07-05: ジェスガルディア要塞
七日後、か。
レイミに訊いたところ、ジェスガルディア要塞はここから東南東で、直行できても六日かかる。しかし、ここからの最短距離だと街道を一度外れなければならない。危険も増す。途中途中に小さな集落はあるとのことだったが、数日は野宿も覚悟しなければならないらしかった。
俺たちはレイミからこっそり差し入れられた保存食を荷物に加え、城塞都市グレンダルを後にした。
「クラッドノウトとメディオラの二正面作戦はちょっと荷が重いねぇ」
「ヴァレスさんが来てくれれば」
俺はそう言ったが、ヤミに睨まれてしまった。
「あいつを信用しちゃいけないよ、レア。あいつは王室魔法術師ではあるけど、同時にヴィレオリア公爵家ともつながっている可能性がある。手段を選ばない手合いだからね、あいつ」
ヴァレスのこととなると極めて懐疑的かつ攻撃的になるヤミ。それもこれも三年前のあの事件のせいなのだろうか。
「師匠、あの、クラッドノウトとメディオラは協力関係にあるのでしょうか」
「どうだかねぇ。まず、メディオラの正体がわからない事にはどうにもね。仕掛けてくるのを待つしかない。メディオラはおそらくレア、あんたをマークしてる」
「お、俺?」
「二か月前、あるいはもっとずっと前から、メディオラはあんたの持つその特殊能力に気付いていたのかもしれない」
予知夢、あるいは、未来視。そして、過去の出来事を覗き見る力。望んで発動できる能力ではないが、とても強力な力であることは理解できる。この能力を欲する者がいることも。
「馬くらい貸してくれてもいいのに」
大きな荷物を背負ったベスがぼやいている。ヤミは軽い足取りで先頭を歩きながら、方位磁針を取り出した。
「馬は貴重品だから、ほとんど王家の騎士団に徴発されるしねぇ」
そういう事情があるから、馬の調達はよほどの大都市でもなければ金を積んでも困難だ。貴族や騎士を除けば、馬を持っているのは相当資産のある商人くらいだ。ちなみに俺の家には馬はいなかった。馬車に乗った記憶もほとんどない。
ヤミは東西に伸びる街道をきょろきょろと見回してから、方位磁針に視線を落とすと、「あっちだ」と南側を指差した。一面の草原が広がっていて、少し行ったところに小高い丘があった。よく見ると人がぎりぎり二人並べる程度の獣道のようなものがある。
「あの丘の向こうを半日行くと、小さな池がある。それを回り込んだら最南端の街道に出るはずだ」
レイミが口頭で教えてくれたことを、ヤミは完全に記憶しているようだ。
「ただ、今夜は野宿だね。明日の夕方までに街道に合流しよう」
「はい、師匠」
ベスが最初に応じた。俺も頷き、針路を南に修正する。腰よりも高い草が生い茂っていて、何かが潜むのならうってつけの場所だった。左右の草むらから襲われたらたまったものじゃない。
「兵士しかここは通らないって言ってましたっけ」
「南には要塞以外何もないからねぇ。通常の補給はちゃんと街道使うだろうしねぇ」
じゃぁ、盗賊はいないか。わざわざ武装兵士を襲うなんてことをするより、スレッガたちがいたような場所で待ち構えている方がよほど効率がいい。
「師匠、どうしてこんな何もないところに要塞があるんですか?」
ベスの問いはもっともだ。南にはジェイルムド山脈が広がるのみだし、東には自分の領地が広がっているだけだし、西も霊峰ダルフシュペントから伸びている巨大な崖、通称大深淵でキレーネ男爵領とは隔てられている。つまり、どこからも侵略を受けないであろう場所なのだ。
ベスは続けて問う。
「視察ってことは、今も使われているってことなんですよね」
「アタシもジェスガルディアには行ったことはないけど」
ヤミは前置きしながら、サクサクと先頭を進んでいく。荷物のある俺たちがついていくには少々速すぎた。夏の午後の陽光と草いきれと重たい荷物が、俺たちの体力を容赦なく奪っていく。
「ベス、少し持つ?」
「いいの。修行なんだから」
ベスは額の汗を乱暴に払い除けながら、気丈に首を振った。
「あんた、たまに優しいのずるい」
「いつも優しいつもりだけど」
「ばーっか」
思い切り舌を出され、俺は何とも落ち着かない気持ちになる。
「ジェスガルディアには霊話石がある。バルーサ、ほら、呪術師の組合の拠点も併設されてるのさ」
「バルーサって、先生が追放されたっていう?」
「そう、そのバルーサ」
俺の質問に答えると、ヤミはくるりと半回転して、俺たちに向き直った。背中向きに歩いている体勢だ。この足場でよく転ばないなと思わず感心してしまう。
「あとね、ジェスガルディアは対魔物の最前線ってわけ」
「魔物……まさかダルフシュペント山から下りてくる?」
「正解さ、レア。ジェスガルディアは大深淵の東の要衝なのさ。西にはガラーティア要塞があるけど、こっちも役割は同じ。キレーネ男爵とハイザルク男爵は共にこの要塞を維持する役割を王家より与えられているってわけ」
行きたい場所じゃぁないけどねぇ――ヤミはぼそりと付け足した。そこでベスが「それはそうと」と、はぁはぁ言いながら口を開いた。
「追放されたバルーサの拠点に近付いてもいいんですか?」
「それさ」
ヤミは肩を竦めて、またくるりと前を向いた。
「ま、バルーサの施設に入らなければ文句は言われないさ」
「そんなもんです?」
「アタシはまぁ、いろいろあって追放されてるからね。バルーサだってそこまで強気には出てこないよ」
王家の血を引く解願師。そして現女王の腹違いの姉。事情を知っているであろうバルーサの上層部からしてみれば、触れずに済むものなら触れたくない存在なのかもしれない。
それから数時間、まったく代わり映えのしない景色の中を俺たちは歩いた。丘を登り切った時には、空にはほんのりオレンジ色が溶けていた。
「少し下りた所で野宿といこう。ベス、後はアタシたちでやるよ」
「ベス、槍だけ持ってて」
「うー」
否応なしにベスから荷物を取り上げた俺だったが、その持ちにくさと重量を実感して思わず真顔になった。
「ベス、いつもこんなの背負ってたの?」
「そうよ。おかげで足腰は強くなったわ」
「強くなりすぎでしょ……」
俺は唸りながらなんとかそれを持ち上げ、ヤミの待つ場所まで運びきった。
「レアくーん、へばるの早すぎぃ」
「ベス、君はすごいよ」
「な、なによ、いきなり!」
へばって寝転んだ俺の顔のすぐ上に、ベスの顔があった。
西日を受けたその顔は仄かに赤らんでいるようにも見えた。




