13-01. 立場と役割、そして求めるもの
そういえば、ハイザルク男爵は霊話石を破壊し、ゲドルタの小鍵を生成して、その結果死んだ。なら、ジェスガルディア要塞と対になるガラーティア要塞の管理者であるキレーネ男爵はどうなったんだろう。
あの夜、俺たちは確かに西の空が輝いたのを見た。その場所こそ、ガラーティア要塞だったのだという。キケレアーナはジェスガルディア要塞にいた。そしてハイザルク男爵に霊話石を破壊させた。じゃあ、ガラーティア要塞は誰が? キレーネ男爵は無事なのか?
道すがら、俺はそんな疑問をヤミにぶつけてみた。のんびりと先頭を行くヤミは頭の後ろで両手を組んだ体勢で、左後ろにいた俺に気怠げな視線を向ける。
今日は珍しく曇り空だ。夏も最盛期を過ぎる頃で、ほんの少し過ごしやすくなってきた。とはいえ、俺の住んでいた場所よりも南部に位置するこの地方は年中温暖のはずだ。この辺りまでは冬も雪はあまり降らないと、前に立ち寄った宿場町の酒場で耳にした。しかし、もう少し南に行くと、ジェイルムド山脈の影響でかなりの豪雪地帯になるらしい。ここの街道の南には人もほとんど住んでおらず、その数少ない集落は、雪が降ると文字通り陸の孤島と化すのだとか。
ある意味、大規模な魔法術を行使するならうってつけの立地だと言えないでもない。二十年前の魔導攻防戦のように。
「ここまでキレーネ男爵がどうこうしたっていう話はなかっただろ。人の口に戸は立てられないから、ここまでそんな噂話が聞こえてきてないってことは、男爵は無事っていうことだね」
「じゃあ、霊話石はどうやって……。ていうか、各地の霊話石は無事なんですか?」
「ジェスガルディアのに比べたら、どこのもずっと小さいからね。破壊してまで得られるメリットがあんまりないんじゃないかねぇ。アタシもアレが破壊できるなんて考えたこともなかったから、推測に過ぎないけどさ」
ヤミにしては歯切れの悪い回答だった。俺はベスの左手を引きながら足を動かす。手を引いたのは、道が結構急な上り坂になっていたからだ。
「坂を上り切ったら休憩にしよう」
ヤミはそう言ってスタスタと先へ行ってしまった。
「あ、あの」
ベスが固い声を発した。
「手、大丈夫だから」
「あ、ごめん。汗かいてたかも」
「そう、じゃない。ちょっと恥ずかしい」
視線を感じて道の先を見ると、ヤミが後ろ向きに歩いていた。俺たちにニヤニヤとした表情を向けている。その意味を理解した俺は、しかしベスの手を離さなかった。ちょっとだけムキになっていたかもしれない。だって、苦労している女の子を助けるのは男の義務だろう?
