13-02. 全身タトゥーの男
街道の分岐点に存在する宿場町は、新旧様々な建物が混在するごちゃごちゃした大きな町だった。雨が来る前にざっと見まわした範囲では、宿屋は勿論、食料品や消耗品を扱う店舗のほか鍛冶屋さえあった。
俺たちと前後するように町に飛び込んできた馬車や旅人も多く、交通の要所としてかなり賑わっているようだった。
宿も三軒目でようやく空室が一つ見つかった。そしてそれと同時に、バケツをひっくり返したような雨が降り始めた。
「旅人さん、こりゃぁしばらく身動きとれねぇよ」
宿の主人が雨音に負けまいと声を張る。
「階段上ってすぐの部屋だ。何日とっとく?」
「この地方の雨は長いのかい?」
ヤミは金貨袋を開いて少し難しい顔をした。ヴァレスからもらった大金があるので、まだ余裕はあるはずだが……?
「二日は続くんじゃないかねぇ。二泊分とるかい?」
「そうしておくれ。アタシたちで手伝えることはあるかい?」
「手伝うから料金まけろっていうのかい、きれいなお姉さん」
「そういうこと」
ヤミは俺たちを振り返る。これは何か手伝わされる流れだ。
「そうだなぁ。あんたたちは腕っぷしに自信はあんのかい?」
「事件でもあった?」
「事件っつか、なんだろうな。だいたい一月前からの話なんだが」
主人は声を潜めた。俺とベスもヤミのそばに寄る。
「鍛冶屋の主人のジェドラングがなんかおかしくなっちまったんだよ」
「具体的には?」
「悪魔が現れた、とか、この町は悪魔に支配されている、とか、お前たちは皆悪魔の手先だ、とか」
「悪魔?」
俺はベスを見た。ベスも俺を見ていた。俺は身を乗り出す。
「鍛冶屋のその人、怪我とかは?」
「いや、ない。肉体的にはぴんぴんしてらぁな。その前日にはそこの酒場で俺も話をしているんだが、その時は何もおかしなところはなかった」
「それが突然の悪魔被害妄想……」
俺は唸る。悪魔、という単語が良くない。魔神の一種でも出たのか。でもだとしたら、この町くらいなら一発で壊滅していてもおかしくない。何が目的なんだ? それともただの何かの病か呪いに当たってしまったのか。
「その方だけですか? そういう事を口にしているのは」
「俺の知る限りじゃあな。いったん部屋に荷物を置いてきな。もうそろそろ爺さんやってくるぜ」
「わかりました」
俺は頷くと、ベスと荷物を分け合って部屋に運び込んだ。ヤミは雨戸を締め切られた窓辺に立ち、旅装束を脱ぎ捨てた。旅の初期こそ俺に遠慮してなのか、少し隠れて着替えていたヤミだが、今となっては遠慮がない。ヤミは一切の躊躇なく下着姿になった。部屋には小さな蝋燭の灯りしかないから、どうせよく見えないのだけど。
「ちょっ、何ボケっと師匠の……見てんのよ。出てけ出てけ!」
ベスによって部屋の外に蹴り出されてしまった。薄暗い廊下で待っていると、階下がにわかに騒がしくなった。酒場の開店時間になったようだ。
「お待たせ。次あんた着替えて良いわよ」
ヤミとベスが部屋から出てきた。ヤミは前の町で調達した薄手の男物のラフな上下。ベスは今流行のロング丈の赤いワンピース。ベスは武器を持っていない。どうせこの建物の中で槍は振るえない。
俺はお言葉に甘えて部屋の中でさっさと着替えを済ませる。これもヤミと共に選んだ一般服だ。農民から商人まで幅広く着られているが、貴族がこのシンプルなデザインの服を着用することはない。
蝋燭の火を消すと部屋が真っ暗になった。予想以上の暗さに、俺はやや慌てて外に出る。栄えているように見えるこの街でも、窓に硝子は嵌っていない。
階下にある酒場は早くも大賑わいだった。この大雨の中、わざわざ酒を飲みにやってくるなんて、どれだけ酒が好きなんだと俺は閉口してしまう。
俺たちは隅っこの円卓に陣取って、軽めの夕食を食べた。外の土砂降りの音はすさまじく、酒場の喧騒さえ打ち消さんばかりだ。
「髭面がいっぱい……」
水を飲みながら、ベスが呟く。確かにどこを見ても清潔とは言えない髭面の男たちばっかりだ。早くも酔いが回ってきたと思しき姿も散見される。
その時、扉が開くなり――。
「悪魔じゃ!」
男の怒号が響き渡った。静まり返る酒場だったが、すぐに酔っ払いたちの笑い声で塗りつぶされた。
「あの人かな」
俺は立ち上がりかけて、腰が引けた。その大柄な人物は、腕や首のみならず、坊主頭の頭皮、それどころか顔にまで意味不明な幾何学模様が彫り込まれていたからだ。まともな神経ではあんなに刺青を入れたりしないだろう。
遠くにいる宿の主人と目が合った。彼は男の方を指差して頷いてみせる。俺は改めて立ち上がりながらヤミを見た。
「そうらしいです」
「ご立派な顔だね」
ヤミは肩を竦めた。ベスは「無理無理無理無理」と小さく震えている。刺青のことだろう。
「とりあえず、ジェドラングさんに話を聞こう」
「任せた、レア」
ヤミはそう言って、干し魚を頭から齧った。
仕方ないなぁと呟いて、俺はなお入り口で大声を張り上げているジェドラングに近付いた。
「あの、ジェドラングさん?」
「なんじゃ。見かけない顔だな、小童」
「レアって言います。ちょっとお話を聞かせてもらえればと思って」
「なに、ワシの話を聞いてくれるのか」
喜色満面――と言いたいところだが、その刺青がグネグネと動いて、ひどく不気味だった。慣れたいところだが、難しいかもしれない。
俺はとりあえずジェドラングを俺たちの円卓へと案内した。
「おおこれは美しいご婦人と娘さんじゃ」
「怖……」
あからさまにおののいているベス。ジェドラングはそれに気付かなかったのか、遠慮なく近くのテーブルから椅子を引っ張ってきて座った。俺もジェドラングの隣に腰を下ろす。
「それで、さっきの悪魔、というのは?」
自分の白く長い髪の毛を結びながら、ヤミが単刀直入に尋ねた。その氷の視線は、ジェドラングの赤茶の瞳をまっすぐに撃ち抜いていた。




