12-07. 救済
俺は半ば砂に埋もれていた。指先を動かすのにも気合がいるほど、全身が痛い。
無理矢理目をこじ開けると、すぐそこにベスがいた。そのすぐ前には砂人間――クラッドノウトがいて、ベスに対して猛攻を加えていた。
まずい……!
反射的に俺は立ち上がっていた。耐え難い痛みに、ゲミトルードを取り落としそうになりながら。
「レア! よかった!」
ベスの声が響く。一瞬だけヤミを窺うが、こっちは大丈夫そうだった。
砂埃が舞い上がる中、俺はベスの槍術を邪魔しない位置につける。
「身体、大丈夫!? 派手に直撃喰らってたけど」
「死ななかったのが不思議……」
ダメージを確認すると、胸に一撃喰らっていた。ちょうど心臓のあたりだ。
ゲドルタの小鍵……。
内ポケットに入っていたゲドルタの小鍵は、まだそこに収まっていた。だが、もしかするとこの小鍵の何らかの力が直撃を防いでくれていたのかもしれない。
『小僧、なぜ生きている!』
「まだ死ぬ時じゃないってことだよ……!」
俺はそう言い返すと、再びクラッドノウトから伸びている魔力の糸を断ち切った。遠隔攻撃や触手攻撃を封じ続ければ、あとはベスが……。
いや、それはダメだ。
クラッドノウトの過去を知ってしまった以上、クラッドノウトの念を断ち切るのは、俺でなければならない。
「ベス、退がって!」
「一人でやれる相手!?」
「やらなきゃ、ダメなんだ」
俺はベスとクラッドノウトの間に強引に割り込んだ。ベスの槍を邪魔することになるが、今はそれでいい。
「――なんか見たのね?」
「後で話す」
「わかった」
ベスは素直に退いた。俺を信じてくれたのが嬉しかった。
『二度目はないんだよ、小僧!』
「そっくりお前に返す!」
クラッドノウトは触手を諦めたのか、両手に曲刀を持っていた。二刀流だ。
その攻撃はベスなら槍の射程で互角に渡り合えるが、俺には不利だ。攻防の手数が違い過ぎる。そしておそらくパワーも負けている。
クラッドノウトの内にあるのは怒りだ。それもとびきり強烈な。
『ジムレグ様の計画を邪魔する輩は、全て消し去る!』
「俺はあんたの過去を知ってる」
『……!?』
クラッドノウトの動きが一瞬、止まった。
『戯言を。目撃者などいない』
「それでも、俺は知っている。あの砂漠の城塞都市で何が起きたのか。なぜ起きたのか」
『はははっ、当てずっぽうも神憑りだな。良いか、小僧。俺に過去などないんだよ!』
「それは……覚えていたい過去がないだけだ!」
斬撃を弾き返して、俺は怒鳴る。だが、クラッドノウトはすぐに体勢を整えて打ち込んでくる。
『同じこと! 俺に過去を思い出させるな!』
「これ以上、罪を重ねるな、クラッドノウト!」
『黙れ!』
二合、三合、俺たちは刃をぶつけ合う。
『一人殺せば十人殺したとて同じこと。十人殺したならば千人殺したところで、もはや罪の色は変わらない!』
「なぜだ、あんたは被害者だったはずだ!」
『だから何だ。被害者は死ぬまで被害者でいろとでもいうのか!』
砂でできているクラッドノウトの表情はわからない。
『俺はな、この世界に復讐をしたい。そしてこの俺にそう仕向けたのも、ほかならぬこの世界だ! だからこそ、俺はジムレグ様をお救いした。だからこそ、俺はジムレグ様に従った』
「そんなの間違えている! 世界にはあんたのことなんて何も知らない人が大勢いる。まったく無関係な人の方が多い。平穏に平和に暮らしている人間たちに、あんたのその復讐を押し付けるのは間違えている!」
目にも止まらない斬撃が矢継ぎ早に飛んでくる。予知能力が発動していなければとっくに微塵切りにされているところだ。
クラッドノウトはイライラとした声音で叫ぶ。
『知らぬことが罪。今なお人は罪を重ねている。俺とジムレグ様は、その罪咎罪過の全てを世界に贖わせ、より完璧にして無垢なる世界を創ろうとしているのだ!』
「あんたたちの作る世界? それこそ独り善がりじゃないか。あんたたちが無垢でも純粋でもないのに、どうやってそんな純白の世界を創れるって言うんだ」
『魔導大戦を引き起こす』
「なっ……!?」
絶句する。
『世界を巻き込む拡大版魔導大戦の勃発! 人々は絶望の内に希望を見つけ、手を取り合い、一つになり、自浄作用をはたらかせ、その結果、人間同士の全ての争いはなくなるだろう! 千年前のように!』
