02-01: 老人と婦人
年老いた男性が母さんくらいの年齢の女性と、粗末な丸テーブルを挟んで向き合っている。見回せば、そこは小さな薄暗い部屋だった。丸テーブルの上の燭台だけが唯一の光源だ。カビとも埃ともつかない臭いが充満していて、俺は思わず渋面になる。
どうやら二人からは俺の姿が見えていないようだった。女性は涙を拭きながら必死に何かを訴えていて、老人はそれを穏やかな表情で頷きながら聞いている。
意識を集中するとだんだんとその会話が理解できるようになってくる。
要約すると、死ぬのが怖い――ということを女性は述べていた。何か重篤な病気なのかもしれない。明日をも知れぬ命であることの怖さ、悲しさ、悔しさ。そしてなぜ自分がそんなことに――女性はそう訴えては鼻を啜り、涙を拭いていた。
「あなたは命を司る魔法術師だと伺いました。どうか、わたくしに」
「それがあなたの願ですかの。永遠に死と向かい合わずに済むように、と」
「は、はい。永遠の命が得られるのでしたら、わたくし、なんでも」
中年の女性はそう言って、毅然と顔を上げる。
永遠の命だって?
俺は女性の瞳の中に鋭い狂気を見つけた。対する老人はと言えば、先ほどと全く変わりない、穏やかな微笑の仮面を張りつけたままだった。俺は背筋が冷たくなったのを感じた。不気味極まりない。
この老人はなんなんだ? 魔法術師? 永遠の命?
魔法術師とは、呪術師とは一線を画す能力者のことだ。そんなことは誰でも知っている。呪具や強い念のようなものを通さなくても、超常の力を行使することができる。ただ、真の魔法術師はこのディーレニア王国全土でも十数名しか存在しないとされていて、その半数近くが王都に集められているとも聞く。あとは地方の大貴族の所に数名ずつといった感じ……ということを、かつて父さんは語っていた。
女性はうわごとのように呟いた。
「わ、私は何を差し上げれば」
「いえいえ、これは儂の慈善活動」
老人は笑みを絶やさず言った。女性はほっとしたような表情を見せ、両手を握りしめた。
「それなら……!」
「すぐにも始めましょう。呪法とは異なるとはいえ、受け入れる側の準備ができていなければ成功率は低いので、その点は悪しからず」
「は、はい」
「なに、心配には及びません。あなたは永遠に美しい姿を保つことができるのです。儂は一目見た時から、今、あなたを蝕んでいるその病、いえ、それどころか老いからも永遠に救済したいと考えました。あなたは美しい。ただ土の中で朽ちるにはあまりにも惜しい」
「魔法術師とはいえ、そんなことができるのかと思いましたけれど」
「儂はゲドルタへの道を見つけましたからな。時間をも支配できるのですよ」
ゲドルタ?
俺は二人の会話に耳を欹てる。
「では、始めましょう」
「はい……。お願いします」
俺の頭の中で甲高い音が鳴る。何かの危険を報せるかのように。
老人は両手を一度、打ち鳴らした。パァンという音が高く響き、俺は思わず首を竦める。
老人の両掌から、眩い白金の粒子が溢れ出し、女性の頭部、そして身体を包み込んでいく。女性は驚いたように目を見開き、輝く自分の身体を見つめた。
「これが魔法……」
「ゲドルタの恵みに感謝しましょう。あなたは今、永遠の命を得たのです」
「まぁ……。胸の痛みが消えましたわ」
「それはなにより。もう二度と、苦痛に苛まれる必要はありません」
「ありがとうございます、魔法術師様」
この老人は誰なんだ。永遠の命を与える方法なんてあるわけがない――俺は強く思う。
その時、世界が暗転した。
すぐに先ほどと同じ小部屋に景色が戻ってくる。
まず俺は臭いにやられた。ツンと鼻をつく刺激臭が、目からも染みてくるような鋭い痛みを覚える。
痛みを我慢して目を凝らせば、そこにいたのは、身体が醜く腐って崩れた女性だった。
「まもなく脳も溶け落ちて、何も感じなくなりますよ」
「永遠の美しさを、永遠の命を……あなたはそう言ったじゃない」
酷く聞き取りにくい声だった。顔面も半分崩れているのだから当然だ。
「あなたは永遠に屍人として生き続けることができるのです。儂にとって、人間は屍の状態こそが最も美しい。誰もが等しく行きつく先のその姿こそ、人間の集大成。朽ちていく過程こそ、人の本来あるべき最も美しい時間。儂は何も嘘をついてはおりませぬが」
「騙した、わね。今すぐ、私を、もとに」
「お断りいたします」
老人は笑みを消して目を細めた。暗黒の瞳に、俺まで震えあがった。
部屋は暗転し、何も見えなくなった。
「そして、儂には優秀な兵士たちが必要なのですよ、御婦人……」
あの老人の声が、俺の意識にこびりついた。




