09-05. 崩壊するジェスガルディア要塞
青い光の出どころは、俺の剣、ゲミトルードだった。見たことがない輝きを放つ刀身に、ヤミも、そしてキケレアーナですら無言だった。
「いったい何の光なんだ」
「し、知らないわよ。あなたの剣でしょ!」
ベスは剣を振り上げた体勢のまま、半分泣きそうな顔になって俺を見ていた。俺はそのベスの手に触れて、ゲミトルードを受け取った。
その途端、光は消え、空は暗黒に戻った。
ベスが関与している光であることは、間違いなさそうだった。ヤミが固い声を発した。
「さすがは聖剣といったところか」
「そして、さすがは鍵といったところ、でしょうね」
キケレアーナが小さく肩を竦めた。
「霊槍ファイヴァルレドがその手に返れば、世界の命運は大きく変わるでしょう」
「ファイヴァルレドが……」
まだ呆然としているベス。彼女は自分の両掌を見つめていた。
「で、でも、レイミに何て言ったら良いの……」
「ベス」
ヤミが歩きながらベスの背中に触れた。荷物は要塞の入り口に放置したままだ。
「全部が全部うまくいくわけじゃないんだよ。アタシたちはやるだけやっている。しかし今はこれ以上何もできない」
「で、でも!」
「いいかい、ベス。今は、だ」
ヤミの言葉は、間違いなくキケレアーナにも届いている。
「虎視眈々とその時を、焦らずに、確実に狙え」
「……はい、師匠」
渋々ながらベスは頷いた。俺は先頭を行くキケレアーナの背中を見ながら無言を貫いた。
ややしばらく歩いてから、キケレアーナは立ち止まり、告げた。
「ここです」
「ここは……バルーサの支部か」
ヤミの確認に、キケレアーナが肯いた。
しかし、建物内は無人だった。さっきまで誰かがいたのではないかというくらいに、中は雑然としていた。キケレアーナが魔法術で点火した燭台たちが、俺たちの影を不気味に揺らしている。
「どういうことだ?」
俺はこの建物の中ではゲミトルードは扱えないなと判断した。もっと短めの剣も持っておくべきかもしれない。
「霊話石については、ヤミならご存知でしょう」
「当たり前だよ。かつてはバルーサにいたんだからねぇ」
ヤミ曰く、霊話石とは、離れた場所にある別の石まで音声を届けることのできる装置、とのことだった。霊話石自体は魔導大戦の折に大量に発見されており、王国の版図拡大と共にいくつも追加で発見され、その数を増してきた。このジェスガルディア要塞も霊話石があったからこそ作り出すことのできた要衝の一つなのだという。ヴィレオリア公爵の黒狼城やザルメラ女侯爵の六華城など、名だたる貴族たちの主要拠点も、霊話石が発見されたことを理由に定められたと言われている。
とはいえ、霊話石を用いるには呪術あるいは魔法術の才能が必要であり、その行使にはそれなりの対価も要求されることから、必然的にバルーサが管理することになったのだという経緯がある……と、ヤミは言った。
「もっとも――」
キケレアーナがそこに補足した。
「その内容の全ては、聖庁異端審問局に盗聴されることとなっていますが」
「管理のため?」
「そうです、少年。教会は呪術自体を公には認めておりませんが、実利的には存在を許容しています。有事の際には霊話石の情報転送能力を、バルーサに要請して用いることもあります」
「それもこれも、ハヌヴァの爺さんが整えた仕組みさ」
ヤミはグリード局長と面識があるのかもしれない。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたからだ。
「アタシをバルーサから追放するように仕組んだのが、あの爺さんなんだよね」
「そこには大きな計画があったのかもしれませんよ」
キケレアーナがフォローを口にするが、ヤミは忌々しげに首を振った。
「どうだか。あのジジイ、理屈っぽくて嫌いなんだよね」
「ハヌヴァは合理的な人物なんですよ、ヤミ」
そう言って、キケレアーナが大きな鉄製の扉を手も触れずに開けた。魔法術だ。おそらく人間一人の力では開けられまい。
その瞬間、部屋が淡い青い光で満ちた。
「霊話石……大きいな」
キケレアーナを押しのけるようにして、ヤミが前に出る。
大人三人が手を繋いで、ようやく囲むことができるくらいの太さ。高さは天井付近、キケレアーナよりも高い位置まで伸びた青白い水晶だ。それが床から生えている。
そしてその根元付近に中年の男が倒れていた。
「ハイザルク男爵?」
俺は駆け寄って、その男の首筋に触れるが、脈はなかった。もうだいぶ冷たい。