「大勢の人々が死ぬことになる!」
『そうなるだろうな! だが心配は要らない! ゲドルタによって人々は公平に生まれ変わる!』
「どうあれ、魔導大戦なんて絶対に認めない!」
『お前がどうだろうと関係ないんだよ!』
鍔迫り合いにもっていかせてはまずい。押し負ける上に斬撃も浴びる。
俺は距離を取りながら慎重に構える。
『人々には定期的な荒療治が必要なのだよ! 敵を作ることで、人間は一丸となれる!』
「それなら魔物を駆逐したらどうなる。今度は人間の内に敵を作るのか!」
『何度でも魔導大戦を引き起こせばよい。世代がいくつか交代し、記憶が薄れた頃にもう一度、という具合にな!』
「永遠に終わらない悪魔のサイクルじゃないか!」
『人間の愚かさの方にこそ、文句を言うべきだぞ、小僧!』
クラッドノウトの両手の曲刀が宙を舞った。それは極めて不自然な軌道で、俺の首に向かって飛んでくる。ゲミトルードで弾き返しても、またすぐに飛んでくる。
「さっきから聞いていれば」
飛んできた曲刀の一本が地面に転がった。ヤミが刀で叩き落したのだ。それはカタカタと唸りを上げていたが、再び舞い上がることはできなかった。ヤミが魔力で押さえつけているのだろう。
「あんたたちの狙いはよくわかった、クラッドノウト。だけどね、それを成就させてやる義理は、少なくともアタシにはない」
続けてもう一本、曲刀が地面に突き刺さった。相変わらずの恐るべきヤミの早業だ。
「レア、あんたがやりたいなら最後まで面倒見な」
「はい、先生」
俺は頷くと、ゲミトルードを構えなおした。受けたダメージと疲労が重なって、左の手首がガタガタと言っている。切っ先の位置も安定しない。
「俺があんたを救ってやる。その地獄から!」
『生意気を言うな! 俺が救われるのは、世界が滅亡の淵に落ちた時だ!』
「だったら永遠に地の底で苦しめ! 大深淵よりも深い場所で!」
クラッドノウトから砂の槍が幾本も伸びてくる。だが、俺の目には魔力の糸が見えている。一瞬先も見えている。避けることも、破壊することも思いのままだった。
確実に距離を詰める俺に、クラッドノウトは次々と攻撃を繰り出してくる。が、その度にそれらの攻撃手段たちは砂になって風に消えていく。
『馬鹿な』
クラッドノウトを構成していた砂が明らかに少なくなっていた。
肉薄してゲミトルードを振るうと、金の衣装が完全に消し飛び、その身体を構成する砂も大半が消えた。
「心、臓……?」
強く脈打つ赤い物体が、浮かんでいた。
『やめろ、小僧! 俺の、俺とジムレグ様の願いが!』
「……ゲドルタは公平、なんだろう?」
俺は一つ息を吐くと、浮かぶ心臓にゲミトルードを突き刺した。
『そんな馬鹿な! 俺はまだ世界への復讐を終えていない! ジムレグ様ぁっ!』
それがクラッドノウトの断末魔だった。
「終わったか」
ヤミがクラッドノウトの残した金色の衣服の断片を見下ろしながら言った。
俺は頷く。そんな俺の右肩に、ベスが手を置いてくれた。俺はゲミトルードを収め、首を振りつつ言った。
「奴がしてきたことはひどいことだし、これからしようとしていたことは、もっとひどいことだった。だけど、俺は……」
「私はあんたが間違えていたとは思わないよ、レア」
ベスが囁いた。俺は肩に乗ってるその手に触れ、胸に溜まった熱い空気を吐き出した。俺はどうにか言葉を絞り出す。
「救えなかった」
「当たり前さ」
間髪入れず、ヤミが言った。
「あんたが救えるような相手じゃなかったよ。あれはもう人間じゃない、化け物だ。たとえその過去に何があったとしても、あいつはもう人間の言葉が通じる相手じゃなくなっていた。憎しみと怒りに任せた毎日は、あいつには地獄みたいな日々だっただろうさ」
推測だけどね、と、ヤミは付け足した。
「俺は間違えてなかったんだろうか……」
「アタシの保証でよければ、ちゃんと請け合ってやるよ」
「私も」
二人の女性の言葉に、ようやく俺の肩の力が抜けたのを感じた。
耐え難い痛みと眠気が同時に襲ってくる。
「レア!?」
「今は寝かせといてやろう」
二人の声が、俺の脳内で柔らかく反響したのを感じた。




