12-01. 悪人
また、夢か。
俺は見知らぬ建物の中にいた。絨毯や柱の彫刻、随所の調度品を見るに、かなり地位のある人間のための建築物だろうと推察できた。
「王! 王妃!」
鬼気迫った表情で、ヴァレスが走ってきた。今より幾分若く見える。ヴァレスは俺の身体をすり抜け、背後の扉を開いた。
扉の中はまるで異世界だった。外は秋ごろの真昼という空気だったのに、室内は暗黒一色だった。見るからによくない気配――瘴気のようなものに満ちていた。
俺はヴァレスの後を追って室内に飛び込む。何の用途の部屋なのかは闇に飲まれていてわからない。だが、その闇に食われるようにして二人の男女が倒れていた。
「陛下! 今お助けします!」
ヴァレスは魔法術で闇を吹き払い、膝から崩れ落ちた。
二人は明らかに死んでいた。闇に飲まれていた部分が、もはや存在していなかったのだ。
「ヴァレス様!」
続いて俺を追い越したのはマリアだった。まだ俺とさして年齢が変わらないように見えた。ヴァレスは二人の男女を見下ろして呻く。
「手遅れだった」
「そんな」
「マリア、異端審問局……いや、グリード局長に直接連絡してくれ。国内の外道師を全て調べろと。大至急!」
「承知致しました」
マリアは身を翻すと同時にふわりと物理的に姿を消した。
この男女はディーレニアの国王と王妃に違いない。となれば、今から三年ほど前の光景か。
「ペルミナ!」
「ここに」
呼ばれて数秒と経たずに、ペルミナが姿を現した。やはりその顔面は黒く塗りつぶされたかのように何もない。
「命に代えてもジェミニア王女を守れ。時間との戦いだ」
「……これより、ジェミニア王女防衛戦、を、開始します。五名、借ります」
ペルミナはそう言って姿を消した。
「くそっ、油断した!」
見たこともないヴァレスの表情に、俺は呆気にとられる。その顔には、悔恨と憤怒が満ちていた。
「オロヴェディアめ。まさかハーワールと結託するなど」
ディーレニア王国が初めて版図を縮小することになった事件――オロヴェディア辺境伯の反乱だ。その頃と前後して、王と王妃が亡くなったことは知っている。表向きは病死とされたが、実態はこういうことだったのか。
そしてあの状況は、間違いなく呪法か魔法術によるものだ。
「外道どもめ、根絶やしにしてくれる」
ヴァレスは拳を握り締め、空を睨んだ。つられて見上げると、王城の真上には暗雲が渦巻き始めていた。
「あの魔力の量、まさか……」
ヴァレスは目を細めて掠れた声で呟いた。
だが、その続きは聞こえなかった。視界が暗転したからだ。
――ハッと気が付いた時には、俺はまた別の部屋にいた。背中を向けているのはペルミナか。彼女は開け放たれた扉の外、渦を巻く暗雲を見つめていた。
そして俺の背後にはベスと同じくらいの年齢の、白金の髪の女の子がいた。豪奢な衣装を身に纏い、とても軽やかな身動きは期待できそうにない。彼女がジェミニア王女だろう。その周囲に五名の黒い軍服姿の魔法術師が陣取っている。
「来る」
ペルミナが右手を上げるのと同時に、俺の隣にいた魔法術師が首から血飛沫を上げて倒れた。ペルミナが初撃を弾き返したものの、それに続く一撃で倒されたという状況だろう。あまりに速すぎて俺はまだ、そいつの正体を見ることができていない。
魔法術師たちは一瞬にして隊列を崩された。目に見えない敵を追いかけるように魔法術を行使している――明らかに取り乱していた。光の球や氷の槍が飛び交うが、襲撃者には当たっている様子がない。その中で一人冷静だったのがペルミナだ。魔法術を使うこともなく、ただ冷静に状況を見つめているようだった。時々何かを弾き返しているが、彼女には襲撃者がはっきりと見えているのかもしれない。
数分と経たずに、五名いた魔法術師たちは肉塊となった。魔法術師――対価を要さずに呪法を行使できる、ごくごく一部に限られた才能の持ち主、いわばスーパーエリートたちがあっという間に撃破された。ペルミナを除いて。
「王室、魔法術師が、情けない」
ペルミナが淡々と言った。仲間意識は希薄なようだ。
カン、カン、カンと断続的に硬質な音が響いているが、それはおそらくペルミナの防御音だろう。だが、依然として俺には襲撃者が見えていない。
「王女は、絶対に、動かないで」
「は、はい」
ジェミニア王女は儚げな女の子だったが、その黄褐色の瞳には確固たる意志を感じた。そう、彼女は現女王だ。政治においては辣腕と噂されているのを耳にしたことがある。
ペルミナの動きが変わった。巨大な両刃の戦斧を左右の手に出現させると、ふわりと浮かび上がる。まさかの斧の二本持ちだ。
そうか、空中では踏み込みが使えないから、斧の自重で攻めていくというわけか。
それにしてもその細腕のどこにあんなものを持ち上げる力があるっていうんだ。
「魔神……ゼブラドウス……」
魔神ゼブラドウス。影の魔神とも呼ばれる伝説の存在だ。一千年前の魔導大戦に始まり、何度か歴史にその名前を残している。……まさか、こいつもジェイルムド魔導攻防戦で……?
そしてそんな魔神をペルミナは一人で相手取るつもりなのか。
現実に彼女は現在も生きている。ということは――この戦いでも生き延びたということだ。
ゼブラドウスは音もなく室内を縦横無尽に飛び回っている……ようだ。ペルミナの動きから逆算するのが精いっぱいで、その姿はやはりはっきりとは捉えられない。文字通り神速と言っていい。だがペルミナも一切被弾することなく、斧を自在に振り回しながら宙を舞う。
本当に互角に戦ってる……。
俺は唖然とした。魔法術師と呼ばれる人間たちが謂わば超人であることは知っていたが、ペルミナは規格外もいいところだった。ヴァレスとはまた違う意味で、どこかおかしい。
斧の刃がギラギラと魔力で輝いた。そしてペルミナはそれを空中に放り投げる。すると斧たちはまるで意志を持っているかのように変幻自在に飛び回り始めた。王女の周りでも閃光が奔り始める。ゼブラドウスがターゲットを変えたのだろうか。そもそもの目的はジェミニア王女の殺害だったはずだ。
ペルミナの移動速度が上がった。もはや目で追いかけることすら難しい速さだ。二本の戦斧も独立して室内を飛び回っている。
ペルミナの表情を読み解くことは不可能だったが、おそらく必死の形相をしているなんてことはないだろう。
「ゼブラドウス、死んで」
斧が不可視の攻撃を弾いた。その直後、ペルミナの手には三本目の、そしてありえないほど巨大な斧が出現していた。通常サイズの十倍はある。
ペルミナは着地するや否や、その斧を振り下ろした。床が砕け、礫が舞い上がる。ジェミニア王女は結界で守られていて無事だ。それと共に、ゼブラドウスが姿を現した。見た目には人間と同じくらいの大きさで、シルエットも成人男性のそれに似ている。だが、全身が影だ。頭頂部から爪先までが平坦な影になっている。その姿が、青白い放電に包まれていた。ペルミナが発生させた電撃の効果で、身動きが取れなくなっているようだった。
その瞬間、ペルミナは四本目の巨大な戦斧を出現させて打ち下ろした。
一切の躊躇も情けも、彼女からは感じられなかった。




