11-04. 舞台劇
その夜、俺たちは宿場町だった場所から数時間ほど離れた場所で野営をした。この時期の焚火は暖を取るためのものではない。獣が寄ってこないようにするためのおまじないみたいなものだ。あとは干し肉を炙るとか……。
キケレアーナはあの後すぐに姿を消した。町の入り口に戻ると、どこか疲れた表情のヤミが待っていた。憂い、といったらいいのだろうか。いつもの鋭い眼差しはなく、覇気も薄かった。
ヤミは何があったのかさえ聞きもせず、「町を出よう」とだけ言った。それからも数時間、ヤミは無駄口の一つも叩かず、沈思に耽っていた。
今も焚火を前に膝を抱えるようにして座っていて、赤金色の炎に照らされた表情は凍て付いていた。
それに対し、俺もベスも何も言えずにいた。ヤミの母、テスタロサの陰謀の話――など、できたものではなかった。
「昼間の町」
ようやく口を開いたヤミが、俺を見た。
「あそこにあったのはジムレグの魔力残滓だった。しかし、あんたたちだけでジムレグを撃退できたとは思えない」
「そ、それは……」
思わず口籠った俺だったが、焚火の反対にいたベスが立ち上がって俺の隣に来て座った。
「キケレアーナが」
「……だろうと思ったよ」
ヤミは得心したと言わんばかりに二度頷き、そのまま横になった。鞄の一つを枕にして、毛布もかけずに目を閉じる。
「キケレアーナがいながら、ジムレグを倒したわけでもない。倒せなかったはずもない。ということは、おそらく母さんの話が――テスタロサの話が、出たね?」
俺とベスは顔を見合わせる。未だ俺たちは、この状況をどう説明したらいいのかわからずにいた。
「いいさ。そんなことになるだろうとはなんとなく思っていた。だからあの場で待っていた」
淡々としたヤミの口調に、俺は下唇を噛んだ。そんな俺の右手の甲に、ベスの手が重ねられた。女の子らしからぬ、マメだらけのざらざらした固い掌の感触に息をのむ暇もなく、ベスは俺の耳に唇を近付けて囁いた。
「爆炎の魔女とジムレグはどんな約束を交わしたんだろう?」
ベスの思わぬ距離感に、俺の心臓は跳ね上がった。ベスの声も俺の心拍も、きっとヤミには届いているに違いない。ヤミを出し抜くのは不可能だ。
だが、ヤミを窺うと穏やかな寝息を立てていた。寝たふりかもしれないが、確かめる術はない。
俺は少し唸ってから答えた。
「先生に魔力の全てを送り込んだって聞いたけど、本当にそうだとしたらテスタロサは以後普通の人になってしまって身動きが取れなくなる」
「ってことは?」
ベスの碧眼に俺の顔が大写しになっている。近い……。
「わからないよ、ベス。大魔法術師たちのやりとりなんて、俺たちに簡単に理解できるはずがあるもんか」
「それもそうね、あんた凡人だし」
突然の言葉のナイフに刺され、俺はベスから視線を逸らす。
「ベ、ベスにはわかるのかよ」
「どいつもこいつも敵ってことはわかるわ」
「何を狙って敵になってると思う?」
「私、師匠、そしてあんた」
「全部かよ」
「全部でしょ」
うーん。俺は腕組みをする。
俺はゲドルタとの何とかで魔法術師や呪術師にとっては重要。ベスは霊槍ファイヴァルレドとセットで何か重要。ヤミは解願師で、それだけで何だか重要。ましてテスタロサの娘にして、王族の血すら引いていて、その王族の起源を辿ると魔物――少なくとも人間じゃない。ヴァレスたちはヤミの能力を知りたがっているという話だったし。
確かに、理由は、全員か。
「もうちょっと話していい?」
ベスが俺から手を離す。
「ごめんね、こんな手で」
「謝ることなんてないし」
ベスは普段から鍛錬を積んでいる。強くなるために。俺たちが寝た後で、見張りをしながら槍を振り回しているのを知っている。その結果があのざらざらした手だ。恥じ入ることなんてない。
「正直さ、私、途方に暮れてるんだ」
「う、うん?」
「旅の目的は私の家族を殺した奴への復讐だった。ううん、これは今でも変わらない。だけど、気が付いたらいろんな大変なことに巻き込まれてた」
「そうだね」
「そうだねじゃないわよ」
怒ったようにベスが言う。
「あんたを助けてから歯車が狂い始めたの」
「お、俺を?」
「良くも悪くも状況が動いた。五年間、ろくに大きな事件もなかったのに、あんたを助けたその日から、ハルベーデラやらクラッドノウトやらジムレグやらキケレアーナやら……とにかくそういうのが次々と現れ始めた」
「俺の……」
俺にしてみれば、旅に出たその日からずっと事件が続いている。
「あんまり言いたくないけど、可能性として言わせて」
「何のこと?」
「あんたの両親。事件直前に師匠に連絡してる」
「あ、うん」
「なんで?」
なんで?
俺は考え込んだ。ヒューケイア家の襲撃にはキケレアーナが関与しているのではという推測がある。ヤミに俺を保護させるための仕掛けだったのではと、ヤミは言った。
だが俺はその推測に違和感を覚え始めていた。だから昼間、直接問い質せなかった。
そもそも流れの解願師であるヤミに、ヤミとの面識のない父さんがどうやって連絡を取れたのか。まるで測ったかのように正確なタイミングで事が起きたのか。
あの時の戦いから、ヤミが犯人ではないことはわかっている。だけど、そうなると別の犯人が必要になる。
それは……。
「ベスはその連絡があったことを知っているのか?」
「知らない」
あっさり首を振るベス。
「こっちに用事ができたって。私の探し物の呪法でもちょうど東を指していたから、疑わずについて行ったんだけど、途中で師匠に待ってろって言われて」
「それで先生は一人で燃え盛る屋敷に入ってきたんだ」
「そういうことみたいね」
「そして外道師と対峙する……」
――代わり身にされた哀れな外道師、か。
その時に吐き出されたヤミの声が、ふと頭の中に響いた。
代わり身……? 何の? 誰の?
俺は月光と焚火に照らされた、ヤミの美しすぎる寝顔を見た。
「まさか」
俺は隣に座ったままのベスに、ゆっくりと顔を向けた。
「全員がグルだとか」
「師匠すら、ね」
思えば、俺たちに関与してくる登場人物のほとんどがヤミと繋がっているのだ。もし、ヒューケイア家の襲撃も、ヤミが俺を助けたのも、全て最初から仕組まれていた舞台劇だったとしたら――。
「でも、私、師匠を疑いたくないわ」
「うん」
俺にとっても、ヤミは命の恩人だからだ。たとえそれが……自作自演のものだったとしても。
「私さ――」
躊躇いがちにベスが言った。
「あんたのことは信じてるから」
そう言われた俺は、しかし、気の利いたことを言うことができなかった。




