13-04. 強烈な願
雨音は止まない。それどころか、さっきにもまして酷くなってきた。建物が水没しないか不安になるレベルだ。近場に農地があれば大変なことになっているだろう。
部屋の中でジェドラングの腕を改めて診察していたヤミは「なるほどね」と何かに得心したようだった。
「あいつめ、アタシが解願できないようにこんなことをしたな」
「どういうことです、先生」
俺は疲れて眠ってしまったベスの無防備な寝顔をちらっと見てから、そう尋ねた。
「動く蛇だけなら簡単に解願できたさ。だけど、ペルミナのこの結界がそれを弾き返してくる。そしてアタシの力ではこの結界を確実に一発で消すことはできない。下手にやれば、ご主人にダメージが及ぶ」
「そんな。じゃぁ、ペルミナはわざわざこの動く蛇を守ったという事なんですか」
「結果的にはね。ただ、ご主人の痛みを取り除くという目的だけは達成されてる」
確かに。とするとやはり対症療法ということか。ただ、その副作用は厄介だ。
「悪魔だと叫ばせているのはどっちの呪法なんでしょう」
「蛇」
一言で断定してくるヤミ。
「蛇を構成する願は恐ろしく強力だ」
俺とジェドラングが唾を飲む。
「ジムレグほどの技術はないから、かなり粗雑な呪術になっているけど、それでもその願……いや、念の強さだけで異常に強力な呪術を形成できている」
「ちょっと待ってくれ、お嬢さん。いま、ジムレグと言ったか? あの屍霊魔法術に手を染めて、討伐されたっていう?」
「そうさ、まぁいろいろあるけど、とにかくそのジムレグ。アタシたちは奴らと縁があってね」
あっけらかんとヤミが言うと、ジェドラングはゲミトルードを名残惜しそうに鞘に収め、俺に返してきた。
「……ヒューケイアとティラールの末裔……そして、あんたは」
「解願師のヤミ」
「解願師……まさか、あの王都とバルーサから追放されたという」
「やれやれ、そのまさかさ。ご主人、本当に情報通だね」
ヤミの言葉に絶句するジェドラング。俺が知らなかっただけで、実はヤミってものすごく有名人なのではないか、と、ふと思った。
「ペルミナの結界があるから蛇は暴走して、悪魔だなんだと口走らせている。逆に言えばその程度で済んでいる」
「結界がなくなったら……」
「ご主人、あんたが悪魔になる。その蛇は寄生虫の卵みたいなものだよ。あんたの中で孵化して、あんたを乗っ取る。確実にね」
ゲミトルードを作れ――謎の老人が彼に最初に出した命令も気になる。何の意図があってゲミトルードの複製を欲しているのか。
「とりあえず状況は理解したよ」
ヤミはそう言うと、俺にジェドラングを送るように言った。
「俺たちは明日もいます。雨で足止めくらっているので」
「解願師と勇者の末裔。どうかワシに元の生活を」
「善処します」
俺は頭を下げ、酒場を出ていくジェドラングを見送った。
闇と雨の臭いに消えていくその大きな背中に、俺はなぜか悪寒を止められなかった。
二階の部屋に戻ると、ヤミがもう一つのベッドの上に座っていた。今は燭台が三つに角灯もあるので、その艶やかな素足が眩しく見える。
「どう、思います?」
開口一番そう尋ねると、ヤミは「そう、だねぇ」と答えを濁した。
「ゲミトルードの複製、というのだけが引っかかる。悪魔を寄生させただけというのなら、まだわかるんだけどねぇ」
「寄生にしたって、なんでジェドラングさんなんです? ゲミトルードの件といい、明らかに鍛冶師を狙ってますよね」
「レア、ゲミトルードが二本あったら何ができる?」
二本……俺と敵が一本ずつ? 武器による戦力差がプラマイゼロになる。
「相殺……」
「ああ」
ヤミは頷いた。
「レア、あんたのその未来予知や夢の力、そして魔力の流れを断ち切る力。それらはゲミトルードなしには行えない。正確にはヒューケイアの血の力と組み合わされなければ何も起こせない」
「だとしたら、ゲミトルードの複製だけがあっても……」
「ヒューケイア家は千年前から続いているんだよ、レア。血を引いてることが条件だとしたら何百何千ではきかない数の子孫がいるはずだ。」
そういえば、キケレアーナもヒューケイアの血を引いてるって……。
「とすると、その老人というのは、俺の親戚……」
遠いか近いかは不明だが、血が繋がっている人物だという事か。
「もしかすると――」
ヤミは声のトーンを落とした。
「あんたの家を襲わせた奴と同じ人物かもしれない」
「なんだって」
俺はヤミの元に二歩近付いた。手を伸ばせば肩に触れられる距離だ。
「何を根拠に」
「あんたの父親からアタシは連絡を受けた。襲撃のほんの少し前だ」
「父さんはどうやって先生に連絡を?」
「アタシは何だい?」
「げ、解願師……」
そしてあんたの父さんはヒューケイアの直系で、ゲミトルードを扱えた――ヤミは続けた。
「あんたの父親は、幾つもの未来を見て、その中で一番マシな選択肢を選んだんだよ」
「そんな……」
「アタシは願いを解く術師。ということは、願いが聞こえなければならない。強く願えばアタシに届く。あんたの父親は夢でアタシのことを知ったと言った。眉唾ものだと思ったが、いざ行ってみたらあんな状況になっていた」
確かにそれならそうかもしれない。
「あんたの父親は、あんたとゲミトルードを守れと言った。だからそうした。その結果が今だ」
「それと、蛇の刺青が」
「強烈な、執念にも似た呪がそっくりだ。前回は駒として使った外道師が倒されてしまったから、今回は周到に準備して自ら仕掛けようということだろう」
「なぜそこまでして俺を……」
「最初はヒューケイア家に対する逆恨みだったのかもしれないね。今は何かもっと不吉な後ろ盾が付いていそうだけど」
「ジムレグとか?」
「そんなとこ」
ヤミはそう言って、自分の隣をポンポンと叩いた。俺は人一人分の距離を開けて、ベッドの端に腰掛ける。
ヤミはニッとした笑みを俺に向けて言った。
「律儀」
「性格です」
俺は苦笑しながらそう応え、大きく伸びをした。
「レア」
「はい」
「あんたの旅の目的が達成されても、アタシたちと来てくれるかい?」
「何言ってるんですか、先生」
俺は思わずヤミを振り返った。しかしヤミの水色の瞳は、冗談を言っている人のものではなかった。
「俺の旅はなんか終わらない気がします」
「そう、か」
ヤミは頷いて立ち上がり、ベスの隣に移動した。
「とりあえず、寝ようか」
「こっちのベッド、いいんですか?」
床で寝る覚悟をしていたのに、少し空回りした気分だ。
「たまにはゆっくり寝な。この案件、ちょっとヤバそうだし」
不吉な言葉を言い残し、ヤミはあっという間に寝息を立て始めてしまった。
「あとは、あの蛇がどの程度のものなのか、か」
蝋燭の火を消し、ベッドに横になると、俺の意識も急激に奈落の底へと引きずり込まれていった。




