01-03: 受け継ぎし力
燃え盛っていた屋敷は、明け方までには完全に焼け落ちた。多くの領民たちが駆け付け、消火に当たってくれていたが、なぜか火は全く弱まることがなく、結局劫火の中に燃え尽きてしまったのだ。俺は、といえば、屋敷を見下ろせる丘の上でただじっと立っていた。
初夏の朝風が遠慮がちに吹き抜けていく。
「なぜだ、って顔をしているねぇ」
ヤミは俺の隣にやってくると、腰を下ろした。そしてごそごそと胡坐をかく。
「当たり前です。それに俺の救出を依頼されたって、いったいどういうことなんですか」
「今日の事件は約束されていたってことさ」
「そんな馬鹿な」
俺はヤミを見下ろす。ヤミは自分の隣をポンポンと叩き、俺に座るように促した。意固地になって断ろうかとも思ったが、ヤミの氷のような瞳の圧迫感は強かった。仕方なくヤミの隣に座り、膝を抱える。
「来るのが少し遅くなってしまった。すまなかったね」
「それは……」
「でも、どうやっても、あんたの両親は殺されていた」
「そんなことは!」
「アタシが受けた依頼は、レア、あんたの命を救うこと。そして依頼主はあんたの父親だ」
俺の父さん……!? 何を言われたのか頭がついてこない。
「と、父さんはこんなことが起きるって知ってたっていうのですか」
「そういうこと。ヒューケイア家の始祖は、その能力があったから勇者になり得たと言われているんだよ」
「予知、能力……?」
そんな逸話、俺は聞いた覚えがない。だが俺のご先祖は、千年前の大戦での勝利の立役者の一人であることは間違いない。……ない話ではないと思った。
「そう。予知能力だ。どういうカラクリかはアタシも知らない。けど、もしかしたらあんたにもあるかもしれないよ」
あの時――俺はヤミに出会う前にヤミの姿を見た。
それがもしかして……?
「でも、だとしたら父さんはどうして俺だけを守るなんて。母さんや自分だって守れたはずです」
「さぁてね、アタシはあんたの親父さんじゃないからね」
ヤミは冷たい口調で応えた。
「ただ、その剣、そいつはただもんじゃないね。伊達に千年受け継がれたと言われてる剣じゃない。手入れも良かったのだろうけど、錆の一つも見えなかった」
「なんでも知っているんですね」
「解願師なんてもんをやってると、否応なしにいろんなものに触れるのさ」
ヤミの白い髪が、焦げ臭い風に靡く。この臭いの中には多くの人間の――父さんや母さんの――亡骸の焼けたそれも混じっているのだ。
「師匠! 寝ないと身体に毒ですよ!」
ベスが槍を担いでやってくる。彼女はさっきまで焚火のそばで眠っていた。
「それにこいつとはここでお別れでしょう?」
「それはどうだろうねぇ」
ヤミは俺を見て目を細めた。何もかも見透かされているかのようなその静謐な目に、俺は捕らわれる。凍り付く間際の湖面のような、鋭い冷たさだ。
「男と一緒なんて、私は嫌ですよ、師匠」
「この子は役に立つかもしれないよ、ベス。それに境遇はあんたとそっくりじゃないか」
「だからって傷の舐めあいでもしろっておっしゃるんですか」
ベスの温度は高い。俺は二人のやり取りを黙って見守ることにした。下手に口を挟むとえらい目にあいそうだったからだ。
「あんたたちにはそれぞれ意志があるだろ。だったらそれでいいじゃないか。相手を知ろうともせずに拒絶するのは、悪手だと思うけどねぇ、アタシは」
「師匠は連れて行きたいんですか、こんなガキ」
「あんたの方が年下だよ」
ヤミに言われ、ベスは舌打ちしそうな表情を見せた。
「とはいえ、今後どうするかはレア自身が決めることさ。アタシは誰に対してもどんな生き方も強制しない。その選択に意志と責任がある限り、どんな選択をしたって肯定するさ」
俺はヤミの言葉を受け止めて、背中側に両手をついて、大きく息を吐いた。雲一つない、明け方の白い空がただじっと沈黙している。
今になって痛み始めた全身を制しながら、ゆっくりと立ち上がる。ベスと目が合う。ベスはこれ見よがしに顔をそむけた。
「俺、一緒に行きたいです」
「そう思った根拠は?」
ヤミは地面に仰向けに転がった。どういう原理か、白い髪が美しく広がった。
「俺、父さんたちを殺した奴を探したい」
「あの外道師は死んだよ」
「そうじゃなく。その外道師を使った人間がいるはずです」
「そうだねぇ」
ヤミは仰向けのまま、右の口角をきゅっと吊り上げた。
「役に立ってもらうよ?」
「はい」
俺はゲミトルードの鞘を握る。ヤミは反動をつけて跳ね起きると、俺の右肩を軽く叩いた。
「なら決まりさ。ベス、いいね」
「し、師匠がお決めになったことですから」
ベスはジト目で俺を見つめ、やがて諦めたように右手を出した。
「私はエリザベス・ティラール。伯爵家よ。地方下級貴族のあんたとは格が違うわ」
「君も家を滅ぼされたのか」
「なれなれしいわ! そうよ、五年前にね、同じようによ。今は奪われた霊槍を探しているのよ」
霊槍……。俺はゲミトルードの柄を軽く握って、「ああそうだ」と思い出した。
「ティラール家……君も魔導大戦の頃から続く家じゃないか」
「へぇ、知ってるんだ」
ベスは意地悪く目を細める。ティラール家は、魔導大戦について少しでも調べたことがあれば誰でも知っている名前だ。俺の先祖、ゲイネス・ヒューケイアと共に、この王国の礎を築いた人物、カザスィア・ティラール。魔導大戦の記録には、他にも何人もの勇者たちが幾多の物語を遺している。
俺たちが視線をぶつけ合っていると、ヤミが俺たちの肩にそれぞれ手を置いた。
「レア、あんたの敵って意外と強敵だと思うよ」
「見当が?」
「いくらかはね。そのどれもが強大な敵になり得るだろうさ」
「それでも」
敵討ちをしたいのか――それはわからない。だけど、なぜこんなことをしたのか、その真相だけは明らかにしたいと思った。
「あの木陰で一寝入りしな、レア。昼前には出発する」
「寝なくても」
「食べることと寝ること。この命令にだけは逆らうな」
ぴしゃりと言われ、俺は頷いた。確かにこんなことでヤミに逆らうのは得策じゃない。
そして俺は示された木陰に横になった。焦げた臭いが鼻腔の奥にこびりついている。
目を閉じると、あっという間に抗い難い睡魔に襲われた。
そして俺は、夢を見た――。




