08-05. 再戦
剣が深く食い込むと同時に、山羊頭の魔物は断末魔の叫びをあげた。草原に響き渡る大音声は、衝撃すら伴っていた。俺たちはそれぞれ大きく吹き飛ばされ、荒れ果てた街道の瓦礫の上を転がされた。
「ってぇ……」
全身くまなく打ち付けてしまった。舗装に使われていた石の欠片がいくつも腕や足に刺さっている。大した怪我ではないが、痛いものは痛い。服も傷んでしまったし。
「魔物は……」
ベスを助け起こしながら俺はその巨体を見た。
「砂……」
そう言うベスの声は、引き攣っていた。
そして瞬く間に、魔物が大量の砂に覆われた。
その意味するところは一つ――クラッドノウトのお出ましだ。
「一難去ってまた一難……ね」
ベスが震えながら息を吐いた。
『俺が苦労して来てもらった魔物を傷つけられたら困るんだよねぇ』
声だけが降ってきた。目に見えるのは大量の砂の山だけだった。
風が吹き、砂が舞い上がる。目や口にも入ってくる。嫌がらせにも程がある。
『その娘を置いていってくれさえすれば、後はどうでもいいんだよねぇ。解願師なんかと事を構えるのは本意じゃない。面倒くさいから』
「ベスはアタシの大事な家族だからね。その選択肢は絶対にない」
『どうだろうねぇ。あんたもその娘に利用価値を見出しただけじゃないのかなぁ』
利用価値……?
俺はベスを見て、それからヤミを見た。ヤミは悠然と腕を組んでおり、一方でベスは狼狽えているように見えた。
『カザスィアの力を受け継いだ、霊槍ファイヴァルレドの正当な後継者・エリザベス。あなたのその力は、俺たちの元でこそ、あるべき力になるんだよねぇ』
「誰があんたたちの力になんて」
『逆に、そこの解願師を含めて、他の奴に使われたら、それこそ世界が破滅しかねない。我が主はそれをこそ危惧されているんだよねぇ』
「私とあの槍が、どうして世界の危機に繋がるのよ」
ベスが気丈に言い返す。また風が吹く。砂の山の中から現れたのは、十を超える数の屍の戦士だった。
「どうあってもアタシたちの旅の邪魔をするつもりかい」
『だから、エリザベスを置いていけばあなたたちに関心などないんだよなぁ』
「その選択肢はないと言った」
ヤミはそう言うと、迫ってくる屍の戦士たちに正対した。が、そのヤミの前に出たのはベスだ。
「私の生け捕りが目的なら、奴らは私を攻撃できない」
ベスがはっきりとした口調で言った。さっきまでの恐怖は、もう感じられない。
屍の戦士たちが動きを止める。
ベスの横顔がニヤリと笑った。
しかし――。
『生きてさえいればいいんだよねぇ』
クラッドノウトは冷徹に言い放った。俺はベスの隣に並んだ。ベスは目を細めて、唇をちらりと舐めた。
俺は両手でゲミトルードを構え、ベスの呼吸を読む。ベスが動き始めた瞬間に動く。
俺たちには戦う覚悟がある。
姿も見せず、自らの手を汚そうともしないクラッドノウトとは違う。
屍の戦士たちが一斉に飛び掛かってきた。手にした剣、斧、槍……。それらが一斉に俺を狙って振り下ろされてくる。
「たぁーっ!」
鋭い呼気と共に、ベスの槍が振るわれた。それらは無防備に攻撃してきた屍たちをまとめて吹き飛ばした。やはりすさまじいパワーだった。
俺は素早く二体の魔力の糸を切って崩壊させる。しかし、砂山からまた二体の屍戦士が補充されてしまう。
「また際限なき戦いか」
「レア、砂山を目指すわよ」
「え?」
「屍たちはあそこから出てくる。あそこは魔物がいた場所。つまり魔力がたまってる場所。違う?」
確かに濃厚な魔力が漂っているのがわかる。
「あそこを吹き散らかせば屍たちは生まれなくなる。違うかな」
「わからない、けど、試してみよう」
ベスと俺は先日戦ったものより明らかに強化されている屍たちを蹴散らして、砂山の方へと走る。俺たちを追撃しようとしている屍たちは、ヤミによって足止めされていた。
クラッドノウトといえど、一度に無数の死者たちを使役できるわけじゃない。ヤミの足止めは極めて効果的だった。
「いくぞ、ベス!」
「なんであんたが主導権取ってんのよ!」
発案者は私! と、ベスが叫んでいるが気にしていられる場合ではない。
人の身の丈をはるかに超える規模の砂の山は、近くに寄れば圧巻だった。ちょっとした屋敷ほどもあるように見える。
「これをどうしろって?」
「こうすんのよ!」
ベスは槍の穂先で自らの左手首を切った。
「ベス!?」
噴き上げる血が砂の山を濡らしていく。
「ちゃんと助けてよね、レア」
「何するんだ」
「毒の血が魔力由来なら、こういう使い方もできるだろうって」
「無茶な!」
だからって手首を切るなんて危険すぎる。
現に凄まじい量の出血だった。このままでは、数秒と経たずに失血死してしまう――!
ベスは血液を振りまきながら、砂の山に踏み込んだ。槍の生み出す圧力で砂を弾き飛ばしながら。ベスの顔からは生気は失われ、また、正気すら失っているように見えた。
俺は後ろで屍の戦士たちを相手取っているヤミを見る。十三対一。しかし、ヤミはのらりくらりと時間を稼いでいるように見えた。十三いると言っても、同時に仕掛けられるのはせいぜい三体。必要とあればヤミは居合抜きを炸裂させて間を取ることもできていた。――こちらは心配ない。
だが、ベスは。
その時一瞬、頭の中がスパークした。
脳裏に焼き付いたのは、ベスの前に現れるクラッドノウトの姿。クラッドノウトはそのまま砂の中にベスを取り込んで、自身ともども消えてしまう。
――例の未来視だ。
「ベス、退がれ!」
俺は必死で足を動かし、ベスに並ぶ。
そして、目の前の虚空にゲミトルードを一閃した。
『!?』
砂の靄の中から、クラッドノウトの姿が現れた。ゲミトルードによって服が切り裂かれている。もう一歩踏み込んでいれば、その首を落とせていたはずだ。
仕留め損ねた……!
そう考えて、俺は自分に愕然とした。
敵の外道師相手であれ、人間を殺すことに躊躇しなかった自分にだ。
しかし、そんな恐怖を置き去りにして、俺の肉体は二撃目を打ち込んでいた。まったくもって自動的な行動だった。
『くっ……!』
その斬撃は、クラッドノウトの左手首を迷いなく切り落としていた。だが、傷口から血は出ない。乾いた砂が流れ出しただけだ。
そこにベスが槍を突きこんだ。クラッドノウトは鳩尾を貫かれ、挙句に毒の血を浴びせられた。
『くそっ、一度ならず二度までも、この俺が……!』
クラッドノウトは砂の山に飲まれて、その砂ごと消失した。
それを見届けて、ベスが倒れた。
「ベス!」
俺はベスを助け起こし、その左手首の傷を見た。あれだけ深い傷だったのに、もうほとんど塞がっていた。これ以上の出血はないだろう。だが、それまでの出血量が多すぎた。
「ベス、しっかりしろ」
「レア、その辺でいったん休憩だ」
ヤミがベスの様子を見て即断した。
「ベスは大丈夫でしょうか」
「少し休めば問題ないだろうさ」
「そうですか。よかった」
俺はほっと息を吐いた。




