07-04: 約束の指輪
ヤミは確認するように問い返した。
「異端審問官――神官戦士を呪殺、だと?」
そして重々しく付け加える。
「奴らに加護がある。呪殺することは困難なはずだ」
レイミは「ふぅ」と息を吐いてから、軽く目尻を拭った。
「それをやるのが……メディオラだ」
「恐ろしい能力だ」
ヤミが目を閉じて呟く。ヤミにしてそんなことを言わせるなんて、教会の戦士たちを呪殺するというのは、他と比べてそれほど難しいことなのか。
「呪術は基本的には神の奇跡よりも下さ」
「それを突破するってことは……」
俺が口を挟むと、ヤミとレイミは同時に頷いた。
「メディオラは……」
「稀代の呪術師の一人ということさ。クラッドノウトすら凌ぐかもしれないねぇ」
「さっきからクラッドノウトの名を出しているが、あの伝説の呪術師と遭遇でもしたのか、解願師」
「つい昨日ね」
「なんだと……」
レイミの顔がはっきりと青褪める。
「それなのになぜ、今ここにいる。なぜ生きている」
「ヒントは筆頭王室魔法術師だ」
「ヴァレス・カリーニリス」
「そ。奴がいなければ危なかったかもねぇ」
「あの方とすら繋がりがあるのか」
「あいつは国王襲撃を知っていながら救えなかった魔法術師さ」
ヤミの舌鋒が鋭い。レイミは目を伏せる。
「そのことについては……関わった者の一人として、何とも言えない」
「まぁ、ヴァレスのやつとは腐れ縁でね。いつか殺してやるつもりではいるけど」
「魔法術師を呪術師が殺せるものか」
「アタシは解願師さ」
爆炎の魔女の血とその力を受け継いだ……解願師。しかし、ヴァレスはより強大な力を行使できるようにも思えた。あの剣の魔法術――神撃の乱殺――などを使われたら、俺たちはひとたまりもないだろう。
「まぁ、それはいいさ。それで、そのメディオラ。アタシたちはそいつを無視することができる。敢えてアタシたちの時間を使って男爵の所に出向いて、事態を解決させなきゃならない理由は? それにこのこと自体があんたの妄言、謀であるという可能性だってある。アタシが善良な呪術師を殺しちまうって可能性だってあるだろう?」
「それは……その通りだ」
レイミは首を振る。思いつめたような瞳で俺たちを見回し、小さく唇を噛む。
「これを」
そして意を決したように軍服の襟を緩め、そこからペンダントを引っ張り出した。
いや、あのペンダントトップは指輪だ。
指輪――。
その指輪は金色だったが、それでも俺にソレティアのことを思い出させた。
「これは、殺された異端審問官……私と、その」
「禁断の愛を育んでいた仲ってことかい」
「そう、だ」
ヤミの助け舟に乗り、レイミはしばらく沈黙した。
「私は呪法も何もかも捨ててでも一緒になるつもりだった。なのに」
「教会は男爵の異変に気付いて異端審問官を派遣した」
ヤミを盗み見ると、その氷の視線で注意深くレイミを観察していた。表情から感情は読み取れなかった。それはヤミが本気で考え事をしている時の顔だった。ヤミは数秒の間を置いてから、ぽつりと言った。
「それが全員返り討ち、と」
「偶然なのか必然なのか、彼の、いや、彼らを発見したのは私だった。全員もう虫の息だった。あの人も、もう助からないことは一目瞭然だった」
「しかし、そんな噂は聞こえてこなかったぞ。いつの話だ、レイミ」
「二月前だ」
二月……。
俺が天涯孤独になった頃に前後して起きたということか。……もうあれから二か月も経過したのか。俺は少し驚いた。
「ねぇ、レア」
「なんだ?」
唐突に話しかけてきたベスに、俺は顔を向ける。美しく整った顔立ちだと改めて思う。あの性格でさえなければ、誰もが魅了される女の子だろう。
「私、レイミが嘘言っている気がしない」
「俺も。だけど、ヤミは最も冷静だよ」
「そうだけど」
ベスは槍を抱くようにして腕を組み、そして考え直したように槍を壁に立てかけた。ここまで、いつでも応戦できるようにと槍を抱えていたのだ。
「その頃といえば……」
ヤミは何かを思い出したようだった。
「レアの家が襲撃された時くらいか」
「ですね」
「あの時も外道師絡みだったね」
「ええ」
俺は頷く。不気味な化け物を嗾けられたことは忘れられない。
「で、あんたはゲミトルードを持ち出して無事に逃げおおせた」
「俺は、ヤミがいなかったら終わってましたよ」
「違うね」
ヤミは立ち上がると尻をぱんぱんと払った。
「アタシがいたから、あの襲撃が起きた。因果が逆だ」
「え?」
俺は目を見開いた。ベスと目が合う。ベスも「?」を浮かべている。
「その外道師を操っていたのがメディオラだとすれば、いろいろと辻褄が合ってくる」
「なんの、ために?」
「アタシにあんたを救出させるため、さ」
「全然わかりませんよ」
俺は焦りとも苛立ちとも似た感情が、だんだんと湧き上がってきているのを感じていた。
「俺の父さんと母さんは、そんなわけのわからないことに巻き込まれて殺されたんですか」
「そうなることは、少なくともあんたの父親は予見していたと言っただろ」
思わず奥歯が軋んだ。
「――であったとしても、なぜ!」
思わず立ち上がりかけた俺の肩に、ベスが手を置いていた。華奢な身体からは信じられないほどの力が加わってくる。
冷静になれ――彼女は無言でそう言っていた。
「メディオラの目論見は、レア、あんたを手に入れることだった可能性がある。しかし、父親にそれを察知され、アタシを呼ばれてしまった。しかし、アタシはティラールの娘を連れている」
「わ、私、ですか?」
「そうさ、ベス。あんたもまた勇者の末裔。役割がきっとある」
「役割……」
「レアもまた、勇者の末裔。その力はゲドルタと何らかの関係がある。予知夢とかね」
「ちょっと待て」
レイミが上ずった声を出した。
「ゲドルタと関係があるだって?」
「ああ、そうさ。詳しいことはわからないけど。ここまで聞かせてやったのはちょっとしたサービスさ」
ヤミはまた南の霊峰を見て、息を吐いた。じりじりと見張り台の中の温度も上がってきている。
「アタシたち、メディオラとやらに泳がされているのかもしれないねぇ」
ソレティア、ハルベーデラ、クラッドノウト、そして、ジムレグ。だが、俺たちの敵はまだ他にもいたということか。それもとびきり性格の悪そうな奴が。
「レイミ、あの」
ベスが指輪を指差して言った。
「そこに呪は蓄積させていないでしょうね」
「ああ。異端審問官であることに誇りを持っていたあの人のものに呪なんて込めるものか」
「それなら、いいです」
ベスはよいしょと立ち上がると、俺に手を出してきた。思わぬ行動に俺は固まる。
「あっ、な、なんでもない」
ベスは慌てて手を引っ込め、その手を掴もうとしていた俺は立ち上がり損ねた。――気まずい沈黙が数秒、見張り台を流れた。
「それで、レイミ。アタシたちはどこに行けばハイザルク男爵に会えるんだい?」
「七日後に、ここの南にあるジェスガルディア要塞に視察に来る」
レイミは沈鬱な表情でそう言った。