「彼は役割を全うできたということです」
「死んでまでやらなきゃならない事ってなんだ?」
俺は男爵の目を閉じさせてやりながら、キケレアーナの威容を見上げた。キケレアーナは俺を見下ろし、短く明瞭に告げた。
「霊話石の破壊です」
「馬鹿な!」
ヤミが柳眉を逆立てて言い放つ。
「霊話石は魔導大戦の遺産だよ。なぜこんな貴重なものを破壊する。ジェスガルディア要塞を放棄するとでも言うのか」
「その通りです、解願師ヤミ」
油断のならない二人の距離感。まさに一触即発だ。俺はベスにちらりと視線を送る。ベスは硬い表情で二人を交互に見ている。
「その意味は?」
「大深淵、ご存知ですね」
「無論だよ。ここの西に広がっている大地の裂け目のことさ」
「ええ。そしてその向こうにはキレーネ男爵管轄のガラーティア要塞があります」
不穏な口調に、俺も察しがついてきた。
「まさかそのガラーティア要塞も、ここと同じように……?」
「ジムレグによって、二つの要塞は――対魔物の最前線たるこれらは、すでに陥落しました」
「霊話石の悪用を防ぐために、破壊を試みたというわけかい」
ヤミが仏頂面で問いかけた。キケレアーナは頷く。
「――そんなところです」
キケレアーナはその巨大な眼球で俺たちを見回した。いつの間にか俺の左腕にベスが抱き着いていた。いざという時に動けないから勘弁して欲しい。
キケレアーナはハイザルク男爵の亡骸の元にしゃがみ込み、その硬直の始まりかけた右手を慣れた手つきで開かせた。その手の内には、青く輝く小さな鍵があった。
「この霊話石からこの小鍵を得られる唯一の人物が、ハイザルク男爵。男爵にもう少し対価を払う用意があれば、命までは失わずに済んだのですが」
キケレアーナはそう言ってから、俺の前に音もなく移動してきた。
「どうぞ、レア。あなたのものです」
「え?」
「いつかファイヴァルレドを取り戻した時、この小鍵はあなたたちの役に立つでしょう」
「な、な、なにが?」
「まだ秘密です」
キケレアーナは「ふふ」と不敵な笑声を発した。
「少し急ぎましょう。霊話石の消失に巻き込まれては元も子もありませんから」
「巻き込まれる?」
「そうですよ、オルレアス。霊話石は魔力の結晶体です。その枷を解かれた時、甚大な魔力が世界に流出します」
甚大な魔力が流出――どこかで聞いたフレーズだ。
外へ向かって急ぎながら、俺は頭をフル回転させた。バルーサの建物を飛び出し、静寂に沈んだ要塞本部を駆け抜け、中庭に放置されていた荷物を奪い取るように回収する。
門を出るかという瞬間、俺たちは冗談のように猛烈な突風に晒され、抵抗の余地も与えられぬままに地面を転がされた。キケレアーナだけは何事もなかったかのように立っていたが。
「魔力が放出されるとどうなるんだ」
「魔物が現れます。活性化もします」
「それってまずいんじゃ」
俺が言い募ると、キケレアーナはゆっくりと頷いた。
「ジェスガルディアとガラーティア。この規模の霊話石が破壊されれば、少なくとも大深淵に封じられていた魔神たちは目を覚ますでしょうね」
「ま、魔神!?」
それは魔導大戦の末期に現れた強大な魔物たちのことだ。
「なんでそんなことをしたんだ!」
「小鍵のためです。来るべき未来の最適解を私は提示させていただいたにすぎません」
「だとしても! 魔神だなんて、そんな!」
魔導大戦では数多くの高名な騎士たちに夥しい数の犠牲を出して、ようやく撃退できた化け物たちだ。そんなものが再び出てきたら、この王国のみならず、大陸全土、あるいは世界すべてが未曽有の混乱と悲劇に見舞われる。そんなことは想像する必要すらない。確定事項だ。
「せめてガラーティア要塞だけでも……」
バルーサの建物のあたりを見ると、眩い光の柱が立ち上っていた。それは見る間に巨大化し、俺たちの目と鼻の先まで膨れ上がり――不意に霧消した。
「危ないところでしたね」
全く感情のこもっていないキケレアーナの言葉。彼女は被害が出ないことを知っていたに違いない。
「ねぇ、レア」
「うん?」
ベスが俺の裾を引っ張った。
「キレーネ男爵がいなかったら、ガラーティア要塞の霊話石、破壊できないんじゃない?」
「それもそうか」
「……ジムレグは私よりも非道ですよ?」
その無感情な助言の意味を理解して、俺は総毛立った。ベスが俺の背中に隠れるようにしながら、震える声で呟いた。
まさか、ハルベーデラのように――と。




