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解願師〜人の願いは呪いへと。最強の能力者に拾われた俺、同じ境遇の少女と世界のカラクリをぶち壊す~  作者: 一式鍵
第8章:大いなる魔物

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09-03. 妖獣アストレルヴェイン

 妖獣アストレルヴェイン――月光と篝火(かがりび)に照らされたそれは、俺の住んでいた屋敷にも匹敵するほどの巨大な()だった。竜なんて絵本の中と、教会の壁画でしか見たことのない、伝説の生き物だった。数十年前にはハーワール帝国から飛竜の軍団が襲来したというが、その飛竜とは違う。もっとどっしりとした、しかし強靭な筋肉で俊敏に動き回る。全体的な印象としてはトカゲに近い。


 何にしても、人間が戦える相手ではなかった。昼間の山羊頭の魔物とは格が違う――俺は本能的に恐怖していた。身が(すく)んでしまっていた。筋肉が硬化してしまっていた。


 闇色の巨獣の目は月光のように白く、薄く開いた口の中には金色の炎が踊っていた。


 それが要塞の尖塔(せんとう)天辺(てっぺん)から飛び降り、俺たちの目の前に地響きをあげて着地した。立っていられないほどの烈震が俺たちを襲った。


「それでは、始めてください」


 俺たちが体勢を整えるのを待って、キケレアーナはまるで家庭教師が試験を始める時のように言った。


「こんなの、どうしろって」


 ベスの声が大きく震えていた。俺だって泣きたい。


「結果が出る前に負けを認めてるんじゃないよ」


 ヤミは躊躇なく前に出て、アストレルヴェインと正対した。


 魔物に解願は効かない――確か昼間にそんなことを呟いていた気がする。


 だとしたらヤミは何をもって戦うつもりなのだろう。戦えるつもりでいるのだろう。


「昼間の奴のようにはいかないね」


 おもむろに、ヤミが()()()()()。ヤミの戦い方は()(せん)を取るやり方だった。つまり、戦いの最中であろうと刀は収めていることがほとんどだった。だが、今はその抜身の刀身が、篝火(かがりび)を受けてぬらぬらと揺れていた。


「先生、何を……」

「倒しゃいいんだろ」

「無茶ですよ、こんなの!」


 こんな巨獣相手に、刀一本で何ができるというのか。


 アストレルヴェインがその巨大な口を開いた。(まばゆ)いと感じるほどの輝きがその内側にあった。そしてその口は俺たちの遥か頭上にあった。ベスが槍を投げても届かないかもしれない。


 炎が来る……!


 俺は咄嗟(とっさ)にベスを振り返り、両手を広げて(かば)った。この行動が何の役に立つのかはわからなかったけども。


「レア、ベス、一撃(しの)いだら仕掛ける。陽動!」


 (しの)ぐって、どうやるつもりなんだ。


 だが、指示された以上、止まっているわけにもいかない。


「ベス、左右に散ろう。君は右だ」

「わ、わ、わかったわ」


 俺たちはいったんヤミの後ろについた。炎が降ってくる。炎の欠片が落ちた地面は燃え、舗装路はオレンジ色に溶けた。


「――こいつごときにアタシは倒されたりはしない」


 ほう、と、キケレアーナが呟いたのが聞こえた気がした。


 アストレルヴェインが口から炎を噴き出した。まるで滝のような火炎だ。


 思わず両手で顔を覆ってしまった俺だったが、予想していた痛みや熱さは襲ってはこなかった。


 どういうことかと恐る恐る前を見ると、俺たちを楕円形に囲むようにして地面が燃えていた。

何かの結界のようなものが発動した、ということだろうか――。


 山羊頭の魔物、ウーベレッカは倒された後で砂になった。それはクラッドノウトの支配下にあったからだ。


 だったら、こいつは? アストレルヴェインもまた、キケレアーナの支配下にあるのではないか。であれば……。


「そういうことだ、レア。アタシがキケレアーナの(がん)(ほど)いた」


 ――アタシたちを焼き殺そうという(がん)をね!


 ヤミはそう言って、俺を振り返って目配せをした。


 俺はベスと頷き合って、左右に散った。


 次手は。次手はどうする――。


 最初の一撃は防いだ。どうしてキケレアーナの(がん)(ほど)いたことで、炎が俺たちを()けたのかはわからない。だが、とにかく初撃でおしまいという事態は避けることができた。


 しかし、二度目はないだろう。キケレアーナがそう易々と隙を見せることはない。


 いや、待て。彼女は()()()だ。もしかすると今のヤミの行動すら彼女の予測の範疇(はんちゅう)にあった可能性すらある。


 アストレルヴェインは俊敏だった。剣も槍も(かす)らせることさえできなかった。そして三次元的に動くこの巨獣は、執拗(しつよう)にヤミを狙い続けた。


 その爪を、牙を、ヤミは正確に打ち返していた。巨獣のパワーは、(えぐ)られる石畳を見ても明らかだ。だがヤミはその長い白髪を風に(なび)かせながら、まるで舞を踊るかのような動きで()なし続けていた。


 だがそれは、防戦一方であることを意味していた。俺もベスもまるで無視されていて、そして攻撃の機会すら得られなかった。


「ベス! 俺が最初に仕掛ける!」

「そんな、無茶よ!」


 アストレルヴェインが動きを止める。口を開き、顎を下げる。真正面からヤミを焼く気だ。


 間髪を置かず、巨獣は火を噴いた。ヤミが灼熱に飲まれ、跡形もなく消え去る――その絶望の光景、()()()()()()に、俺は突破口を見出(みいだ)した。走りながら、反対方向にいるベスに向かって叫ぶ。


「顎の下に!」


 奴は顎を下げる。勝ち誇ったように、ヤミを真正面から見つめながらとどめを刺そうとしている。それはアストレルヴェインの()()だ。


 俺はゲミトルードを収めると、ベスに(さき)んじて顎の下に到着した。俺は腰を落とし、両(てのひら)を上に向けた。ベスは目だけで「了解」と伝えてくると、そのまま勢いを殺さずに俺の手のひらを踏み台にした。


 読み通り、アストレルヴェインが頭を下げる。俺はベスを思い切り投げ上げる。躊躇(ちゅうちょ)する余力などなかった。


「私たちを無視した代償は小さくないのよ!」


 空中高くにいるベスの怒声が、静寂(しじま)を引き裂いた。


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