12-02. ゲドルタ・ブラウの人形
ペルミナの一撃によって発生した土煙が収まった後になってようやく、ヴァレスが姿を現した。ペルミナの戦闘は始まってから数分と経っていないことを考えると、ヴァレスは瞬間移動の魔法術を使ったのかもしれない。
「無事ですか、ペルミナ」
ペルミナは「しくじった」と答えた。
「いえ、王女が無事なら任務は完遂です」
「魔神ゼブラドウスは、しばらくは、動けない」
「ゼブラドウス……上出来も上出来です」
ヴァレスは何かを噛み締めるように言って、すぐにジェミニア王女の元に駆け寄った。
「ヴァレス、お父様とお母様は!」
「力及ばず……」
「……オロヴェディア辺境伯の差し金でしょうか」
ジェミニアの表情はまるで鉄の仮面のようだった。その声にはわずかな震えが感じられたが、それでも今の襲撃を凌いだとは思えないほど冷静だった。
「オロヴェディアは完全にハーワール帝国に寝返りました。今、王都を中心に強力な魔力の嵐が吹き荒れています」
「その意味するところは何ですか、ヴァレス」
扉の外の空を見て、表情を曇らせるジェミニア王女。渦を巻く暗雲が、王都の空を覆い尽くしていた。
「この王都に王家転覆を目論む強力な術師がいると見るべきです」
「あなたを出し抜けるほどの……?」
「ええ」
頷いて、ヴァレスは唇を噛んだ。
「お父様とお母様を殺した者は」
「おそらく、人、では、ない」
ペルミナが四本の戦斧を消し去ってからそう言った。ヴァレスが険しい顔でペルミナを見た。
「人ではない?」
「はい。国王夫妻に、呪術を施した、モノは、人ならざる、存在」
「人ならざる……」
ヴァレスとジェミニアの声が重なった。
「そいつらは再び来ないと言えると思いますか、ペルミナ」
「来る」
これ以上なく短い、明確な回答。ペルミナは言葉を続けた。
「マリアが、帰ってこない、と、厳しい」
「しかし敵は待ってくれません」
ヴァレスはジェミニア王女に一瞬視線を送り、周囲を注意深く見回した。俺もつられて見回すが、特に何も感じられない。しかし、ペルミナは黙ってジェミニア王女の背後に回り、背中合わせのように立った。警戒しているのだ。
「ヴァレス、敵、は……ゲドルタ・ブラウ」
ゲドルタ……?
「ペルミナ、まさか」
「間違いない、ブラウ。ヘクサでも、イレグでも、ない」
新しい情報が続々と湧いてきて、俺は少し混乱する。
「――いずれにせよ厄介に過ぎますね」
ヴァレスは厳しい顔で言った。ゲドルタの名を冠されている、人ではない呪術師……?
「解願師を、手放すべきでは、なかった」
「ヤミは……しかし」
考えてみれば、ヤミの旅の目的って何だったんだろう。この頃にはすでに、ベスと旅をしているはずだ。もしかして、ヤミがベスと旅を始めたことすら、このことと何らかの関係があるのではないだろうか――そんな疑念すら湧いてくる。
「ヤミが王都を追放されたのは七年以上も前の話です。彼女も彼女の役割があってそうした」
「……くだらない」
ペルミナの手厳しい一言がヴァレスに刺さる。ペルミナは続けた。
「ゲドルタ、に、至る道を、探し、求める、だなんて……!」
ゲドルタに至る道……?
「いずれに、せよ、人の身で、至るのは、不可能な、領域」
ヴァレスは「ふぅ」と息を吐いてから言った。
「しかし、その道が開かれれば、この国は、いえ、この世界はもっと豊かになるでしょう」
「どう、だろう、か」
ペルミナは感情的に反論しているのか? 彼女の平坦な口調からは、それを読み解くことはできない。
「王女、僕が結界で守ります。ご安心ください」
「信じています、ヴァレス術師長」
「光栄の至り」
ヴァレスは頭を下げると、すぐに腰の剣を抜いた。
「ペルミナ! マリアが合流するまで時間を稼いでください」
「ゲドルタ・ブラウ、は、強大」
「それでもです」
「承知、した」
ペルミナが二本の戦斧を出現させた。先ほどのものよりも、明らかに刃の輝きが強い。
バタンと音を立てて扉が閉まる。明り取りの窓から差し込む陽光はない。王都はもうすっかり闇に覆われていたからだ。
室内に紫色の煙が満ちてくる。いや違う。これは煙というよりは触手だ。結界に守られたジェミニアを避けるように、ヴァレスとペルミナを追っている。そうしている間にも室内の煙は増え、濃くなってきている。
ペルミナの戦斧が触手を叩き切るが、相手は気体。すぐに再生してしまう。
「奴の本体は」
「ここには、ない。遠くから呪法で狙って、いる」
「ということは、こいつはゲドルタ・ブラウ本体には劣ると考えられますね」
空中のヴァレスの両目が鋭く輝いた。
「僕が攪乱するから、君は奴の核を撃て、ペルミナ」
「城を、壊す、気か?」
「王女が無事であればどうとでもなりますよ!」
「……わかった」
ペルミナは応じる。
「私も、本気で、やろう」
その途端、ペルミナの周囲に光の輪が生じた。それに触れた紫の触手たちは、次々と千切れて消えていく。
天井付近で、ヴァレスの動きが止まった。すかさずそこに十数本の触手が伸びていく。その触手をペルミナの二本の戦斧が切り伏せていく。ペルミナはその身体にそぐわない巨大な斧を手に、まるで踊っているようだった。そしてその斧は確実に触手を捉えていく。もっとも、切ったところですぐに再生されてしまうのだが。
「神撃の乱殺」
いつぞや見たヴァレスの魔法術が発動した。現れた無数の剣たちは、天井をぶち破り、壁を破壊し、床を砕いた。一切の加減を捨てたあまりにも強大な威力の魔法術を目にして、俺は思わず息を飲んだ。
紫の煙がダメージを逃れようと壊れた壁から外に逃げ出していく。
これが、核……!?
図らずも目が合った。それは悪趣味としか言いようのない物体だった。何十人分かの人間の身体を無茶苦茶に接続したらこうなる――そんな物体の頂上に目玉が二個生えていた。病気のカタツムリを思わせるその目玉は、グネグネと色を変えながら、膨張と弛緩を繰り返していた。
「ペルミナ!」
王女と怪物の中間に降り立ったヴァレスが、その剣を構える。ヴァレスからただならぬ量の魔力が噴き出したのが感覚的に理解できた。
「ヴァレス様!」
その時、壊れた扉から入ってきたのがマリアだ。黒い長髪を振り乱してやってきた彼女のそのオパールの瞳から炎のように魔力が噴き出している。
「煙に捕まらないようにしてください、マリア」
「承知!」
三対一。しかし、怪物の能力はわからない。ゲドルタ・ブラウなる存在が送り込んだ何かだというのなら……。
「僕は王女を守るのに全てを使います。ペルミナ、マリア。その怪物を撃破してください」
ヴァレスが王女を守ろうとしたのは紛れもない事実。
ヴァレスが国王と王妃を守れなかったのも紛れもない事実。
しかしヤミは、そのことを責めていた。恨みに思っていた様子さえある。
気が付けば周囲は紫色の霧に飲まれ、俺の視界はゼロになり、立っているのかどうかさえ分からなくなり――。




