13-07. リクシェスとの死闘
束ねられた魔力の糸が切れる。
ぶつんという重い音が雨の広場に響いた。ベスが俺を振り返る。
「レア、どうして」
「元から断たないとダメってこと」
「はぁ?」
一言二言交わすやいなや、俺はジェドラングの方へ視線を向けた。ジェドラングの蛇は確実に暴走を始めている。あのまま放置していたら、魔神が生まれてしまう。
だが、今のリクシェスへの一撃でジェドラングの蛇への魔力供給を止めた。おそらく一時的なものかもしれないが。今の一撃をジェドラングに浴びせていたら、おそらく一瞬の時間稼ぎにもならなかった。
黒幕からリクシェスへ、そしてリクシェスを通じてジェドラングへと繋がる魔力のライン。だが、ジェドラング側から逆流させてダメージを与えようにも、それは微弱なものにとどまる可能性が高い。
俺の横に並んだペルミナが言う。
「いい、判断、だ」
「どうも」
俺の言葉を聞き終わる前に、ペルミナが魔法術を展開した。ジェドラングを包み込むような、光の檻だ。
「動きは、封じる。リクシェスを、殺害、せしめよ。時間の猶予は、ない」
「わかった」
俺はヤミ、ベスと交戦中のリクシェスを凝視する。魔力の糸がまだ虚空と繋がっている。おそらくは黒幕の魔法術、いや、呪術の力で、リクシェスは強化されている。そのくらい強力な魔力の糸が見えていた。
あの糸を斬れば。裏で操っている俺の親戚にもダメージは通る。俺にはそんな確信があった。昔、そんな戦い方でもしたかのような、確かな感覚だ。
リクシェスは強い。ヤミとベスの二人がかりでも決定打を出せていない。むしろ押されている。ヤミが解願の能力を使えばリクシェスの無力化はできるかもしれない。しかしそうなったら黒幕を抑えられない。ジェドラングを救えないどころか、この町が危険だ。
『私の研究の正当な評価もできぬ、愚か者。お前が解願師だなどと、私は認めん』
「それはアタシが自分で名乗ったわけじゃないさ。これはもらった肩書さ、そもそも、ね……!」
ヤミの白刃が閃いた。リクシェスの右目から照射された光が弾き返される。それらは雨に乱反射して消えていく。
『お前たちはジルフィム様の敵。ジルフィム様の大望を妨げる害悪だ』
ジルフィム? 黒幕の名前か? 俺の記憶にはない名前だ。
『小僧、ゲミトルードを渡せ。そうしたら命だけは助けてやる』
リクシェスの全身からどす黒いオーラが放たれる。俺たちはその圧力に押されて、たまらず距離を取った。
「ペルミナ、まだいけるか!」
「ぎりぎり、だ。魔神化しつつ、ある」
「もう少し押さえ込んでくれ!」
「……善処」
不満げなペルミナに心の中で謝罪しつつ、俺は再びリクシェスに向き直った。リクシェスの周りに人間の頭くらいの大きさの二つの球体が舞っていた。赤いオーラを放つ暗黒のそれはひどく禍々しく見えた。
「気をつけな、なんか来るよ」
ヤミの警告が飛ぶ。
その瞬間、その二つの球体が俺たちに高速で接近してきた。
「離れろ!」
ヤミの言葉に弾かれるようにして俺たちは濡れた地面に転がった。直後――閃光、そして衝撃波が続き、石畳がまくれ上がった。砂礫が目と口に入った。
かなりのダメージを受けた気がするが、今の俺は痛みを感じない。ベスは難を逃れたようだ。どうやらあの球体は二個とも俺を狙ってきたらしい。
『しぶとい小僧だ。だが、時間はないぞ! あの鍛冶屋はもうまもなく化け物となる! 私の作り出した人工魔神にな!』
「人工魔神だって!?」
『私は長い間、人間と魔神を融合し、意のままに操る実験をしていたのだ。女子供を素材に、時には生贄にしてな!』
「悪事の白状は、悪人退散の合図だよ」
閃いたヤミの刀が、リクシェスの左肘に直撃する。
『肉体などどうとでもなるわ!』
「化け物め」
リクシェスの左腕が黒い炎に飲まれていた。そしてその中でぐつぐつと再生している。吐き気を覚える光景だ。
「私を忘れてるんじゃないの!」
ベスの聖槍ラグリスが光の軌跡を引いてリクシェスの鳩尾に突き刺さる。
その瞬間、リクシェスの心臓に向けて伸びていた魔力の糸が爆発的に数を増した。なるほど、そうやってサポートしているわけか。俺は怒鳴った。
「ベス、ヤミ、そのままダメージを与え続けて! とどめは任せて」
『小癪な! しかし、いくらやったところで無意味! ジルフィム様がおられる限り、私は不死だ!』
「どうだか」
徐々に痛みが戻ってきた。そろそろまずい。
ペルミナの方はまだ押さえ込んでいるが、傍目にもその結界魔法術が綻んできているのがわかった。こちらもあまり時間がない。
二人の猛攻に晒されたリクシェスは、それでも俺を狙ってくる。リクシェスは防御を完全に捨てている。だが、それでいい。リクシェスが負うダメージが増えるほど、リクシェスに伸びる魔力の糸は多く、太くなっていく。
「ゲミトルード、頼むぞ」
熱く痛み始めた背中からの抗議の声を無視し、俺はリクシェスに肉薄した。
『自棄になったか、小僧!』
燃える左腕を振り回し、全身から血液を噴き出しながら、リクシェスは叫ぶ。俺が目指しているのは奴の心臓。魔力の糸が集中的に突き刺さっている場所だ。
闇色の飛来物が俺の頬を傷つけ、脇を掠め、足首に痛みを走らせる。だが俺は勢いを止めない。止まったら負ける。
ヤミが道を開けた。開けながらリクシェスの胴を払った。血と内臓が吹き上がる。リクシェスのオーラが圧力をかけてくる。接近を阻もうというのか。
「だが! これで終わりだ!」
俺は魔力の糸の束に向けて、ゲミトルードを一閃した。




