12-05. 二正面作戦
ここでクラッドノウトか!
周囲を取り囲む砂の山、否、壁に、俺たちは完全に閉じ込められた。ヤミの能力のおかげか、圧死させられるような距離感ではなかったが、それでも恐ろしいほどのプレッシャーがある。
確保できているスペースは一般的な民家程度の領域だ。今ならまだ自由に動き回れる。
だが、動き回ってどうなるっていう話でもない。
「このまま圧死させるつもりでしょうか、師匠」
「クラッドノウト単体では不可能だけど、可能性はあるねぇ」
だが――と、ヤミは右手の指を鳴らした。途端に砂の山が崩れ、溶けるようにして消えた。砂粒の一つも残らなかった。
終わり……?
さっきまでと変わらない風景が広がっている。ひたすらに街道が西に向かって伸び、小さな丘を登ったところで途切れて見える。
「?」
だが、違和感があった。風がないのだ。太陽は変わらず照っていたが、そこから送り込まれてきていた痛いほどのエネルギーも感じない。
ベスが不安げに俺を見て、呟いた。
「大気が死んでる……」
俺は頷く。さっきの砂壁はそれを気取らせないための策だったのかもしれない。
「やれやれ」
ヤミが俺たちを振り返る。
「まさかアタシたちを空間ごと結界に取り込むとはね。こいつは厄介かもしれないよ」
「厄介……?」
紫の霧――俺の意識が紫色の霧で覆われる。俺は間髪入れずに叫んだ。
「霧に触れるな!」
叫んだと同時に、四方八方から紫色の霧が現れ、風もないのに地面を這うように迫ってきた。
夢で見たのと同じだ。前国王夫妻を殺したのも、この紫の霧だ。
そしてこの霧の化け物を撃破したのは、ヴァレス、マリア、ペルミナの三人がかり……。
「こいつが、ゲドルタ・ブラウが送り込んできた化け物です!」
「ゲドルタ・ブラウ……!」
さすがのヤミの声も固い。
「だが」
ヤミは右手を開き、思い切り地面を叩いた。ヤミを中心に衝撃波が放たれる。俺たちの立っている地面の周りが削れた。二段階、三段階とヤミが立っている地面が陥没し、衝撃波が上乗せ強化されていく。迫ってきていた紫の霧が吹き散らされる。全方位にいる霧はのたうつように揺らぎ、そして消える。
「やった?」
「まだだよ、ベス」
俺は唾を飲みこむ。鳩尾のあたりに違和感を覚えるほど、俺は緊張していた。
「霧は前哨戦だ」
しかし、ヴァレスたちが三人がかりで晴らした霧を、ヤミはたったの一人で撃退してしまった。恐るべき魔力量が使用されたことはわかっている。
魔力量……。
使われる魔力が膨大になれば、ジェイルムド魔導攻防戦の再来だ。
「うわ」
ヤミが思わず声を上げた。俺たちの前に出現した、醜悪な物体に対しての侮蔑の声だ。ベスは「うっ」と口元を押さえていた。俺はゲミトルードを構えて二人の前に出る。
人間をめちゃくちゃに繋ぎ合わせ、その天辺に二つの異様な眼球がある。色を変化させながらうねり続ける、生理的嫌悪感しか抱けない眼球だ。夢で見たままのその異様さを前に、目が眩む。そもそも人間十数名を組み合わせたくらいの大きさがあるから、そのスケール感にも圧倒されてしまう。
夢の中は安全地帯だった。
しかし今は生命の危機だ。
その差は大きい。
ゲミトルードを握る掌に、嫌な汗を感じる。
その人間の顔たちが一斉に口を開いた。見開かれた目――その虹彩がビクビクと動き回っている。
「退がれ!」
ヤミに思い切り肩を引っ張られ、俺はたたらを踏む。それらの口から紫の煙が吐き出され、見る間に鞭のような代物に変じた。いいや、長い舌のような感じだ。
「物理攻撃ならやりようはある」
ヤミは俺を押しのけて前に出ると、襲い掛かってきた舌をまとめて切り払った。
「すごい」
「褒めても何も出ないよ」
ヤミは油断なく第二波、第三波を防ぎきる。どういう動体視力をしているんだと冷静に考える俺がいる。目で見て対応するという次元を超えている。
ヤミの刀から光の刃が飛んだ。
「魔法術と居合を……!」
「使えるモンは何でも使うさ」
ヤミの怒涛の攻撃が化け物を襲う。化け物を構成する人体がズタズタに切り裂かれ、消失させられていく。見る間に化け物は小さくなっていく。
「出る幕ナシだね、私たち」
「強すぎるんだよ、先生は」
そう言いながらも、俺たちは周囲への警戒を怠らない。こんなに楽に話が進むはずがないからだ。
「やっぱり……そうはいかないか」
俺はベスと頷き合い、ヤミに背を向ける。背後に奴が――クラッドノウトと思しき敵が出現したのだ。砂でできた人形のような姿をしている。その砂人間が身に着けている衣装は、悪趣味なほど金ピカだった。
「そっちは任せるよ、レア、ベス」
「はい、師匠」
ベスはそう言ってラグリスを構えなおした。俺もゲミトルードを担ぐように構える。
『エリザベス、おとなしくこっちへ来るなら、他の二人の命も保障するんだがねぇ』
「いやよ」
『金で解決しても良いがねぇ』
「いやよ。私たちは貧乏なくらいでちょうどいいのよ」
ベスはラグリスの穂先をまっすぐにクラッドノウトの胸元に向け続けている。一瞬もブレない。痛いほどの殺気がベスから漂ってくる。
『手足の一本くらいもぎ取っても構わないんだよねぇ。痛い目にあいたいのかなぁ?』
「やれるもんならやってみなさい」
『小娘が』
舌戦はベスの勝利だ。ここから先は俺の出番だ。
クラッドノウトから伸びてきた二本の触手状の何かをゲミトルードで叩き切る。が、相手は砂だ。切っても意味がなかった。
「なるほど?」
「ひとりで納得してないで、ちゃんと防御してよね」
「ごめん、ベスならどうにでもできると思って」
「ま、まぁ、そうだけど」
超高速で振るわれたラグリスが、旋風を巻き起こす。クラッドノウトの触手が粉砕される。だがすぐに再生される。
魔力だ。魔力の糸。それを見つければ、この鬼ごっこは終わる。
触手が俺に向かって伸びてくる。
「見えた」
クラッドノウトに肉薄しなければ斬れない。
「ベス、援護」
「わかった」
返事と同時に、ベスが突進した。ラグリスを得て、ベスの戦闘力が飛躍的に向上していた。しかしそれはラグリスの力だけではない。ベスの実力との相乗効果だ。
「はぁっ!」
ベスの裂帛の気合が響き渡る。打ち下ろされたラグリスが、その衝撃で地面を削る。石畳が弾け飛び、道がまっすぐに裂ける。それはクラッドノウトに直撃し、その金ピカの衣装をボロボロに引き裂いた。
『おのれ、俺のお気に入りを!』
隙だ。
クラッドノウトから触手に向かって伸びる魔力の糸を、ゲミトルードが断ち切った。
『こいつっ、何が見えてる!?』
「今度は仕留める!」
前に戦った時は、俺にはまだ躊躇があった。人を殺すことに対する躊躇は今でもある。だが、クラッドノウトは……例外だ。死体を道具にして弄び、多くの罪なき人を殺してきた。誰かが断罪しなくてはならない。
『甘いんだよ!』
「ッ!」
ゲミトルードがクラッドノウトの首を捉えるまさにその瞬間、俺は確かに油断した。