「はい、お疲れお疲れ」
ヤミは街道から外れた草原に腰を下ろした。この辺りでは、植物も昆虫も、特に異常はない。治安も悪くなく、夜間も含め、一日三回は見回りの騎士たちと遭遇した。これでは盗賊たちも出てこられまい。キレーネ男爵はしっかりした政治を行っている人物のようだ。
前の町で調達したリンゴを豪快に丸かじりしてから、ヤミはベスを見た。
「ベス、探し物占いをしてくれないかねぇ? この先、西と北に道が分かれてるんだ」
「はい、師匠、すぐに」
「リンゴ食べてからでいいよ」
ヤミはそう言って、自分の荷物袋から赤く色づいたリンゴを取り出した。ヒューケイアの領地でも教会の敷地でリンゴが植えられていたけど、収穫期は秋だったはず。この地方のリンゴの品種は極早生種なのだろうか。それとも気候の影響だろうか。
俺たちは黙々と曇天の下でリンゴを食べた。
「チーズも行っとく?」
「いただきます」
ヤミの提案に秒で乗り、俺とベスはナイフで乱雑に切り分けられたチーズ塊を口に入れた。食べ慣れたチーズとは味も食感も違ったが、それでも空腹をごまかすには十分な代物だった。
「あんたさー」
ベスが占いの準備をしながら言った。
「下級とはいえ貴族なのに、腰低いよね」
「あんまり意識したことないんだよね」
俺は言う。屋敷には少なくない数の領民が出入りしていたし、使用人だって当然みんな平民だ。俺たちは家族で普通に町に買い物に行ったし、催事にも積極的に加わっていた。近所のおばさんたちには小さいころから可愛がってもらっていたし……。
「私たち貴族には平民にない責任があるんだから、もっと威厳を持っても良いと思うんだけど」
「それはどうかなぁ」
とか言っているベスだって、普段は貴族らしさなんて全然感じさせられない。町の人々に横柄な態度を取ることもない。
ベスはコインを握りしめ、少し目を閉じてから言った。
「まぁ、でも、魔導大戦の勇者たちだって、もとはと言えばそこらの人々の寄せ集めだもんね」
「うん。貴族には責任があるけど、貴族が豊かでいられるのは平民が豊かであってこそだよ。そこに人間としての上下の差はないさ」
俺がそう言うと、手入れのためか、刀を抜きながらヤミが言った。
「そうは感じていない貴族もいるけどねぇ」
「大貴族になればなるほど、市井の人々とは距離が遠くなって、その声が届かなくなるんだと思います」
大貴族……。ディーレニア王国の大貴族といえば、勇者の末裔の直系にして、王国西部の多くを支配下に置き、南部のベルヌード大帝国との国境防衛を一手に担うバルツ・ヴィレオリア公爵。
そして街道整備をはじめとした国家事業の大半に関与し、その疾風迅雷の仕事ぶりに王家も絶大な信頼を置くというベルリタ・ザルメラ女侯爵。
この二家がなければ、王国は国体を維持できないとさえ言われている。少なくとも俺は父さんからそう聞いて育った。
現に南の覇者・ベルヌード大帝国は建国以来、虎視眈々と侵略の機会を窺っているが、その目論見は五百年以上にも渡って全て阻止されている。
そしてザルメラ女侯爵のおかげで俺たちは快適な旅をすることができている。両家が莫大な富をため込むことなく、王家のために惜しげもなく巨額の資金を投じているからこそできていることだ。
「大貴族の社会貢献は誰も評価しないんだよ」
ヤミは言った。
「それは彼らがやって当然だからね。人々が求めるのは今日を生きるためのパンとスープ。そして娯楽なのさ」
「立場の差ってやつですか」
「そう、立場の差。役割の差。人は誰も、自分とは違う立ち位置にいる人間を正当に評価することはできないんだ」
ヤミの言葉にはうっすらと憐憫の情が感じられた。クラッドノウトを倒してから早、二週間。その間に、彼の叫びは、主張は、俺の記憶の中では悲しいほど客観化されてしまっていた。
雲の流れが速い。これは早々に雨が来るかもしれない。次の町まで持つかどうか。雨の旅路は気が滅入るから本当にやめてほしい。
ベスが羊皮紙の中央に置かれた銀貨に向けて、銅貨を落とす。銅貨はカチンと弾け、不自然な軌道を描いて着地すると銀貨の周りをくるくると回った。
最終的に止まったのは、「北北西」だった。
「よし、次の宿場町で泊まったら、次は北に向かおう」
「えーと、ここから北に向かうと何がありましたっけ」
俺が言うと、ベスがいきなり俺の頬をつねった。
「寝ぼけてるの、あんた。ここから北北西っていったら、王都じゃん」
「いてて」
そうか、もうそんなに西に来てたのか。
俺は初めて見る王都に、少しだけ思いを馳せた。




