて赤い血の塊を吐き出した。震えがくるほど、俺の意識が熱くなった。
「まったく、お前はとんだ人でなしだのう」
「ははは、ご冗談を」
ジルフィムは笑いながらまた椅子に座った。
「さて、オルレアス・ヒューケイアを、今度こそ抹殺してやりますよ」
「儂の興味は人工魔神だけじゃよ。あと、あわよくばあのティラールの娘をな」
「なぜティラール家の娘を? 霊槍ファイヴァルレドは行方不明なのでしょう?」
「確保しておけば、槍が見つかり次第すぐに計画を実行できる」
計画? ベスとファイヴァルレドが揃って行えること?
「場所の見当はついておる」
「それは?」
「儂の探知から逃れられるほどの力を持っているものなど、この王国では限られておるわ。ヴィレオリア公爵か、ザルメラ女侯爵。忌々しい二家が結託しておればなおのこと」
「それは厄介ですねぇ。バルツ・ヴィレオリアといえば洋の東西を問わず名の知れた大剣豪。ベルリタ・ザルメラといえば、現王室魔法術師長の後見人を務めておられたお方」
王室魔法術師長――ヴァレスか。あのザルメラ女侯爵とそんなつながりがあったのかと感心する。田舎貴族の俺では考えもつかない話だ。
ジルフィムは薄暗い微笑を浮かべる。
「さて、そろそろ仕上げに入らせてもらいますよ、ジムレグ様」
「好きにせい」
静かに勝ちを確信している二人に、俺は怒りの感情が心の奥底から噴き出てくるのを感じていた。




